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社会不適合者の恋愛論シリーズ

無理やり婚約させられた悪役聖女が呪いの手紙を送り付けて来るので婚約破棄してやった件

作者: 澄泉
掲載日:2026/09/12

よろしくお願いいたします!

 


「テレサ、今日お前を呼んだのは他でもない! 今日限りでこの婚約を破棄させてもらうためだ!! 今までの罪を悔い改めろ! 常闇の魔女め!!」


「はい! 喜んでぇ!」


「そう。嘆き悲しめ。お前は俺を怒ら……って喜ぶな!!  そして理由ぐらい聞けぇボケがァ!!」



 これは俺が常闇の魔女という通り名を持つ悪徳聖女を捨ててやった話


 その記憶を語ろう。



 ***



 16歳春――


 新緑が芽吹き、開けた窓から聴こえてくる小鳥の囀りと鼻を掠める薔薇の香りが香しい。


 コンコン。


 私室のドアが鳴る。

 たった今学びたくもない種族外交の授業が終わったばかりだと言うのに……


 俺は微かに苛立ちを覚えながら応えた。


「入れ」


 すると、乳母が頭を下げてソファでくつろぐ俺に近づいてくる。


「カシアン様。テレサ様からお手紙でございます」


「……? テレサ……?」


「ご婚約者様をお忘れですか? ……次いで宰相様から、国王様の言伝を預かって参りましたのでお伝え致します。『第三王子として、責務を果たすように』との事でございます」


「チッ! 分かったとだけ伝えておけ!」


「かしこまりました。失礼致します……手紙ご一読くださいね」


「分かってる! マーサうるさいぞ!」



 頭を下げ部屋を出ていく乳母を見送り、手渡された手紙に視線を落とす。



 真っ白な封筒に、黒い封蝋……?

 なんと不吉な。

 これが婚約者から?


 レターナイフで開封し、手紙に目を通し始めた。


『カシアン様へ

 初めましてこんにちは。カシアン様はお元気ですか? お天気ですか? お腹は痛くないですか? そうですか』


 俺は唖然とした。

 いや、現実を受け止めきれなかったが正しい。


 だってこんな……

 アホみたいな手紙が……初めて婚約者から届いた手紙だと!?


 しかも父上から勝手に先週言い渡された誰かも分からない聖女。

 食い下がって聞いてみればこの国一の最弱聖女と聞く!


 それだけでも、後ろ指を刺され放題の不名誉だと言うのにこんな……


 怒りを覚えながらも、何故か目が文字を追う。


『……という訳で、私はカマドウマが好きです。コロギスやリオックなんかもカッコイイですね。カスアン様はどれが好きですか? そうそう、バッタはバター炒めが美味しいですが、くれぐれも生食は控えてくださいね。寄生虫などがいる可能性が高いので危ないです。では便秘に気を付けて。さようなら。テレサ』


 ……なんて?


 今俺の名前……ん?


 読み返す……


 たしかに書いてある4文字。


『カ・ス・ア・ン』


 ブチッ


 俺の中の血管が切れる音がした。


 はい、死刑確定。


 手紙をグシャグシャに潰し、俺は体から何かを放出できるんじゃないかと思うほど、爆発した。



「おのれこのクソ聖女がぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」



 これが俺とテレサの出会い(?)だった。



 ***



『お元気ですか? お便秘ですか?』


 うるせぇよ。


『イラガの季節ですね☆』


 どんな季節だよ。


『ジャンボタニシやナメクジは線虫を持ってる可能性があるので、触ったら必ず手を洗いましょうね! じゃないと死にます』


 何の警告だ。そんなもん触る時がいつ来る。


『便秘にはブランがいいのでたくさん食べましょうね!』


 お前の中で俺は便秘がデフォルトか。



『それじゃ、カスアンさん』



 何度……何度間違えれば気が済む


 俺は



「カシアンだぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



 例のごとく、俺は天を仰いで怒りを露わにする。



 いつもの事と言うように、気に止める様子もなくマーサは読み終わった手紙を封筒に戻していった。


「カシアン様、このマーサにそれを言われても困ります。ご本人に返事を書いて、訂正して差し上げたらよろしいのでは?」



「誰がこんなアホに返事などしてやるものか!!!」


「ですが、それではテレサ様がお可哀想では? 月に2度は欠かさず手紙を送って下さるのに」


「これのどこが手紙なんだ!? 呪いじゃないか!! 何だ毎回便秘ですかって、余計なお世話だぁぁ!!」



「でもカシアン様、せっかくなのでブラン、試してみられては? 最近お通じの調子が」


「うるさいうるさい!! 黙れマーサ!!」



 バン!!

 ドアを開け部屋を後にしようとする。


「カシアン様どちらに?」


「散歩だ! 外の空気を吸わないと本当に常闇の呪いを受けてしまう!!」



「構いませんが30分後、経営学の先生がお見えになりますので、必ず――」


「黙れ! 分かってる!」



 ズンズンとがに股で部屋を後にした。




 あれから3年。


 会ったこともない、常闇の婚約者は変わる事なく俺に呪いの文言を送り続けている。


 父上や母上からも、マーサや兄までも。

 何故かあの女を気にかけ、口を開けば手紙は書いたのかだの、会う約束をするようにと催促ばかりされている。


 それが余計に腹が立つ。


 俺は世界最弱の聖女との婚約という不名誉なレッテルのせいで社交界ではもっぱら嘲笑の的だというのに!!!


 それにあのアホ、何度も何度も俺の名を――


「きゃっ!?」


 庭園に向かう回廊の曲がり角で胸に何かが飛び込んできた。


 それはとても柔らかく、小さくて、小鳥のような囀りだった。


 一瞬何が起きたのか分からなかったが目が合った瞬間、理解した。


 金髪に金色の瞳。

 まるで天使がこの世に顕現したかのような幻想的な姿。


 この国で最高位の聖女、慈愛のプルビアーナだった。



「だ、大丈夫でしたか? ぼーっとしていたせいで申し訳ございません」


「いえ、こちらこそ。ワタクシとした事が……あれ? 貴方様は……」



「初めまして。第三王子カシアンと申します」


 俺は初めて見る天候名の聖女を前にして緊張を隠しきれず声が震えた。


「そんな、恐れ多いですわ。カシアン様。ワタクシの事はどうぞプルビアーナと」


 柔らかく優しい声。


 一瞬、ドキッと心臓が鳴った。


 顔をあげるとそこには太陽を背にしているのに何故か輝く瞳が俺を捕らえる。


 ……俺はこの日確信した。


 いや、そうだと信じたんだ。


 これが恋だと。



 ***



 小鳥が囀り、花が景色を彩る季節に運命的な出会いを果たした俺達は、その日から毎日のように逢い引きを重ねた。


 彼女は忙しい身分の聖女。


 だが依頼の報告には必ず王宮を訪れる。


 彼女が来る度に庭園を二人で散歩した。


 彼女の生い立ち、仕事の話、俺の王弟教育の話に……例のクソ婚約者の愚痴。


 彼女は優しく微笑んで、ただ俺の話を聞いてくれた。

 柔らかな風を纏って、絹のように細い金髪が揺れる。


 息を飲むような光景に思わず目を細めては見蕩れていた。


「……私がカシアン様の婚約者になれたなら、そんな不快な思いなどさせたりしませんのに」


「え?」


 ハッとして頬を赤らめ、プルビアーナは慌てた。


「ごっごめんなさい! 私ったら、なんてはしたない事を!? 今日は失礼致しますわ!!」



「待て、プルビアーナ!?」


 慌てて走り去っていく彼女に目を向けて、俺はある計画を思いついた。


 これが成功すれば……。


 あのクソ女を懺悔させ、反省させることが出来るかもしれない。


 この俺を怒らせたんだ。あのクソ女には王族たる俺を失うという人生で最大の後悔をさせなければ気が済まない。


 見ていろよ……プルビアーナとの関係を見せつけて絶望を味わわせてやる!!


 俺はとある計画を思いつき、実行に移すことにした。



 ***



「マーサ、この手紙をテレサに送ってくれ」


 計画の1か月前、俺は初めてクソ女に手紙を書いた。

 というか、これは果たし状だ。


 テレサに目にものみせてくれる!!


 その為には……部屋を出ようとするマーサを呼び止める。


「テレサの使ってる封筒と、封蝋。同じものを準備しておけ」


「? 何にお使いになるので?」


「ちょっとな」


 俺は作戦の成功しか目に浮かばなくて笑みを零した。



 1ヶ月後、ついに決戦の時が来た。


 父上が外交でいない今しか狙えない。絶好のチャンスだ。


 近場の貴族と、力の弱い他国に招待状を出し、ある程度立会人を集めた。


 わざとプルビアーナと揃いの衣装も作らせた。

 周りには相手はテレサだと偽って。



「いかがでしょうか? カシアン様」



 花のように可憐なプルビアーナが嬉しそうにドレスを纏って蝶のように舞う。


 白地に金糸、そして惜しげも無く宝石が散りばめられたドレスは色白のプルビアーナに良く似合う。



「凄く綺麗だ。プルビアーナ」



 俺は満足気に頬を緩ませた。


 俺の腕に腕を絡め、胸を寄せる彼女。

 なにもかも順調だと胸の高鳴りが抑えられない。


 このインペリアル階段を降りればいよいよ、断罪だ。


 聴衆の前で泣き崩れるお前を。

 懺悔し、土下座するお前をやっと見ることができるんだ。


 瓶底のように分厚い眼鏡の側近には何故か真っ青な顔で酷く抵抗された。

 俺だって簡単に王命である婚約を、簡単に破棄などしていいものではないと知っている。


 だがテレサが反省しないようであれば婚約破棄をして、自分の浅はかさを思い知らせるのもいいのではないかと思う。

 プルビアーナを娶ればそれはそれで父から褒められそうな気もするしな。


 なぜなら彼女はこの国最高位の聖女なのだから。


「て、テレサ様が会場入りなされたそうです」


 従者の一人が控え室の扉の前で知らせる。



「そうか。いよいよだな」


「嬉しいですわ。カシアン様」


 隣で微笑む彼女に視線を向ける。


 自分は間違ってないのだと、何度も言い聞かせ、プルビアーナの手を取る。


 一世一代の晴れ舞台へと足を運んだ。


 だが気合いとは裏腹に。

 名前を呼びながらインペリアル階段を降り切ってしまった俺。

 死ぬほどかっこ悪い。



 視界の端に死ぬほど更に肉を盛って立ち食いしている黒髪の女を捉えた。


 間違いなくあの艷めく黒髪は……常闇の譜なし


 テレサだ。


 というかコイツ、なんでこの状況で肉が食える?

 そしてなんだそのみすぼらしい格好は。



「むぐむぐ」


「……」


 歩み寄ってきたのはいいが、永遠に終わらない咀嚼。


 もうちょい待ってね☆と言わんばかりにジェスチャーしているのが余計に腹立つ。


「食うのをやめろぉぉぉぉ!!! バカにしてるのかテレサぁぁぁ!!!」


 俺は我慢できずに叫んだ。


 だが目の前の女にはイマイチ響かない。


 首を傾げながら深海のような瞳を見開き、俺を見やった常闇は、やっと口の中の肉を平らげ口を開いた。



「もぐもぐゴクッ……あ、君がカスアンさんか!! 初めまして! よく私がテレサだと気付きましたな!」


「誰がカスアンじゃぁぁぁ!! オレはカシアンだぁぁぉ!!!」


「カシアン。間違えた」


「間違えんなボケぇぇぇぇ」



 3年、そう長かったこの俺の3年分の怒りが爆発させた。

 ありったけのパワーだ!!


 だがやっぱり響かない。


 なんなんだこの女。


 イラついた俺は給仕に指示してテレサから肉を没収させた。目の前にプルビアーナを侍らせてる俺に見向きもせずに、肉ばっかり気にしている。


 どんだけ肉なんだお前は!



 俺はついに声を上げる。



「テレサ、今日お前を呼んだのは他でもない! 今日限りでこの婚約を破棄させてもらうためだ!! 今までの罪を悔い改めろ! 常闇の魔女め!!」



 ふふ、どうだ?ショックのあまり声も出せないだろう?

 唖然としているぞ?



「はい! 喜んで!!」



「そう。嘆き悲しめ。お前は俺を怒ら……って喜ぶな!! そして理由ぐらい聞けぇボケがァ!!」



「……注文が多い。なぜだ……私は同意しただけなのに」


 なぜ、なぜ響かないんだ!?

 ここまで言ってもなぜ!?


 俺は焦りと苛立ちを覚えた。


「……あれを持ってこい」


 いい機会だ! クレームを言わせて貰おう。

 このアホに言ってやりたいことなど山ほどあるんだ!


 俺は今まで読んできた手紙を新しい封筒に入れてあたかも3年間殆ど読んでないフリをした。


 どうだ? 悲しいだろう。

 せっかく書いたものを無下にされて。


 さあ、断罪させてもらうぞ。



「お前、これは一体どういうつもりだ!? 3年間も呪いの呪文を送り付けて来やがって!!!」



「何言ってる? これは私が丹精込めて、婚約者に宛てた手が――」



「嘘つけこれのどこが手紙だ!! 『お元気ですか? お天気ですか? お腹は痛くないですか? そうですか』……なんじゃこりゃぁ」



「だって神官様が……婚約者に質問しろって」



「内容がおかしいだろうが!! しかも自己完結する質問ってなんだボケぇ!! 毎回同じこと書きやがって!! 嫌がらせ以外の何物でもないだろうがぁぁ」



「え!? 同じこと書いてた!? そんなまさか」



 アホは慌てた様子で自分の書いた手紙を開く。



「……ほんとだ。気付かなかった……ウッカリ☆」



 読んだ後、悪びれもなく、てへぺろっとムカつく顔をされた。ウインクできないならするな。白目じゃないか。

 なんだその不細工な顔は。



 俺は笑いそうになるのを必死に堪え、ブチギレる。



「なにがウッカリじゃぁぁぁぁ! それからあれはなんだ!! 『バッタは生で食べると食中毒を起こすから気をつけて』って虫なんか食うかボケがぁぁぁぁ!!」



「カスアンさんは虫食べない」



 はい。死刑!

 お前もう絶対わざとだろ。



「カシアンじゃぁ! 誰も食わねぇよぉぉぉぉ!!! お前ワザとバカにしてるだろうがぁぁぁぁ!!」



「まさかそんな!! 神官様が、自分の趣味の話をして、相手を気遣う文章入れろって――」



「気遣いの方向が明後日なんだよボケがぁぁぁ!!!」



「明後日!」



 そしてなんで俺の返しをひたすら反芻するんだこのアホは!!!

 これじゃ全く断罪になってないじゃないか!!

 断罪ってどうやるんだ?

 アホを反省させる術とは……??


 肩で息をしていると、オドオドとした様子のプルビアーナが声をかけてきた。


「か、カシアン様……お気を確かに」


 可憐な女性。

 ああ、君はどこまでもこのアホと正反対。


 こうなったら仕方ない。

 最後の手段だ。

 どうせ俺が本気じゃないと高を括ってるんだろ?テレサ。


 いいだろう、後悔して吠えずらかくなよ?


 お前が俺の前で泣き叫び、跪いて許しを乞うまで絶対にやめてやるものか!!


 俺はとうとう、瓶底メガネにあるものを持ってくるように指示をした。


 父上がいない今しか持ってこさせられない


 女神の誓約書。

 これで国内の聖女は全て強制的にこの王国に縛られている。


 よく分からないが、かなり強い力があり、聖女は誓約を破る事は出来ないらしい。


 そしてこの誓約書は玉璽がないと破棄できない。


 厳重な結界を施されたガラスケースを瓶底メガネが持ってきたはものの、何かテレサと話をしている。


 なぜ、あんな底辺聖女と?


 俺を差し置いて?


 わけが分からない俺に小声でプルビアーナが耳打ちした。


「ねぇ、カシアン様? 本当に私をお嫁さんにしてくれるのよね?」


「もちろんだ」


 可愛い。

 後で父上に怒られるかも知れないが、彼女こそこの国の至宝だ。


 むしろ褒められるかもしれない。


 俺はプルビアーナにカッコいいところを見せたい気持ちと、このアホに知らしめたい気持ちで、渡されたナイフを使い、指先に軽く傷を入れた。


 この結界は王族の血と誓約書にある聖女の血がないと解除できない。


 ここまで来てもテレサは飄々とした表情のまま。

 どこまでもこの俺をバカにする。

 イラついた俺はさっさとサインしろと促した。


 だが何やら誓約書の内容を俺に聞かせようとしてくる。


 この際もうお前の事などどうでもいいわ。


 普通は


『考え直してください、カシアン様! 私が悪うございました! 反省し、改心いたしますので婚約破棄だけは……どうか!!』


 てなるだろう?


 しかも横にはプルビアーナがいるんだぞ?

 何か言えよ。


 そりゃ初めて会ったんだけども、欠かさず手紙寄越してたのはお前じゃないか。


 苛立ちがピークに達した俺はごちゃごちゃ抜かすテレサの言葉を遮り、ペンを握ると


「私は一応、契約通り確認したからね? 読まない君の責任だよ!? では早く書こう!!」



 などとウキウキしながら促してくる。

 コイツ、存在自体が癪に障るな。


 俺は書きなぐるようにサインをしていった。


 謝るなら今だぞ?


 俺は本気を示すため、瓶底メガネに玉璽を持ってこさせる。


 だが、テレサの様子は変わらない。

 コイツ、俺を第三王子と分かっての狼藉か?

 正気か?


 普通誰しもが羨む婚約なんだぞ?


 プライドも何もかも傷付けられた俺は、もう後に引けない。

 書類に玉璽を押した。


 テレサの手から神聖力が流され、書類が1枚、また1枚と消えていく。



 瓶底メガネや従者達がなにやら慌てふためいて、泣き崩れていた。


 なんでお前らが泣き崩れるんだよ。


 とうの本人であるアホ女はものすごく嬉しそうなのに。

 それがやけに腹が立った。


 俺は隣に佇む可憐な花を抱き寄せ、新たな婚約を聴衆に向かって誓ったあと、ロマンティックなキスを落とした。



 結局、最後までアホを後悔させることも謝罪も何も無かったし、むしろ喜んでいたようにさえ感じたが、日にちを置けばきっと、少しずつ自責の念に駆られまた手紙を寄越してくることだろう。


 いつものように。



 だが、俺はこの後厳しい現実に叩きつけられる事となった。

 この選択を一生後悔する日が来るなんて考えもせずに



 ***




 断罪から数日が経ったある日――



「カシアン様! た、大変です!!」



 朝っぱらから瓶底メガネがドアの向こうで叫んでいる。

 せっかく人が気持ちよく寝てるのを邪魔しやがって。


 あれからプルビアーナとは会っていない。

 帰り際、王族になれると喜んでいた彼女。

 やはり普通の反応はこうだろうと俺は思った。


 あのアホが異常なんだ。


 頭を掻きながらドアを開けると、血相を変えた従者達が俺にまとわりつき、急いで着替えさせようとする。


「な、何なんだ一体!?」


「国王様が……国王様がお呼びなんです! プルビアーナ様も控えておりますのでお早く!!」


「プルビアーナまで!?」


 意味が分かる。

 正式に婚約させようという意味だろう。


 俺は褒められる事を思い、意気揚々と支度をした。


 それなのに。


 玉座に行ってみるとそこは……まさに修羅場だった。


「そんな、お待ちください、国王様!違うんです!!」


 悲痛な叫びが聞こえてくる。

 あれは……プルビアーナの声だ。



「もう良い。下がらせろ」


「はっ!」


「嫌よ! そんな……どうして!? 離して! 離してったら!!」


 騎士に両腕を抱えられ回廊まで引きずり出されたプルビアーナ。

 俺は慌てて起こそうとした。


 バシン!!


 回廊に高音が鳴り響く。


 一瞬何が起きたのか分からない。


 ゆっくりと頬に熱を感じ始め、ジンジンとした痛みが広がった。

 人生で初めて平手打ちをされたという事に理解が及ばない俺に罵倒が鳴り響く。



「アンタのせいで……私の人生お終いよ!!」



 憎しみに顔を歪め、彼女は立ち去ってしまった。


 一体、何があったんだ……。


 玉座の入口に立つ俺に気付いた父上が俺を呼ぶ。


「カシアン、入れ」


 とても低く冷たい声が響く。

 いつもの優しい父上の声とはどこか違う気がした。


 勝手な事をした自覚はある。

 だがプルビアーナと婚約すれば喜ばれるはずなのに。

 それならば何故、あんなに怒って出て行ったんだ?


 父上、宰相、兄上、母上……皆が玉座に揃っていた。


 俺は口を開く。


「お呼びでしょうか、父上」


「お前は、自分が何をしたのか理解しているのか?」


 ビリビリと電気のように肌を刺す緊張感、喉が張り付きそうになるのを覚えた俺は、掠れる声で答えた。


「はい。聖女テレサとの婚約を……父上が外交で居ない間に破棄してしまいました」


「それでプルビアーナと婚約し直す気でいたと?」


「……はい」


「お前には呆れてものが言えないな。王族が聖女と婚姻関係を結んだことが今までに一度たりともあったか?歴史書の授業で習わなかったのか?」



「今まで一度もそのような事は……ございませんでした」


 そう。

 だから意味がわからなかった。


「残念だ。余の意図すら読めぬ木偶の坊だったとは。お前のせいでこの国は世界最大の抑止力を失った」


「……世界最大の……抑止力?」


 兄上がため息をつきながら俺に分かるように言う。


「お前の婚約者、アステレサ・セレスティアは歴代最高位の星名の聖女だったんだよ。一瞬で12万人を屠ることが出来るほどに強大な力を持った聖女だった」


「……は?」


 言葉が……飲み込めない……。


 あのアホが……世界いや、全世界の歴史上最上位の……聖女?


「他国に狙われないよう、あやつの存在は隠蔽され、星名だという事は国内でも数名しか知らない程の国家機密とし、テレサの誓約書は王族が随時追加項目を書けるようにしてあったんだ。それなのにお前が女神の誓約書を破棄したせいで、何もかも終わった。もうテレサはこの国にいない」



「そ、それならなぜ教えて下さらなかったのですか!?婚約の時に教えてくださればっ」



「触れもせずに一瞬で人を稲穂に変える女とお前は結婚出来たのか? 余の温情を無下にしおって」


「っ……それは……」


 何も言えない。


 父上の意図が読めなかった自分の不甲斐なさと

 国の超重要人物だからこその婚約だったと見抜けなかった自分の浅はかさに


 俺は俯くしかできなかった。


「過ぎたことはもう良い。……元はと言えば、あの悪女(プルビアーナ)がお前を色仕掛けで唆したのが悪い。あの女はロベルトにも言い寄ってきていたからな。あの時にどこかの貴族と政略結婚させるべきだったな」


「まぁ、でも今回丁度よろしかったんじゃなくて? 65歳のマッケンリー伯爵、若い側室が欲しい欲しいと前から仰っていましたもの。婚姻関係が満了した後は自由にしてあげると約束したのだから、優しい処分ですわよ」


「ああ。これでさらにマッケンリーからの上納金の額も上がる事だろう、テレサは元々最弱聖女だと偽らせていたから……まぁ、表向きは問題ないが。カシアン、抑止力を失った責任は取ってもらうぞ」


 母上と話をしていた父上が……俺に鋭い視線を向けた。


 兄上はもう俺を見ていない。


「責任とは……?」


「長年怪しい動きをしている隣国、ルオス帝国側の国境を守れ。今この瞬間からお前との血縁関係は終わりだ。今日からコーネリアス・エバーノースと名乗れ。異論は許さん」



 今一番危ないとされている北の辺境へ向かい、辺境伯として生きろという王命が下された。


 それは実質、実戦経験の無い俺に対する死刑宣告だった。


 自分のしでかした事への反省や

 後悔よりも先に



 俺は


 父上、母上、兄上の顔を見てしまった。


 見なきゃ良かったのに。


 平然と、冷めた目で俺が拝命するのを待つ家族だった人達に


 いや、誰からも


 愛されてなどいなかったのだと。


 ただただ、胸に痛みを覚えただけだった。


 唇を噛み締めて

 片膝をつく。


「仰せのままに。エルカディアに栄光あれ」




 ***



 5年後―――



 北の辺境の地


「コーネリアス閣下、ルオスでどうもきな臭い動きが。うちに向けて動いているようではありませんが、用心に越したことはないかと」


「そうか。第二偵察部隊は?」


「第一と交代でもう少ししたら見回りに。何か指示をお伝え致しましょうか?」


「いつもより警戒を高め、些細な変化も見逃すなと伝えておけ。教会に流行病は終息したか確認した後、俺も合流しよう」


「はっ、かしこまりました」


 瓶底メガネの元側近だった部下は物見台から監視を続ける俺の言葉を聞き、頭を下げてその場を後にする。


 新緑がまた、芽吹く季節になった。


 ここに立つ度に悴(かじか)んでいた指先やつま先にも温かい血が通い、草原に蝶が舞う。


 国勢など構う事なく平和に生きる蝶が羨ましい。


 ……まるでアイツみたいだな。



 ハッと気付き


 俺は首を振った。


「未練がましいな。本当に俺は」



 今思えば俺は16の頃から本当に馬鹿な事をしてきた。


 恥や外聞などと言うくだらないものに重きを置いて、婚約者からの手紙には返信もせず放置したりして。


 3年もあったのに。

 君はずっと、手紙を送ってくれていたのに。



 俺は……結局君に、何一つ返せなかった。




 今も俺の書斎に保管されている


 アホからの手紙。


 もう、二度と来ることの無い


 ラブレター。



 当時から何度も読み返して笑った手紙。


 素直じゃなかった俺は、マーサの前だけで怒っていたっけ。



『お元気ですか? お便秘ですか?』


 うるせぇよ。今は食物繊維を摂るように心がけてる。最近はブランも食べているよ。



『イラガの季節ですね☆』


 そうだな。毎年害虫駆除は皆の課題だ。


 だが同じ空を舞うなら

 俺はカラスアゲハが好きだ。


 知っているか? 黒い蝶だが角度によって色が変わって美しいんだ。



『ジャンボタニシやナメクジは線虫を持ってる可能性があるので、触ったら必ず手を洗いましょうね! じゃないと死にます』


 ああ、田畑にもよく出るからな。素手、素足で田植えをしないように、皆にちゃんと言い聞かせるよ。



 なんで、手紙を返してあげなかったんだろう。

 今はこんなに、君に手紙が書きたいのに。


 思い出す度に胸を締め付けるのに。


 あの日、本当はテレサ、君に会いたかったんだ。


 ……後悔して謝って欲しかった。


 ……本当はプルビアーナとキスする俺を見て傷付いて欲しかった。


 私を捨てないでと言って欲しかった。


 ちゃんと、名前で呼んで欲しかった。


 また会いたいと言って欲しかった。


 意地になってたった一度しか返信しなかったクセにな。


 もう、プルビアーナの顔すら思い出せない。


 それなのに君の声も、顔も昨日の事のように鮮明に覚えているんだ。


 おかしな話だろう?


 ……テレサ

 今、君は何をしている?


 元気にしているか?


 君の好きな肉、ちゃんと食ってるか?


 目を閉じるといつもそこに肉を頬張る君が笑ってるんだ。


 “悪徳聖女を捨ててやった”


 それは違う。


 本当は俺が捨てられたんだ。

 バカでガキで、どうしようもなく愚かだったせいで。


「閣下、そろそろお時間です」


 かつて従者だった者が知らせにやって来る。


「分かった。すぐ行く」


 今日もまた、俺は辺境の地を守るため馬を走らせる。


 鞍に手をかけた俺の頬を蝶が掠めた。

 濡鴉色に輝く、カラスアゲハ。


 俺の初恋の……色だ。


お読み頂き本当にありがとうございました。


星屑聖女のスピンオフ作品なのですが、一人の男の誰にも届かなかった気持ちを書き上げました。


少しでも楽しんで頂けたら幸いです。


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― 新着の感想 ―
めちゃくちゃ感想書くの遅れました…… 星屑の方の番外編だったんですね! 本編知らなくても楽しく読めました♡♡ カスアンw 最後まともになれたんだな……良かったな、カスアン(笑)
めっちゃ良かったです! カス…… カシアンくん、手紙をちゃんと読んで内容も覚えていましたもんね。 毎月二回、手紙をくれる婚約者のことが気になって気になって仕方なかったんですね。 微笑ましい…… この…
本編の『カスアン』のテレサとの婚約破棄の回が大好きすぎて、短編として彼の話を掘り下げて読ませていただけたのが本当に嬉しいです!そして内容は、あの断罪のコミカルさがパワーアップしてて、ただ横にいただけの…
感想一覧
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