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新宿中央公園の真上に浮かぶ、物理法則を無視した異世界の城「浮遊城」。その直下に位置する超高層ビルの最上階で、一人の男が贅を尽くしたソファに深く沈んでいた。
彼の名は、自称・ハーレム王。
マージが起きる前、彼はこの街の片隅にある築四十年のアパートで、薄暗いPCの光に顔を照らされながら、誰にも相手にされない日々を送る「ニート」だった。
あの日、新宿が異世界と衝突した瞬間、彼は崩落したビルに押し潰されて一度死んだ。だが、死の淵で出会った「神」は、彼に万能の力を与え、この狂った世界の「主人公」として蘇らせたのだ。
「……ありえない。またか」
ハーレム王の声は、苛立ちで低く震えていた。
彼の足元には、意志を奪われた数人の美女たちが人形のように傅いているが、今の彼には彼女らを楽しむ余裕はなかった。
「報告をしろ。今度はどこが消えた」
跪く転生者の斥候が、脂汗を流しながら答える。
「……西新宿の物流拠点、および三丁目の地下調整室です。いずれも幹部クラスの転生者が殺害されました。……敵は、魔法を一切使いません。弾丸、ナイフ、そして物理的な罠。それだけで、我々『神に選ばれし者』を確実に仕留めています」
「魔力を持たない現地人だと……? ふざけるな、そんなはずがあるか!」
ハーレム王は立ち上がり、大理石のテーブルを拳で叩き壊した。
一度死んで手に入れたチート能力による膂力は、分厚い石材を粉々に粉砕する。
彼にとって、このマージ後の世界は「自分が輝くために再構築されたステージ」だ。そこでモブに狩られるなどというシナリオは、彼にとってあってはならない「バグ」だった。
「俺は一度死んで、あのクソみたいな現実をリセットしたんだ! 神様からこの力を貰った瞬間から、俺は世界の中心なんだよ! なのに……どこのどいつだ! 俺の物語を邪魔するやつは!」
彼は窓の外に広がる、ネオンと魔導光が入り混じる新宿の夜景を睨みつけた。
彼がこの街を支配できたのは、神から授かった、対象を強制的に隷属させる「支配のギフト」があったからだ。だが、相手が視界に入らず、魔力も発散させずに闇から命を狙ってくるのであれば、その能力も宝の持ち腐れとなる。
「総員に告げろ。新宿全域で一斉捜索を開始しろ。現地人の武装組織、元軍人、警察の残党……怪しい奴は片っ端から捕らえて、このビルの前に吊るせ」
「し、しかし王よ、それでは他派閥との均衡が……」
「黙れ! 俺がルールだと言ったらルールなんだよ! 犯人を引きずり出せ。俺のチートの前で、自分がどれだけ無力な『端役』かを思い知らせてから、一番惨めな方法で殺してやる」
ハーレム王が叫ぶと、ビルの窓ガラスがその魔力圧でビリビリと震えた。
彼は捜索のために、本拠地を固めていた私兵(オークや転生者たち)を新宿の街へと吐き出させた。
同じ頃。
そのビルの喧騒から数キロ離れた、ビルの屋上の影。
灰賀は単眼鏡を静かに下ろし、耳元のインカムを叩いた。
「……ルニ。獲物がパニックを起こした。予定通り、捜索のために本拠地のガードが街へ分散し始めた」
『了解、ボス。……ハーレム王のバイタル、モニター越しでもわかるくらい滅茶苦茶だよ。一度死んで「全能」になったつもりでいるから、自分の理解を超えた事態に脳が追いついてないのね』
「ああ。……『一度死んで人生をやり直した』と思い込んでいる奴は、二度目の死が現実だと気づいた時、一番脆い」
灰賀は暗闇の中で、愛銃のボルトを引いた。
王が「家畜」を捜索するために城門を開いたその瞬間こそ、猟師がその喉元へ、音もなく忍び寄る絶好の機会だった。
「……デバッグ・フェーズ2を開始する。本丸に突入するぞ」
灰賀は闇に溶け込むように、巨大なビルの搬入口へと足を進めた。
それは救世主の戦いではない。
狂ったシステムを根底から消去するための、冷徹な「修正作業」の始まりだった。




