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新宿駅の東口。かつて巨大なビジョンが流行の最先端を映し出していた広場は、今や「境界街」と呼ばれる混沌の入り口となっていた。
ビルの壁面からは異世界の蔦が血管のように這い出し、空中に浮かぶ魔導石の街灯が、青白い光でスラムを不気味に照らしている。このエリアでは、現代の電気信号は魔力の干渉で細切れになり、最新鋭のハイテク機器はただの鉄屑に成り下がる。
灰賀は一人、闇に溶け込むように路地を歩いていた。依頼人のタクヤは拠点に置いてきた。「プロの戦場に素人を連れて行くほど、俺は安売りしていない」――それが灰賀の冷徹な判断だった。
「……感度はどうだ、ルニ」
灰賀は、旧式の有線インカムのコードを耳元で調整した。
『最悪。精霊たちが騒いでて、パケットがボロボロだよ。でも、あんたが路地に仕掛けた「アナログ中継器」経由で、ギリギリ音声は生きてる。……ターゲット捕捉。例の「重圧の騎士」、今ゴールデン街の入り口にある検問所にいるわ』
「了解した。……調査を開始する」
灰賀はオイルドコートの襟を立て、ネオンと松明の火が混ざり合う路地へと足を踏分けた。灰賀の調査に、華やかな魔法やスキルは不要だ。特殊部隊時代に叩き込まれた、徹底した現場の「読み取り」こそが彼の武器だった。
彼は、マージの混乱でチート能力を得られなかった異世界人たちが営むジャンク屋の裏手に回った。目的は聞き込みではない。「ゴミ」の回収だ。灰賀は廃棄物の中から、特定の紋章が刻まれたアンプル瓶の破片と、使い古された魔導回路のスクラップを拾い上げた。
「……ルニ。第14ポイントで回収したアンプルの成分を照合しろ。それと、この回路の摩耗具合……これは通常の照明用じゃないな」
『……解析中。待って、これ……医療用の精神安定剤に、異世界の魔導触媒を混ぜた強力な「洗脳薬」の成分よ。回路の方は……特定周波数の魔術を増幅する触媒器ね。これ、かなり使い込まれてる』
灰賀は破片を握りつぶし、冷徹に状況を整理する。
「ただの拉致じゃない。組織的な『再処理』が行われている可能性がある。……このアンプルは、ハーレム王の私兵軍――『愛の聖域』の専用支給品だ」
灰賀は次に、建物の「配管」を観察し始めた。監視カメラが死んでも、街の「呼吸」は嘘をつかない。排水の匂い、排気ダクトから漏れ出す異常な熱。特定のビル周辺だけ不自然に人通りが絶えている事実。
「……見つけたぞ。あそこだ」
灰賀は検問所が見渡せる雑居ビルの屋上に身を潜めた。
ターゲット――「重圧の騎士」は、巨躯を揺らしながら仁王立ちしている。その周囲には、目に見えないが、確実に弾丸を止める「二重の加護」が展開されていた。
「……ルニ、ビルの地下構造を推定させろ。今の吸気量と、排水に含まれる薬品の濃度から逆算しろ」
『了解……。出たわ。地下3階、かつての貯水槽エリアが大規模に拡張されてる。そこだけ異常な電力と魔力が消費されてるね。……ここが「加工場」――拉致した女性たちを、薬と魔導回路で無理やり「洗脳」し、意思を奪っている場所よ』
「感情論は不要だ。……事実だけでいい」
灰賀は冷静に、特注の「高圧クロスボウ」を組み上げた。
「奴の『静止領域』は、高速移動物体のエネルギーに反応する。なら、極大の質量を持つ杭を、機械式の圧力だけで低速で叩き込む。領域がその処理に追われ、防御が一点に偏った瞬間――その死角から、俺の弾丸を滑り込ませる」
『……成功率は?』
「俺の指が、引き金の感触を覚えている限りは100%だ」
灰賀は冷徹に言い放ち、クロスボウの弦をジャッキで引き絞った。
ターゲットである騎士は、自分の「絶対防御」に酔いしれ、周囲を威圧するように大剣を鳴らしている。彼にとっては、この街の住民はすべて自分に傅くべき「NPC」に過ぎないのだ。
「……デバッグを開始する」
灰賀がトリガーを引く。火花も銃声もない。
ただ、夜風を切り裂く重苦しい音とともに、タングステン製の杭が放たれた。




