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後輩と幼馴染  作者: ヒヤ
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第10話  曇り空の一週間―月曜・帰り道

 僕は非常に困惑していた。フリーズしかけた頭の中でかちこちと室内の掛け時計の針の音が妙な存在感をもって響いていた。


 ――ミト先輩って、好きな人いるんですか?


 二人きりの放課後の図書準備室でふいに後輩の口からこぼれ出たそんなセリフ。しかし、その後輩は男だったりするわけで……これってなんのフラグ? そんな質問に答えてくれる人はもちろんこの場には誰もいなくて、仕方なく僕はもう一度まじまじとエタイの顔を眺める。その表情は真剣そのものでなにかの冗談とはとても思えなかった。

 しかし次第に脳に酸素が通い始め、別の現実的な可能性が頭に浮かんだ。昼休みに神名川がいろいろ吹きこもうとしてたことを思い出したのだ。一応確認の意味でエタイに一つだけ訊いてみることにした。

「お前、僕のこと好きなの?」

 エタイはちょっと首を傾げて不思議そうな表情を浮かべた。

「え、はい。そりゃまぁ、嫌いじゃないですけど」

 なぜそんな当たり前なことを訊くのかとでも言いたげなエタイの様子に僕はちょっと身を引いて疑いの眼差しを向けた。それをぼんやりと見ていたエタイだったが、やがて僕の質問の意図に気付いたのか目を見開き顔を真っ赤にして口をパクパクさせ始めた。

「ち、違いますよっ!」

 かと思うとエタイはふいにそう叫んだ。

 違うらしい。そこで僕はようやく確信を得、ひとまず安心した。それから顔を真っ赤にしてなおもなにかを言おうとしているエタイにとりあえず助け船を出してやることにする。

「わかったわかった。とりあえず落ち着け」

 うぅ、とかなんとか小さく呻くような声を出してから、エタイはまだ熱が引かないらしく顔を俯かせた。


「そろそろ図書室を閉めますよ。準備をお願いします」

 沈黙した室内に斉藤さんの声が響いたのを合図に、僕とエタイは立ち上がった。


「最近はなにやら元気がよいですね。今日は二人でなにを話してたんですか」

 僕が図書室の施錠をしていると、斉藤さんが顔に深いしわを浮かべた人のよさそうな笑顔で僕に話しかけてきた。

「あ、いや、なんでもないですよ。そろそろ期末試験も近いですからね」

 僕はそう言って誤魔化した。秘密にしたかったわけではないが、正直に話すのは少々面倒だった。

「そうですねぇ、学生の皆さんは大変でしょうねぇ」

 斉藤さんは笑みを浮かべつつもなにやら遠い目をしていた。僕は彼がそんな目をするのを見るのが好きだった。なぜだか勇気づけられるような気がする。

 斉藤さんに挨拶してから僕とエタイは図書室を出た。


 帰り道、エタイは駅までご一緒しますよ、と自転車を引いたまま僕に付いてきた。

 もうすっかり暗くなった通りを街灯が照らし出す。時折、秋風が街路樹を揺らし、うすら寒い音を残して吹き抜けて行く。

「で、さっきの話ですけど……」

 信号を待ちながら僕がぼんやり通り過ぎる車を眺めていると、エタイが言いづらそうにそう切り出してきた。変なとこで押しが強いやつだ。うやむやになったらいいと思ってた僕はどう答えたもんかと考えなが夜空を見上げた。雨こそ降らないものの、一面雲が覆っていて星は見えそうになかった。

「……好きってなんだろうな」

 僕は思わずそんなことを呟いていた。

「はぁ」

 エタイは困ったような声を出した。

 はぁ、と僕は思わず溜息が出た。

「……ミト先輩は七瀬のこと、好きなんですか?」

 黙っている僕を見かねてか、エタイが突っ込んだ質問をしてくる。

「……まぁ、好きだけど」

 信号が青になった。僕が歩き出すとエタイも少し遅れてついてくる。

「付き合ったりしないんですか?」

 不思議そうな顔を浮かべてエタイはそう訊いてくる。僕が無愛想に答えたものだからちょっと変に思ったのかもしれない。僕はちょっと大人げなかったかなと反省した。

「今は無理にそうすることもないかなぁって思ってる。好きは好きだし、僕が女の子と付き合うとしたら七瀬の顔が一番に浮かんでくるのは確かだけれど、今すぐどうこうしたいってわけでもないし、とりあえず自分の気持ちに自信が持てるまでは僕から行動は起こさないし、決断は先延ばしにしたいなぁって」

 しゃべりながらも身勝手なことや傲慢なことを言ってるんじゃないかと少し不安になった僕は、わざと真面目な顔を崩して笑う。

「まぁ、そんなこと言っても七瀬が僕のことどうとも思ってなかったらどうにもならないんだけれどね」

 笑いながら誤魔化そうとそんなことを言ってみたが、エタイは全然笑わなかった。冗談が通じない代わりにこういう誤魔化しも効かないやつなのだ。

「七瀬はミト先輩のこと、好きですよ」

 愛想笑いの代わりに、エタイの真剣な声を僕に返した。僕は返す言葉も思いつかず、黙ってしまった。

 信号を渡りきり、無言のまま通りを歩いた。


 しばらく歩いているとエタイがちょっと挙動不審になっていることに僕は気付いた。僕が横にいるエタイの顔を見遣るとさっきまでの真剣な表情はどこへやらおどおどした表情であった。

「……どしたの?」

 僕が思わず尋ねると、おどおどした目をちらっとこちらに向けてきた。

「あ、いえ……」

「ん?」

 エタイはしばらくもごもごなにか言っていたが、僕がなおも不審そうな目で見ていることに気まずさを感じたのか、やがて諦めたように口を開いた。

「あの……なんか余計なこと訊いてミト先輩怒らせちゃったかなーって」

 僕は思わず吹き出してしまった。

 え、なんですか、と戸惑うエタイを適当に誤魔化しつつ、怒ってないよ、とひとまず彼を安心させた。それから僕は気になっていたことを訊いてみることにした。

「しかしなんで急にそんなことを訊いてきたんだ」

「神名川先輩とかが散々冷やかしてるけど、実際どうなんだろうって、前から訊いてみたかったんですよ。あんまり二人だけで訊けるような機会ってないですから」

「あぁ、なるほど。前から気になってはいたんだ」

「はい。僕は七瀬を応援してますからね」

 なぜかそう意気込んで言うエタイ。

「でも少し安心しました。実は俺、ミト先輩が七瀬と付き合わないのって、ミト先輩が佐藤先輩のこと好きだからじゃないかって思ってたんですよ」

 笑いながらそう言うエタイだったが、なぜか僕は内心ドキッとした。

「佐藤先輩とはそんなんじゃないですよね?」

 エタイが僕の動揺を見抜いたかのようなタイミングでそう訊いてくる。僕はこっそりエタイの様子を盗み見るとさっきまでと同じように笑っているようだった。それを見て僕は少し落ち着いた。

 どうして自分がこんなに動揺するのかわからなかったが、それをエタイに悟られてはならないと、僕は努めていつも通りを装いながら答えた。

「まぁ、佐藤はもう幼馴染みたいなもんだしな」

 へらへらとそう答える。少なくともそれは嘘ではないと思いながらも、僕はいまいちそれに確信が持てないでいた。

「そうですよね。第一、佐藤先輩には彼氏いますしね」

「……」

 その場で訂正してやる気にはなれなかった。それを佐藤のせいにしてしまっている卑怯な僕が街路樹の陰に隠れたのが見えたような気がした。

「もう駅ですね。俺はこの辺で帰ります。今日はいろいろ訊いてすみませんでした」

 そう言ってエタイは自転車に乗って、来た道を帰って行った。僕は振り返ってぼんやりと立ち尽くしたまま彼を見送った。

 学校から二つの信号を渡り、ちょっと歩けば駅に着く。徒歩十分程度の道のりだが、今日はやけに長く感じたような気がしていた。


 なんとなく疲労感を感じながら、僕は改札を抜けてやや混みあった電車に乗り込んだ。

 帰りの車内で吊皮を掴みながら揺られていた僕は、なんとなく佐藤が先輩と付き合い始めた時のことを思い出していた。


 ……もう一年近く前か、その頃はまだエタイも七瀬もいなかったなぁ。


 そんなことを考えながら窓越しに見上げる夜空には、やっぱり星は見えなかった。

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