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新宿の境界線――かつての山手線の線路跡には、今や「日常」の残骸が無残に積み上げられている。
錆びついたレールの上を、異世界の地竜が牽く荷車が軋み、その横を自衛隊の古い装甲車が無力そうに並走する。かつてのインフラは異世界の魔導回路と歪に溶け合い、文明は腐敗しながら延命していた。
灰賀は崩落したビルの屋上から、無機質な眼差しで配給所の広場を見下ろしていた。
コートのポケットには、依頼主の老人から受け取った「マージの際に拾った純度が高い魔石」が一つ。法が死に、円が紙屑と化したこの国で、それがこの仕事、転生者・サカキ処刑の正当な全報酬だ。
「……灰賀、ターゲットを確認。壇上のあの男よ」
耳元のインカムから、ルニのノイズ混じりの声が響く。今回は現場に近い廃ビルをサブ拠点として彼女は新宿の廃ビルの一室で、古いジャンクPCを魔法的に回線へ直結させ、既に敵のプロファイルを完了させていた。
「……ああ、見えている。元派遣社員のサカキ。典型的な『転生者』だな」
灰賀は双眼鏡を覗くこともなく、肉眼で敵を捉える。派手なローブを纏い、周囲に炎の玉を浮かべて悦に浸る男。マージの瞬間に「神」からチート(ギフト)を授かり、一夜にして「王」へと成り上がった現代人だ。
「ええ、あいつら転生者は自分たちがこの世界の新しい法律だと思い込んでる。……見て、あの足元。酷いものね」
サカキの傍らで、重い木箱を運ばされているのは、屈強な体躯を持つオークの【帰還不能者】だ。チートを持たずにこの世界へ放り出された異世界の現地人。彼らロストは戸籍も人権も与えられず、この国では転生者の奴隷か、使い捨ての資材として消費される存在でしかない。
「……あっちの列にいるエルフは、また『古い教義』に縛られている連中か」
灰賀の視線の先には、不当な契約に従い、泥水を啜りながらも背筋を伸ばして並ぶロストたちがいた。
『そうね。名誉だの規律だのと言って、この混沌とした世界で「正しく」あろうとするタイプは、あんな風に転生者にいいように利用されて死んでいく。……逆に、さっきのオークみたいに生存を優先してプライドを捨てた奴らもいるけど、どっちにしろチートを持たない彼らに、この国の法律は手を差し伸べないわ』
灰賀は、サカキの隣に立つ銀髪の女へと視線を移した。纏う魔力の密度が、周囲のロストとは一線を画している。
「……隣の女も『転生者』だな。元はあっちの現地人か」
『ええ。マージの際にギフトを掴み取った成り上がりよ。現代人だろうが現地人だろうが関係ない。理不尽なまでの「神の力」を手に入れた奴が、警察すら手を出せない特権階級になる』
「……だから、俺の出番だ」
灰賀は愛銃、45口径のガバメントを引き抜き、冷徹な動作でボルトを引いた。
神が狂わせ、政府が特別顧問として甘やかした「バグ」を消去する。それが、この世界の掃除屋としての唯一のルーチンだ。
「ルニ、解析。出力周期を」
『完了済みよ。……サカキの「無限火炎」、魔力の再充填まで3.5秒のインターバル。……その瞬間なら、物理法則があいつの首を刈る。……デバッグの準備は?』
「……ああ。火遊びの時間は終わりだ」
灰賀はガスマスクを締め直し、不条理な夜の底へと静かに沈んでいった。
鉛の弾丸だけが唯一、この壊れた世界で嘘をつかない真実を刻む。




