表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/17

15

四ツ谷の外縁に佇む、蔦に覆われた廃教会。

ステンドグラスの破片が床に散らばり、月光がその断面を冷たく照らしている。

灰賀は、別班の工作員たちと共に、ネズミ一匹逃げ出せない完璧な包囲網を敷いていた。


「……灰賀、ターゲットは祭壇の前で停止。魔力波形の送信が止まったわ。……今よ。彼女の意識が『外』から戻る、一瞬の隙を突いて!」


ルニの合図と同時に、灰賀は影から躍り出た。

「動くな! 別班だ、抵抗は無意味だ!」


工作員たちが一斉にフラッシュライトを浴びせる。光の渦の中心で、シルヴィは逃げる素振りも見せず、ただ呆然と立ち尽くしていた。


「……あ……」

シルヴィの瞳に、三年間の霧が晴れたような微かな光が宿る。

彼女は自分の襟元のデバイスを自ら引きちぎり、灰賀を見つめた。その表情は、かつての機械的な無機質さではなく、恐怖に震える一人の少女のものだった。


「……逃げ……て。私を……確保すること……それ自体が、あの人の……予測……」


「黙れ。お前を保護する。妹の居場所を吐け、そうすれば――」


灰賀が彼女の手を掴もうとした、その時だった。


「……ごめんなさい、リナ。……お姉ちゃん、もう……」


シルヴィの『空間把握』が、絶望的な未来を捉えた。

教会の天井、崩れたドームの隙間から差し込む月光。その光の筋を切り裂いて、一発の弾丸が吸い込まれるように飛来した。


「伏せろ!!」


灰賀の叫びは、物理法則を超えた速度の前にかき消された。

一千メートル以上の彼方から放たれたであろうその弾丸は、驚異的な精度でシルヴィの胸部を貫いた。狙撃ではない。それは、彼女の心臓が「そこに位置する瞬間」を計算し尽くした、数学的な処刑だった。


「……っ、が……」


シルヴィの体が崩れる。灰賀は反射的に彼女を抱きとめたが、その手には既に温かい鮮血が溢れていた。


「シルヴィ! しっかりしろ!」


「……これ……を……」


彼女は震える手で、服の裏側に隠し持っていた青く輝く小さな魔石を、灰賀の掌に押し付けた。それは、彼女が三年間、監視の目を盗んで自分のギフトを注ぎ込み続けた『記憶の結晶』だった。


「……私の……空間把握の……残滓……。これがあれば……妹の……リナの場所が……分かる……はず……」


彼女の瞳から、光が急速に失われていく。


「……お願い……あの子だけは……自由……に……」


それが、彼女の最期の言葉だった。

類稀なるギフトを持ち、最強の黒幕に翻弄され続けた一人の転生者は、灰賀の腕の中で、ただの折れた人形のように物言わぬ亡骸となった。


「……クソがッ!」


灰賀は周囲を警戒したが、二発目の銃声は聞こえなかった。

まるで、「彼女を消去する」という目的さえ果たせば、それ以上の弾薬は不要だと言わんばかりの、あまりにも効率的で傲慢な幕引きだった。


一時間後。四ツ谷の秘密シェルター。

灰賀は、返り血の付いたガスマスクを無造作に置き、モニター越しの中島と対峙していた。


「……任務は失敗だ。ターゲットは死亡。情報の確保には至らなかった」


灰賀の声は冷え切っていた。中島はモニターの向こうで、顔を覆い、深くため息をついた。


「……そうか。狙撃か」


「ああ。一発だ。風速も、障害物も、彼女の動線も……すべてを把握した上での、完璧すぎる一撃だった。中島、お前が追っている相手は、ただの暗殺者じゃない」


灰賀は掌の中にある、まだ温かい魔石を握りしめた。


「……奴は、俺たちの突入タイミングも、シルヴィが口を割る瞬間も、すべて読んでいた。……あいつは、俺たちが勝てる相手なのか?」


中島は沈黙した。その沈黙こそが、灰賀への答えだった。

中島は知っている。今の狙撃すら、藍原元司令にとっては「不要な変数の削除」に過ぎないことを。

ただ、灰賀へは伝えていない情報。今の段階では伝えられないと中島は判断をしている。


「……今は休め、灰賀。次の手は……こちらで検討する」


通信が切れる。

灰賀は暗い部屋で、独り言のように呟いた。


「……ルニ。この石の解析を急げ。……俺たちは、まだ詰んでいない」


『……了解。……やってやるわよ、灰賀。その「親玉」とやらがどんなに頭が良くても、データの端っこに必ずゴミ(バグ)は残るんだから』


シルヴィから託された青い光だけが、灰賀の瞳の中に、消えない怒りとして宿っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ