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地下拠点の空気は、契約が成立した瞬間に「作戦会議室」へと変貌した。
灰賀は、タクヤから受け取った超高純度の魔石を無造作にルニへ放り投げた。
「……本物。これなら、特注装備の経費も余裕で出るよ」
ルニが不敵な笑みを浮かべ、メインモニターに新宿の立体地図を展開する。
依頼人のタクヤは、灰賀の圧倒的な殺気に気圧されながらも、縋るような瞳で彼を見ていた。
「あんた、名前は?」
灰賀が、銃器のパーツを組み上げる手を止めずに尋ねる。
「……タクヤ、と言います」
「タクヤ、一つだけ忠告しておく。俺たちは『助け屋』じゃない」
灰賀は組み上げたばかりの45口径をホルスターに収め、青年の目を真っ直ぐに見据えた。
「俺たちがやるのは『駆除』だ。あんたの婚約者が無事である保証もしない。過程を直視する勇気がないなら、今すぐここを出ろ。……これが俺の流儀だ」
「……わかっています。彼女を奪ったあいつらが、ただ死ぬだけじゃ、僕は気が済まないんだ」
「いい目だ。……ルニ、情報を吐き出せ」
ルニがキーボードを叩くと、ザラついた記録映像がモニターに映し出された。一年前、旧政府の機動隊が歌舞伎町を奪還しようとした際の秘匿映像だ。
映像の中、重厚な鎧を纏った男――『重圧の騎士』に向かって、数名の機動隊員がサブマシンガンを一斉掃射している。だが、男は一歩も動かない。
「見て、ここ。スローにするよ」
ルニが映像を止め、男の周囲を拡大した。
放たれた弾丸は、男に当たる直前、まるで水中に飛び込んだように急減速し、そのまま力なく地面に落ちている。
「一つ目のギフトは、視界に入った攻撃を逸らす『磁性偏向』。でも、この映像で問題なのは、背後から撃ち込まれた弾丸も全部止まってること。……こいつ、無意識下で発動する二つ目のギフトを持ってる。半径2メートル以内に入った高速移動物体を強制停止させる『絶対静止の領域』よ」
タクヤが絶望的な声を上げる。
「……背後からでも、狙っても当たらない。そんなの、不死身じゃないか……」
灰賀は作業台に向かい、棚から一抱えもある重い金属の塊を取り出した。
それは銃弾ではない。旧式の工業用ワイヤーと、高強度の炭素鋼で作られた「超高圧のボウガン(クロスボウ)」のパーツだった。
「不死身なものか。転生者のギフトは『脅威』を検知して発動する。なら、その検知システムを飽和させればいい」
灰賀は淡々と、クロスボウの弦を専用のジャッキで引き絞り始めた。
「奴の『静止領域』は、火薬で加速された高エネルギー体に反応する。だが、『極めて質量が大きく、かつ一定の低速で進む物体』に対しては、処理の優先順位が下がる。あるいは、停止させるために膨大な魔力を一瞬で消費するはずだ」
灰賀が作業台に置いたのは、直径5センチ、長さ30センチの巨大な「タングステン製の杭」だった。
「火薬は使わない。この重い杭を、機械式のバネの力だけで撃ち出す。着弾の瞬間、ルニが遠隔でお前の背後に仕掛けた『魔力吸着剤』を起爆させ、一瞬だけ領域を乱す。その0.5秒の隙間に、俺が横から45口径を叩き込む。……バグを突くには、二重の処理が必要だ」
「杭と、銃弾……。そんな、綱渡りみたいな真似を……」
「仕事に確実などない。あるのは、成功率を高めるための積み重ねだけだ」
灰賀は淡々と語りながら、45口径の薬莢に、音速を超えないギリギリの量の火薬を詰めていく。
サイレンサーを通しても音が漏れない、暗殺用の亜音速弾。
神の加護という名の「バグ」に対し、灰賀は「物理」という名の修正プログラムを走らせる準備を整えた。
「……サツキがどこにいるか、この門番の口を割らせる。ルニ、準備は?」
「任せて。精霊たちを眠らせて、新宿の目を盗んであげる。……灰賀、今回の作戦、コードネームは?」
「……『デバッグ・フェーズ1』だ」
灰賀はタクティカルベストのバックルを締め、愛銃をホルスターに叩き込んだ。
その背中には、もう「市民」の面影はない。法に代わって、世界の異分子を消去する、冷徹な執行人の姿があった。
「タクヤ、お前の依頼、確かに引き受けた。……あとは死ぬまで待ってろ」
灰賀が地下の重い扉へ向かって歩き出す。
背後でルニが「行ってらっしゃい、死神さん」とコーラを掲げた。




