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BY THE WAY 〜少しだけ立ち止まる美容院  作者: 末紀世(まつきよ)


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5/6

「メディカルチックでございます」

いらっしゃいませ、ようこそ BY THE WAYへ。


午後の店内には、

いつものジャズが流れていた。


外は曇り空。


湿気を含んだ風が、

ゆっくりと街を覆っている。


扉が開いた。


「こんにちは」


入ってきたのは、

三十代半ばくらいの男性だった。


短く整えられた髪。

仕事帰りのような服装。


落ち着いた雰囲気。


だが、

どこか慎重そうな目をしている。


受付が確認する。


「本日は水パーマでのご予約ですね」


男性は頷いた。


「はい。

 自然な感じでお願いしたくて」


その様子を、

少し離れた場所から

勝田修也は見ていた。


(よし)


自分の担当だ。


胸の奥に、

小さな緊張が走る。


席に案内する。


ケープを広げる。


「本日はありがとうございます」


男性は軽く会釈した。


「よろしくお願いします」


言葉は丁寧。


だが、

どこか探るような空気がある。


施術が始まる。


ロッドを巻く。


薬剤を塗る。


時間を測る。


すべて手順通り。


問題はない。


——はずだった。


時間が経つ。


洗い流す。


ブロー。


形を整える。


勝田は手を止めた。


「いかがでしょうか」


男性は鏡を見た。


しばらく黙っている。


その沈黙が、

少し長い。


そして。


「……うーん」


小さな声だった。


だが、

明らかに納得していない。


「思っていたより、

 少し強いですね」


言い方は穏やか。


だが、

不満は隠していない。


勝田の胸が、

ひゅっと縮む。


「申し訳ありません」


すぐに頭を下げる。


男性は腕を組んだ。


鏡を見つめたまま。


「仕事柄、

 あまり目立たせたくなかったんです」


責めているわけではない。


だが、

困っている。


その空気が、

はっきり伝わってくる。


勝田の頭の中が、

少し白くなる。


(どうする……)


そのとき。


「少し、拝見してもよろしいですか」


柔らかい声だった。


吉岡ユメナが立っていた。


落ち着いた表情。


距離が近すぎない。


安心する距離。


男性は、

少しだけ肩の力を抜いた。


「お願いします」


ユメナは鏡越しに、

髪の流れを確認する。


指先で、

軽く触れる。


一度、頷いた。


「少し調整できます」


はっきりした声だった。


「ボリュームを落として、

 もう少し自然に見せましょう」


男性は小さく息を吐いた。


「助かります」


その一言で、

空気が少しだけ緩む。


ユメナは振り向く。


「勝田くん」


優しい声。


「ここ、

 少しだけ一緒にやろうか」


叱っていない。


責めてもいない。


ただ、

道を示している。


勝田は、

小さく頷いた。


「はい」


再び、

はさみを持つ。


今度は、

一人じゃない。


ユメナが横にいる。


落ち着いた呼吸。


静かな指示。


少しずつ。


少しずつ。


形が変わっていく。


時間が流れる。


最後の仕上げ。


ユメナが一歩下がる。


勝田が鏡を見る。


男性も、

鏡の中の自分を見る。


数秒。


そして。


男性の口元が、

ゆっくり緩んだ。


「……いいですね」


短い言葉。


だが、

確かな納得。


勝田の胸の奥に、

温かいものが落ちる。


「ありがとうございます」


深く頭を下げた。


男性は立ち上がる。


表情は、

来店時よりも柔らかい。


「最初に言えばよかったですね。

 すみません」


「いえ」


勝田は首を振る。


「こちらこそ、

 申し訳ありませんでした」


男性は軽く頷き、

店を出ていった。


扉が閉まる。


店内に、

静けさが戻る。


勝田は、

しばらくその場に立っていた。


胸の奥に残るのは、


悔しさ。


そして、


少しの安堵。


そのとき。


カウンターの奥から、

店長が出てきた。


様子を見ていたらしい。


「大丈夫か」


短い言葉。


勝田は、

小さく頷いた。


「……はい」


店長は少しだけ笑った。


そして、

ぽつりと言った。


「昔はな」


静かな声だった。


「理容店でも、

 医療行為みたいなことしてたらしい」


勝田は顔を上げる。


店長は続ける。


「今でも、

 似たようなもんだ」


少し間。


「血は出ないがな」


軽く肩をすくめる。


「人の気持ちは、

 触ってる」


店内には、

いつものジャズが流れていた。


勝田は、

自分の手を見た。


まだ少し、

震えている。


だが——


さっきより、

少しだけ強く握れていた。


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