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後輩と幼馴染  作者: ヒヤ
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第12話  曇り空の一週間―火曜・午後

 昼休み、僕はいつものように図書準備室で本を読んでいた。

 昼休みが始まって二十分近く経つというのに、今日は珍しく僕以外誰も来ていなかった。僕は一人、いつもの指定席でハードカバーの小説を読んでいると眠気がやってきて、このまま読書を続けるかそれとも昼寝をするかという贅沢な二択を迫られていた。悩むうちにも眠気は身体に重くのしかかってきて、決定を下す猶予さえなく僕は夢の国に旅立ってしまった。

 なんだか夢の中でなにかに追われていたような気がする、と目が覚めてから思った。顔を上げると、円卓の向かいに春名が座っていた。僕がぼんやりとこの後輩を見ていると奴はなにも言わずに面白そうに僕の様子を見ていた。もしかしたら僕が眠っている間もずっとそんな目で僕のことを見ていたのかもしれない。ほんとになにを考えてるのかわからない奴だった。

「久しぶりだな」

 僕がさりげなさを装いながらそう言うと、春名はいかにも、とわざとらしく頷いた。なにがいかにも、だよ。

「ミト先輩が来いって言うから来ました。ボクって律儀でいい子でしょう」

 なぜか誇らしげにそんなことを言いだした。

「律儀かどうかは知らんが、少なくともいい子ではないだろ」

「そういえばミト先輩、今日は朝課外間に合いましたか?」

 思いっきりスルーされた。これをわざとやってるのか意図せずにやってるのかわからなかったが、そこに突っ込みを入れても無駄だということは経験上わかっていた。

「ギリギリな」

「ボクは遅刻しました」

 やっぱりなぜか誇らしげだった。

 結局あのまま歩いているうちにチャイムが鳴り間に合わなくなったらしい。あれで遅刻するなんて万年遅刻予備軍の名折れですね、と春名は言葉とは裏腹に笑って見せたが、僕はどう反応したらよいものやらわからなかった。ざまあみろ、と言ってやったところでむしろこいつは喜びそうだし。とりあえず遅刻しながらものんびり教室のドアを開ける春名の姿を想像して少しイラっとした。

「てかお前いつからそこにいたの?」

 僕は話の流れをぶった切ってそう訊いた。しかし、特に気にした様子もなく春名は平然と答えた。

「つい五分ほど前ですね。あ、そろそろ昼休み終わりますよ?」

 時計を見ると確かにもうそんな時間だった。

 昼休みも終わりかけのこの時間になにしにやって来たのか訊いてみたが、別に意味はないです、という実りのない答えが返ってきただけだった。それでも春名はなんとなく楽しそうだから、なにか意味はあるんだろうなと僕は思った。

 吹きさらしの渡り廊下を歩いていると、窓越しに佐藤が歩いて行くのが見えた。佐藤はこちらには気付かずそのまま行ってしまった。

「最近佐藤先輩とは仲良くしてるんですか?」

 と春名がなにやら意味深な声色でそう呟いてきた。

「まぁな」

 と答えてから思わず訊いてしまった。

「なんで?」

 春名はなにかを感じ取ったのか、ニッと微笑を浮かべた。その顔を見て僕は余計なことを口にしてしまったことに気付いた。

「いいえ、別に。ただどうしてるのかな、って思っただけですよ。まぁ、相変わらずならいいですけど?」

 奴は挑発的な目でこちらを見ていた。しばらく僕は知らん顔を決め込んでいたが、やがて溜息を吐いた。

「……なにか言いたいことがあるなら言ってみろよ」

「いや別に大したことじゃあないんですけどね。もしなにか気がかりなことがあるなら早めになにか行動を起こした方がいいですよ。長い付き合いとはいっても、人間関係なんて些細なことがきっかけであっさり壊れたりしますからね」

 予想に反して真面目な言葉が出たことに驚きを感じながらも、僕は訊き返す。

「そんなものか?」

「そんなもんですよ。初めはほんとに些細なことでも、気付かないうちにそれが人間関係に大きな溝をつくっていたりするものです。気付いた頃には時すでに遅し、です。とにかく早めに具体的な行動を起こすことが大事です。例えそのときはうまくいかなかったとしても、行動したという一つの事実はときに千の言葉よりも相手を信用させることだってあるんですよ。一昨年両親が離婚する前に喧嘩をしてたのを見てそう思いました」

 まるで用意していたかのように春名はすらすらと淀みなくセリフを吐いた。ある種の天才であることを自他ともに認めるこの後輩の堂々とした演説には、その軽い口調にも関わらず妙な重みがあった。

「……それは説得力があるな」

 なにも離婚云々の話を聞いたからそんな言葉が出たわけではなかった。

「でしょ?」

 春名は僕の様子を気にしたでもなく得意げに笑ってみせた。それからちょっと真面目な顔で独り言のように呟いた。

「先輩たちはちゃんと仲良くやって下さいよ。二人が疎遠になるのは見たくないですから」

 それだけ言うと春名はそっぽ向いてしまった。流石にちょっと照れ臭かったのかもしれない。これは珍しいと思って、どんな顔をしてるのか見てやろうと僕が回り込むと、奴はニヤニヤした顔で目を合わせてきた。

「なに期待してるんですか?」

 とことんかわいげのない後輩だと思った。

「では、またいつの日かで会う日まで、さよーならー」

 と間延びした声を残して春名はすたこら階段を降りて行った。

 途中でこければいいのにと思いながら、僕はその背中を見送った。


 放課後、僕は駅ビル内のマックで一人シェイクをすすっていた。放課後、といってももうとっくに夕方と言えるような時間ではなかった。辺りはすっかり暗くなっていた。

 駅の改札機が見えるこの場所で僕は佐藤を待っていた。待ち合わせをしていたわけではない。僕が勝手に待っていただけだ。認めるのもちょっと癪だが春名のあの演説をうけての行動だった。


 放課後、図書室が閉まると僕は七瀬とエタイといういつもの二人といつものように学校を出た。そしていつものようにエタイと校門から少し坂を下ったところで別れ、駅で七瀬と別れた。それからどうしようかと考えながら駅ビル内を意味もなくぶらぶらと彷徨ったりした挙句、やっぱり佐藤と話したいなと思ってマックで彼女を待つことに決めたのだった。

 そうしようと決めたのは別に春名が言っていたような些細なことから人間関係が壊れる云々というのを恐れたからではない。だいたい僕らの関係が壊れるようなことに今のところまるで心当たりはなかった。だが佐藤がここのところどうしてるのか気になっていたというのは確かだったので、春名の言葉はちょっと引っかかっていた。

 決心をしてマックに入ってから、佐藤とは昨日会ったばかりなのにどうしてるのか気になるなんて束縛したがりのうざい彼氏みたいだなとふと思い、やっぱり止めようかと僕は弱気になった。一度弱気になるとネガティブな想像はどんどん膨らんでいってしまう。友達と一緒だったりしたら僕がいきなり現れて邪魔じゃないかとか、その友達に僕が痛い奴だと思われないだろうかとか、なにもないのにいきなり待っていたなんて言われた佐藤がなんか変な誤解をしないだろうかとか。あれこれ考えているうちにも時間はどんどん過ぎていく。改札の向こうの電光掲示板に先週佐藤と帰ったときに乗った電車の時刻が表示されたるのを見て、もうどうにでもなれと僕は開き直って微かな興奮とともに覚悟を決めた。メールしておこうかとも思って携帯を取り出したが、大げさな気がしてやっぱり止めた。

 

 それから三十分間、僕は改札を抜けて行く人を監視し続けた。僕の学校の制服を着た部活帰りの生徒たちが次々に僕の目の前を通り抜けて行く。しかし、そこに佐藤の姿はなかった。僕はある種の安堵を覚えつつも、やはり未練がましい気持ちは残り、もう少しだけ待ってみることにした。

 シェイクのカップはとっくに空っぽになっていて、側面にへばりついていた水分もほとんど乾いてしまっていた。僕が退屈さにまかせて何度も噛んだせいで、ストローはへなへなに折れ曲がっている。

 さらに十五分ほど粘った。その頃にはもうそこを通り抜けて行く高校生の姿はほとんどなくなっていた。さっきまでの安堵の気持ちはもうすっかり消え失せ、今日はもう佐藤に会えないのかという失望感と徒労感だけが残った。

 帰ろう。僕はのろのろと席を立ち、トレーを下げてから店を出る。ありがとうございましたー、マック店員の乾いた声が一層僕のブルーな気分を掻き立てる。

 駅のホームに階段を昇っていくのがだるかったり、電車の車内がいつもより混みあっていたり、そんなどうでもいいようなことがなぜだか妙に堪えた。


 車内から見上げる空はやはり今日も曇っていた。

 今週はずっと天気は悪いらしい。

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