表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/17

14

新宿の外縁、コンクリートの墓標のようにそびえ立つ廃工場地帯。

灰賀は、崩れかけた煙突の影から、ターゲットであるシルヴィを監視していた。


「……灰賀、ターゲットは現在地点から北北西へ移動開始。時速は4.8キロ、歩幅は正確に65センチ。……ねえ、これ本当に生身の人間なの? 三十分前から一度もペースが乱れていないわ」


インカムから聞こえるルニの声には、生理的な嫌悪感が混じっていた。


「……まるで、見えない線路の上を歩いているようだな」


灰賀は双眼鏡越しに、シルヴィの背中を追う。

11話でサカキの傍らにいた際、彼女が纏っていた濃密な魔力――「転生者」特有の異質なプレッシャーは、今や冷たく静まり返り、彼女をただの精密機械のように見せている。


「ルニ、解析の進捗は」


「……別班から回ってきた過去三年の未解決ログと、今の彼女の移動パターンを照合し終えたわ。ようやく確信が持てた。……灰賀、彼女のギフト、おそらく『空間把握』の系統よ。それも、センチメートル単位の精度を持つ超広域索敵。……最悪ね」


ルニの指がキーボードを叩く音が激しくなる。


「……その力があれば、彼女は自分の周囲にいるすべての動体を、壁の向こう側まで把握できる。……つまり、彼女は私たちが追っていることも、別班が包囲網を敷いていることも、最初から全部『視えて』いるのよ」


「……分かっていて、歩き続けているのか」


灰賀は双眼鏡を覗き直す。彼女は瓦礫の山を避け、水溜まりを跨ぎ、一度もこちらを振り返らない。その足取りは、誰かが算出した「最短の最適解」を忠実になぞっている。


シルヴィが足を止めた。そこは、かつての物流倉庫の跡地だった。

待ち構えていたのは、数人の転生者が雇っていると思わしき武装した帰還不能者ロストたちだ。彼らはシルヴィが近づくと、恐怖と蔑みが混じった視線を投げかけ、露骨に武器を握り直した。


「……ギフトがありながら、なぜ抵抗しない。その能力があれば、追っ手の隙を突くことなど容易いはずだ」


「……理由なら、これよ。中島さんの部隊が押さえた『彼女が定期的に接触している秘匿先』のデータ」


ルニがジャンクPCから一枚の画像を表示した。

それは、古びたペンダントの中にある色褪せた写真。そこには、ギフトを持たない帰還不能者ロストの少女が、シルヴィと同じ銀色の髪を揺らして笑っていた。


「彼女の妹よ。マージ直後から行方不明とされていたけど……実際は、三年前からずっと『親玉』の管理下に置かれている。……シルヴィは、自分の『眼』で妹の居場所を特定しようとしたはず。でも、そのたびに妹が盾にされ、今の『連絡係』としての役割を強制されてきたのね」


灰賀は、彼女の襟元に隠された小さな魔導デバイスを捉えた。


「……あのデバイスが、彼女の『眼』を外部へ中継しているんだな」


「ええ。彼女が視ている情報は、そのまま黒幕にも共有されている。……彼女は、自分がどれだけ優れた目を持っていても、妹という唯一の死角を握られている限り、この透明な檻から出られない。……彼女が機械的に動いているのは、意志がないからじゃない。妹を生かすために、心を殺して『完璧な人形』を演じ続けているのよ」


シルヴィが帰還不能者ロストたちに封筒を渡すと、再び機械的な足取りで歩き始めた。

その瞳は、もはや目の前の景色を見ていない。ただ、自分に課せられた「役割」を全うすることだけが、妹を守る唯一の手段だと信じ込んでいる。


「ルニ、彼女を『生きたまま』確保すると中島に伝えたが……この状況、向こうも当然、俺たちがここまで辿り着くことを計算に入れているはずだ」


「……ええ。彼女は泳がされている。中島さんが言う『黒幕』にとって、彼女は私たちを誘い出すための『生きたポインター』に過ぎないわ」


灰賀は、銃の重みを確かめながら、不自然なほどに静まり返った廃工場を見渡した。

シルヴィの背中が、薄暗い闇の中へ消えていく。


「……灰賀、ターゲットは最終目的地の廃教会へ入るわ。……あそこなら、包囲して確保できる。……準備はいい?」


「……了解した。突入する」


灰賀はガスマスクを締め直し、闇に溶け込んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ