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新宿の喧騒から隔絶された検問所の裏手。

重圧の騎士ヘビー・ナイトと呼ばれた男は、膝をつき、肩を大きく上下させていた。

彼の自慢だった「絶対静止の領域」は、灰賀の放ったタングステン杭による過負荷と、その死角を突いた亜音速弾の衝撃によって、ひび割れたガラスのように霧散している。


灰賀は無機質な動作で歩み寄り、男のヘルメットの隙間に、冷たい銃口をねじ込んだ。


「……待て、殺すな。俺は『愛の聖域エデン』の幹部だぞ。俺を殺せば、あの方が黙っていない……!」


「『あの方』とは誰だ。3秒以内に答えろ」


灰賀の声には、怒りも、慈悲もない。ただ淡々と、死の期限を告げる。


「……3」

「ひっ……! ハーレム王だ! この新宿を統べる、真の勇者様だ!」

「……2」

「地下だ! この検問所の真下に、連れ去った女たちの収容施設がある! そこで……『再処理』をしてるんだ!」


灰賀は引き金にかけた指を止め、耳元の有線インカムに触れた。

「……ルニ。今の言質、記録したか」


『バッチリよ。音声データと、あいつの生体ログを同期させて、虚偽反応はなし。……灰賀、あいつの持ってるアクセスカードを奪って。今からその「地下」のセキュリティをハックするわ』


灰賀は男の首筋からカードキーをむしり取ると、容赦なく銃のグリップでその頭を殴りつけた。気絶した男を転がし、灰賀は検問所の奥にある、重厚なエレベーターへ向かった。


エレベーターが地下3階に到達し、鈍い金属音と共に扉が開く。

そこに広がっていたのは、新宿の街並みからは想像もつかない、清潔で冷酷な「実験施設」だった。


空気には、鼻を突く消毒液の匂いと、甘ったるい魔導触媒の香りが混ざり合っている。

壁際に並ぶのは、青白い液体で満たされた数個の円筒状のカプセル。その中には、意識を失った女性たちが、無数のチューブに繋がれた状態で浮遊していた。


灰賀は足音を殺し、一番奥の端末へと向かった。


「……ルニ、端末の直結ダイレクト・リンクを開始する。組織の全容を吐かせろ」


『了解! ……うわ、これ……想像以上よ。新宿全域に12箇所の「支部」がある。この地下施設はその一つに過ぎないわ。……資金源は、人格を消去した女性たちの「輸出」と、魔導薬物の売買。……ハーレム王の本拠地、新宿中央公園の浮遊城直下にあるビルで確定よ』


灰賀は、カプセルの一つに近づいた。

そこには、タクヤから渡された写真とよく似た面影を持つ女性――サツキが、虚ろな目で宙を見つめていた。彼女の首筋には、路上で拾ったアンプルと同じ形状の薬筒が突き刺さり、一定の間隔で液体が注入されている。


「……ターゲット、サツキ。生存を確認」


『……解析中。……灰賀、彼女を今すぐ連れ出さないの?』


通信越しに、ルニが少しだけ声を震わせて尋ねる。

灰賀はカプセルの脈動を冷めた目で見つめたまま、小さく首を振った。


「今の彼女はサーバーの一部だ。カプセルを割れば、直結された魔導回路が逆流し、彼女の脳は物理的に焼き切れる。安全に切り離すには、ルニ、お前が外部からシステムを掌握する時間が必要だ」


「……でも、それなら私が今から――」


「それだけじゃない」

灰賀は、カプセルに繋がる太いケーブルの束を指でなぞった。

「ここで彼女が消えれば、ハーレム王は即座に異常を察知し、警戒を強めて地下に潜るだろう。そうなればデバッグの効率が落ちる。……彼女には、奴を誘い出す『餌』として、もう少しだけここにいてもらう」


「……相変わらず、血も涙もないわね」


「涙で依頼しごとが完遂できるなら、いくらでも流してやる。……今は、鉛の方が役に立つ」


灰賀は端末からデータを吸い上げ終わると、カプセルの中で眠るサツキに一度も振り返ることなく、背を向けた。

その瞳には、かつて戦場を駆けた男の、氷のような殺意が再燃していた。


「ルニ、全支部のリストを整理しろ。……今夜から、この街のバグを一つずつ、順番に潰していく。逃げ場を失わせ、最後にターゲットを仕留める」


『……了解。徹底的にやるのね、死神さん』


「金はもらった。……倍の価値で返してやるのが、プロの礼儀だ」


灰賀は、エレベーターの扉が閉まる瞬間まで、一切の感情を顔に出さなかった。

彼がやるべきことは「救済」ではない。

依頼を汚したゴミ共を、この新宿の闇から一人残らず「清掃」すること。


必殺の仕事人が、闇の中で一歩を踏み出す。

これから始まるのは、救世主の物語ではなく、冷徹な「殺害工程」の始まりだった。

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