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後輩と幼馴染  作者: ヒヤ
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第09話  曇り空の一週間―月曜・放課後

 HRが終わり、今日も一日終わったなぁと椅子にもたれてだらしなく座っていると、後ろの席から声が掛った。

「よう、お前最近ちゃんと勉強してるか?」

 東雲だった。

「そんな風に見えるか?」

 僕がちらっと東雲の方を見てそう訊き返すと、だよなぁ、と安心したんだかがっかりしたんだかわからないような声を出した。

 授業時間の僕の様子を見てればそんなことは訊くまでもないだろうに。今日もいつものようによく寝たし。特に午後の化学なんかはほとんどなにも聞いてなかった。

「英語のノート借りようかと思ったけど、やっぱ他あたるわ」

「無難な選択だ」

 東雲の決断に僕頷いて見せる。

「じゃあ、俺部活行くわ。中間試験も近いんだから、お前も少しは勉強しろよ」

 僕は黙って手だけ挙げて東雲を見送った後、溜息を吐いた。

「余計なお世話だ……」

 HRで担任が言ってたことを反復して言わなくてもいいのに。

 再来週は二学期中間試験だった。


 僕が荷物をまとめて重い腰を上げると遠くから金管楽器の音が聞こえてきた。確か佐藤はホルンだったっけ。楽器経験のない僕には音を聞いても楽器の区別なんてつかなかったが、佐藤の影響でかろうじて金管楽器と木管楽器の区別くらいはついた。早めに来た部員が一人で吹いているのか音は一つだけだった。なんとなくあれは佐藤のホルンかもしれないなぁと僕は思った。

 先週、一緒に帰って以来佐藤とはゆっくり話もできていなかった。佐藤はどうやら僕以外の人に先輩と別れたことを言ってないらしい。神名川も知らない様子だった。彼女がそうするつもりなら僕が口を出すことではないと黙っていたが、なんとなく気にはなっていた。

 その内にまた話さなきゃなぁ、と思いながら僕は教室を出た。


 図書準備室のドアを開けると珍しくエタイが一人だった。

「あ、こんにちは」

 エタイが勉強の手を止め、軽く頭を下げた。

「よっ」

 僕は右手を上げて簡単に挨拶を済ませた。

「一人か? 珍しい」

「ああ、七瀬は今日は来ないそうです。すみません、って言っといてって言ってました」

「七瀬が僕に? 約束してるわけでもないのになにを謝ってんだよ、あいつ」

「最近は毎日のように放課後は来てましたからね。ミト先輩も七瀬も俺も」

「まぁ、そうだけど」

 確かにこの二週間くらいはずっとだったような気がする。先週一度佐藤と帰ったのを除けば、帰りも七瀬と一緒だった。ついでに言えば、エタイと七瀬は先週から一日に一度は休み時間の僕の教室に出没していた。その度に東雲も交えて騒いでいくのだった。

「てか最近僕らのエンカウント率が高くないか?」

「そうですね。でも二人っていうのは珍しいですよね」

「そうだな」

 僕はいつもの席に腰掛けた。

 本でも読もうかと鞄から文庫本を出そうとするが、さっきの東雲の言葉とエタイが円卓に広げた問題集のせいか、やっぱりちょっと勉強でもしようかなという気になった。ちょっと迷った結果、とりあえず文庫本と数学の教科書とノートを出すことにした。

 それをなぜかエタイは物珍しそうに見ていた。

「先輩勉強するんですか?」

 至って真面目な様子でそう言われたのでなんかちょっとイラっとした。

「……なにか問題でも?」

「え、あっ、いえ、なんでもないです!」

 慌てて弁解しようとした辺り、悪気はないのだろう。神名川や佐藤辺りがいろいろ言うせいだろうと僕は当たりをつけた。

「……すみません」

 申し訳なさそうにそう言うエタイを見て僕はちょっとだけ同情してしまった。

「許す」

 僕が冗談っぽくそう言うと、エタイは少しだけ照れたように、えへへ、と笑った。

「そんなに僕って勉強してなさそうに見えるのか?」

「はい。先輩ってここでは本当に試験直前にならないと勉強してないじゃないですか。それも前日とか、二日前とか。それ以外は試験期間で他の人が勉強してても平気で本読んでたりしますし」

 神名川のせいとかじゃなかったらしい。というかそんなに力いっぱい語らなくても。

 僕はちょっとだけ落ち込んだ。反省はしてないけど。

「あ、なんか、すみません」

 エタイがまた申し訳なさそうな顔で僕を見ていた。いいんだよ、と僕は首を振った。事実だから。

 後輩の中の僕の駄目なイメージを払拭すべく、今日くらいは勉強をしてやろうじゃないかと僕は心に誓い、意気揚々と教科書のページを開いたのだった。


 もう一時間半、いや二時間は経っただろうか。最近の授業で解いた数学の問題をあらかた解き直し、教科書レベルの基本事項はだいたい身に付いただろうというところで僕は顔を上げた。僕の後ろにある窓を見上げるともう外は真っ暗だった。

 両手を組んで背伸びをすると、エタイと目があった。

「あ、お疲れ様です。すごく集中してましたね」

 僕は心の中でガッツポーズをした。

「ミト先輩は普段からそれくらい勉強したらいいのに」

 佐藤のようなことを言う奴だと思いながらも、それは口に出さなかった。

「まぁ、そんなに勉強しなくても平均くらい取れてればいいしね」

 先輩らしい余裕を見せてやろうとそんなことを言ってやった。

「それで本当に平均取れるからすごいですよね」

 そうだろうそうだろう。……って、あれ、今のって実は皮肉?

 そう思ってエタイの顔を見ると、素直に感心してますという顔をしていたのでちょっと安心した。佐藤とのシニカルな会話に慣れすぎたかなと、僕はエタイを疑ってしまったことをちょっとだけ反省した。


 今日は勉強はもういいやと教科書やノートを鞄にしまうと、なんとなくエタイと目があった。エタイも教材を鞄にしまったところらしい。僕には文庫本があったがエタイは円卓になにも出していないので、これはなにか話さないといけないのかなぁとか思ったが、特に話題は思いつかなかった。僕とエタイはここでは、女子がなにかしゃべってるのを聞いたり適当に相槌打ったりということが多かったから、二人きりだとなんとなく気まずかった。

 目があった後だったため、なにか話さないと不自然な気がして、でもとっさに話題も浮かばず、僕が言葉に詰まっているとエタイが先に口を開いた。

「あの、ミト先輩に聞きたいことがあるんですけど」

 エタイが改まった口調でそう言うので、僕もなんとなく緊張してしまった。

「あ、うん。なにかな?」

 ちょっと声が裏返ったが、エタイはそれを気にする様子もなかった。なぜだかすごく真剣な顔をしている。


「ミト先輩って、好きな人いるんですか?」


 ……はい?

 僕は思わず固まってしまった。

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