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「……はぁ、はぁ、……死ね、死ねよッ! なんで当たらない!?」


新宿中央公園の最上階。贅を尽くした執務室は、今や見る影もなく破壊されていた。

ハーレム王が放つ魔力の奔流が、数千万円もするイタリア製ソファを消し炭にし、防弾ガラスの壁を粉々に砕く。ギフトによって強化された彼の筋力は、振るわれる腕一本でコンクリートの柱をへし折る。


だが、その破壊の嵐の中心にいる灰賀は、いまだ無傷だった。


「……出力は高い。だが、予備動作が大きすぎる。怒りに任せて魔力を垂れ流せば、それだけ動きは単調になる」


灰賀の声は、騒音の中でもはっきりと、氷のように冷たく響いた。

彼は走らない。最小限のステップと、流れるような体術だけで、王の「暴虐」を紙一重で回避し続けている。


「黙れッ! 俺を教育するつもりか!? 負け犬の現地人の分際で!」


ハーレム王は絶叫し、そのギフト――『絶対権力ロイヤル・コマンド』を発動させた。

「膝を突けッ! 俺の前に、平伏せぇぇ!!」


言霊に魔力が乗り、不可視の重圧が室内の空気を歪ませる。対象が意志を持つ生き物であれば、強制的に神経系をジャックし、屈服させる絶対的な権能。

しかし、灰賀は膝を突くどころか、真っ直ぐに王を見据えたまま一歩を踏み出した。


「な、……なぜだ!? なぜ効かない!? 俺のギフトは、神様から貰った最強の――」


『残念だったわね、王様』

室内のスピーカーから、ルニの冷ややかな声が割り込む。

『灰賀の耳には、今、私が生成した特殊な不協和音が最大音量で流れてる。あなたの「コマンド」が脳に届く前に、音響的に相殺キャンセリングしてるのよ。……おまけに、彼は長年の地獄のような訓練で「精神を摩耗させる環境」への耐性を叩き込まれてる。……あなたの底の浅いワガママなんて、彼の精神を揺らすノイズにすらならないわ』


「そんな、……そんなバカなことが……ッ!」


ハーレム王は後退りした。

自分を最強の存在に押し上げていた「絶対のルール」が、安っぽいデジタル技術と、ただの泥臭い「訓練」の積み重ねによって無効化されている。その事実が、彼の精神的支柱を内側から叩き折った。


「……ルニ。周囲の状況は」


「完了。ビルの全エレベーターを停止。非常階段には吸着式の指向性散弾クレイモアを設置した。……あなたの私兵オークも転生者たちも、上には来られない。……おめでとう、王様。今、この広いビルの中で、あなたは完璧に『独りぼっち』よ」


灰賀は銃口を下げず、静かに歩を進める。

「……お前の『聖域』は、もうどこにもない。ここはただの閉鎖空間だ」


「……あ、ああ……」

ハーレム王は、震える手で周囲を見渡した。

いつも自分を称賛し、跪いていた女たちは、戦闘の混乱に紛れて逃げ出したか、隅で怯えている。命令すれば命を投げ出したはずの部下たちは、階下で灰賀が仕掛けた「現実の罠」に足止めされている。


一度死んで、リセットしたはずの人生。

神に愛され、選ばれた「特別な自分」。

そのはずなのに、目の前にいる男――何のギフトも持たず、魔力の一滴すら持たない「ただの人間」が、一番恐ろしい。


「……嫌だ。死にたくない。俺は、俺はまだ、これからなんだ……!」


「……誰もがお前の物語の読者だと思うな」


灰賀は淡々と、45口径のトリガーに指をかけた。


「お前がニートだろうが王だろうが、俺には関係ない。……現実を無駄に食いつぶすバグ。それが、俺の視界に映るお前のすべてだ」


「待て! 金か!? 金ならいくらでもある! このビルも、女も、全部やる! だから――」


「……3」

灰賀がカウントを開始する。かつて、地下の騎士に死を告げた時と同じ、無機質な秒数。


「ひっ、……あ、あああああッ!!」

死への恐怖が限界を超え、ハーレム王は理性をかなぐり捨てた。

彼は残された全魔力を四肢に注ぎ込み、弾丸のような速度で灰賀へと突進した。もはやギフトではない。ただの「質量と魔力」による物理的な激突。


だが、灰賀はその突進を待っていた。


灰賀は銃を構えたまま、左手の袖口から隠しワイヤーを射出した。

それは魔力によって活性化した神経系を破壊するための、対・転生者用特殊高電圧プラグだ。


――バヂィッ!!


「が、ぁ、ぎ、あぁぁぁぁッ!?」


凄まじい電撃がハーレム王の全身を駆け抜ける。

「魔力」というエネルギーが四肢を限界まで活性化させていたことが仇となった。過敏になった神経系が電撃を増幅させ、脳へと直接フィードバックを叩き込む。


悶絶し、床に転がる王。かつて王座に座っていた男は、今や涎を垂らし、白目を剥いて痙攣するだけの、惨めな肉の塊に成り下がっていた。


灰賀は、その男の頭を軍用ブーツで無慈悲に踏みつけ、右手で構えていた銃口を耳の穴へと押し当てた。


「……チェックメイトだ」


新宿の夜風が、割れた窓から吹き込み、豪華なカーテンを不気味に揺らす。

王の王国は崩壊し、後に残ったのは、冷酷な現実を執行する「仕事人」の影だけだった。

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