表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/17

1

新宿。かつて不夜城と呼ばれたその街は、今や「垂直の墓標」と化していた。

都庁舎の背後には、物理法則を無視して浮遊する異世界の巨城が鎮座し、その影が歌舞伎町を永遠の黄昏に染めている。


「……クソが。感度が最悪だぞ、ルニ」

路地裏の湿った空気の中、男――灰賀ハイガは耳元の骨伝導通信機を指で叩いた。

全身をダークグレーのタクティカルウェアで包み、その上から使い古されたオイルドコートを羽織っている。


『文句言わないでよ、灰賀。こっちは精霊通信とパケット通信を無理やり繋いでんだから。……ターゲット捕捉。例の「爆炎」の男よ。今、拉致した女をいたぶってる。……趣味の悪い。さっさと終わらせてよ』


「感情論はいい。……仕事ビジネスを開始する」


ネオンが死にかけの魚のように点滅するビルの一角。


「おい、もっと笑えよ。お前らNPCは、俺たち『勇者』に奉仕するために存在してんだからよ」

金髪を逆立てた男が、泣き叫ぶ若い女性の髪を掴んでいた。男の周囲には、陽炎のような歪んだ魔力が渦巻いている。


「ひっ、……助けて、誰か……!」

「無駄だよ。この街じゃ、俺が神なんだよ」


男が下卑た笑いを浮かべ、指先に火を灯したその時だった。


――パシュッ。


乾いた、しかし重厚な音が響いた。

男の指先から火が消え、代わりに彼の右肩が不自然な方向に弾け飛ぶ。


「が……っ!? な、なんだ!? 貴様、俺の防御結界が……神の加護が効いてないだと!?」


屋上から音もなく着地した灰賀は、すでに次の一射の体勢に入っていた。混乱する男に向かって、静かに歩を進める。


「加護じゃない。ただの『純銀被甲弾』だ」


灰賀の声は、冬の夜風よりも冷たい。


「ルニの解析によれば、お前の結界は『魔力密度の薄い物質』を透過させる。……火薬で加速させた純銀の塊は、お前の神様にとってはただのゴミだったらしいな」


「な、舐めるなッ! 『最大防御プロテクション』!!」


男が叫ぶ。彼の周囲に、戦車砲すら弾き返すという黄金の光の膜が展開された。

だが、灰賀は止まらない。彼は歩きながら、腰のポーチから「魔力吸着炭粉」を散布する特殊手榴弾を投げつけた。


パァン、と空中で弾けた黒い粉末が、黄金の膜にへばりつく。

一瞬にして、絶対のはずの結界がすすに汚れたガラスのようにひび割れ、霧散した。


「ヒッ……!? 死ね! 死ねええッ!」


パニックに陥った男が、最大火力の魔法を放とうと詠唱を開始する。

だが、灰賀の動きは「合理的」だった。


詠唱の音節が完成する直前。

魔法陣の「起点」となる空間の歪みへ、灰賀は迷わず引き金を引いた。


銃声。

放たれたタングステン芯弾が、形成途中の魔力構造を物理的に粉砕する。行き場を失った魔力が暴走し、男の腕の中で逆流バックファイアを起こした。


「あぎゃあああああああッ!!」


自分の魔法で右腕を焼かれ、のたうち回る男。

灰賀はその男の眉間に、無造作に銃口を押し当てた。


「待て、待ってくれ! 金ならやる! アイテムも――」


「お前が何者かは興味がない。俺にとっては、お前もその能力も、排除すべき『システム上のエラー』に過ぎない」


そこにあるのは、神の加護でも奇跡でもない。

数十万回の訓練と、ルニの冷徹なデータ分析に裏打ちされた「プロ」の殺意だけだ。


「……デバッグ完了だ」


――ドン。


至近距離で放たれた一撃が、男の頭部を砕いた。

かつて「勇者」を自称した肉体が、ただの肉塊となってアスファルトに転がる。


「ターゲットの沈黙を確認。死体の処理はどうする、ルニ」

『後始末用のドローン飛ばしたわ。証拠隠滅は任せて。……灰賀、次の依頼メール来てるよ』


「ああ、報酬が良いものから順にリストアップしておけ」


灰賀は冷淡に言い放つと、震える被害者の女性には目もくれず、血溜まりを避けて歩き出した。

彼は救世主ではない。契約に基づき、社会のバグを消去するだけの装置だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ