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冬季攻勢

……………………


 ──冬季攻勢



 砲声が響く。臓腑を揺さぶる重低音が響く。


 砲兵の口径76.2ミリ野砲、口径122ミリ榴弾砲、口径152ミリ榴弾砲が次々に砲撃を行い、ルオタニア共和国の前線とその後方を粉砕していく。


 魔王軍の攻勢準備射撃は念入りに計画して行われた。

 砲兵の弾着観測を行う前進観測班(FO)として陸軍参謀本部情報総局(MID)所属の特殊作戦部隊たる第1独立特殊任務中隊が投入されていた。

 主に人狼と吸血鬼で組織される彼らは開戦前に密かに国境を越え、ルオタニア陸軍の動きを見ながら弾着を観測し、砲撃を誘導。

 それによってルオタニア共和国陸軍は後方の予備戦力にまで手痛い打撃を受ける。


 さらに魔王国は砲兵の密度が違った。

 ルオタニア陸軍が正面1キロに対して15~20門程度の火砲しか有さないのに対して魔王国は100門、200門もの火砲を投じているのだ。


 地形ごと粉砕するような覚悟で行われた砲撃は苛烈極まった。


 そして、砲撃が終わったと同時に歩兵の突撃が始まる。


「続け!」


 人狼の前線指揮官が突撃するのにオークとゴブリンたちが続いて突撃する。


 大規模な砲兵による砲撃とそれに続く人海戦術。

 それが魔王国が内戦とその後の軍事改革で得たドクトリンであった。


 では、戦車はどうしたのか? といえば歩兵に随伴して進んでいた。


 未だに多くの魔王国陸軍将校たちにとって戦車は歩兵に随伴するものであり、戦車に歩兵が随伴するという考えは薄い。

 これまでの魔王国での戦車の運用は塹壕陣地を突破するために火力支援にとどまっており、機動力はあまり生かされていなかった。


 今回の戦争でも特段それが変わるわけではない。

 ヴァヴェルは戦車の集中運用と戦車主体の攻撃を考えていたものの、いざ実行に移すにはぶつけ本番過ぎると失敗を恐れてしまった。


 それゆえにこの戦争でも戦車は歩兵に随伴し、火力支援を行うにとどまっている。


 結果的に砲兵と歩兵主体となった攻撃は、予定通りネヴァグラードからノルトハーヴンに向けたものとポラリスクからアークティラアに向けたもののふたつの場所で全面的に開始された。


 かくして宣戦布告なしに戦争は始まり、60万の魔族たちが国境を越えてルオタニア領内に殺到する。


 まずは北部のアークティラ正面戦線の様子を見よう。


 アークティラ方面では陸軍だけではなく海軍も行動していた。


 魔王海軍北極艦隊の最大戦力であり、旗艦たる重巡洋艦アドミラル・ナヒーモヴァが率いる6隻の艦船はゆっくりとアークティラに接近していた。


 アークティラはルオタニア海軍の駆逐艦2隻と水雷艇数隻がいるだけの小さな軍港だ。

 そして、ここにはまだ魔王国と開戦したという知らせは届いていなかった。


 魔王海軍の接近に気づいたのは沖合で操業していた漁船で、冬の寒さの中でも働ていた彼らの前に突如として巨大な軍艦が接近してきたのに悲鳴を上げた。


 無線で彼らが港に警告を発した直後、彼らは魔王海軍の駆逐艦から警告射撃を受けて無線を中断させられて、さらに拿捕された。


「沈めずともよかったのですか?」


 アドミラル・ナヒーモヴァの艦橋で海軍の濃紺の軍服を纏い、海軍大佐の階級章を付けた女性がそう尋ねる。上半身は美しい女性だが、その下半身は──タコのような八本の太い触手で構築されていた。


「ああ。我々も一応は国際法とやらを守ったと示したい」


 アドミラル・ナヒーモヴァ艦長の言葉にそう応じるのは北極艦隊の司令官ヴェーラ・ドミトリエヴナ・ロスチナ海軍大将だ。


 彼女たちはスキュラと呼ばれる種族であり、水辺を生息圏にする魔族だった。

 内戦前から漁業に従事したり、海軍に奉仕することがほとんどで海のエキスパートとも呼べるものたちである。


「国際法、ですか。我が国はそのような人間の取り決めに参加していないのでは?」


「だからだ。我々はこれから人間のように戦い、人間の中で生きなければならないと魔王陛下も言っていただろう」


「そうでしたね。しかし、果たして人間の側は我々に対して法を守るのでしょうか?」


「さあな。それは分からない。やつらの良心に期待すべきことだろう」


 艦長とロスチナ大将はそのように言葉を交わしながらも、重巡洋艦の艦橋から海の様子を見つめた。


 北極艦隊は現在アークティラの海上封鎖と同軍港への艦砲射撃を命じられている。

 すでに地上ではアークティラに向けて魔王軍が進撃しており、事前に潜入した人狼のゲリラコマンド部隊が通信線を切断するなどとしてルオタニア軍の動きを撹乱していた。


 そのせいでアークティラが魔王軍に攻撃されていることに気づくのは酷く遅れた。

 2隻の駆逐艦の乗員たちは海軍司令部から魔王軍による攻撃の可能性が高いと言われて休暇を取り消し、いつでも出航できる状態を維持していたが、それでもいつ魔王軍が来るのか分からない。


「あれは……!」


「魔王軍だ! 魔王軍が攻めてきた!」


 ようやく彼らが魔王軍の艦隊に気づいたときには、すでにアドミラル・ナヒーモヴァの口径20.3センチ砲の射程に入ってしまっていた。


「主砲、撃ち方始め」


「主砲、撃ち方始め」


 ロスチナ大将の命令で艦隊は一斉に砲撃。


 まず彼らが狙ったのは停泊中の駆逐艦と水雷艇であり、これを優先的に撃破する。

 結果、ルオタニア海軍の駆逐艦も水雷艇も何もできないまま、砲弾を浴びて港に着底してしまった。


 そして実に残念なことにアークティラは仮にも軍港でありながら要塞砲の類が設置されていないのである。

 首都を守るためのリンドホルム・ラインですら未完成のままであるルオタニア軍に要塞砲を設置する経済的な余裕はなかったのだ。

 ルオタニア軍に反撃できる手段はなく、彼らは一方的な砲撃にさらされた。


「これでいいだろう。北極海にルオタニア海軍の戦力はもはや存在しない」


「ええ。任務完了です」


 魔王海軍北極艦隊は最初の任務を果たすと沿岸部を進軍する友軍支援のためにアークティラを去った。


 そのころ地上でも魔王軍の苛烈な攻撃が続いていた。


 鋼鉄の嵐のごとき攻勢準備射撃ののちに前進してきた魔王軍はすでにルオタニア軍が設置した前線を突破して、後方に回り込みつつあった。

 しかし、その進軍速度は決して早くはない。あくまで歩兵の歩みに合わせた進軍は昔ながらの浸透戦術に毛が生えた程度の速度でしかないのだ。


 このことにイライラしていたのは魔王軍北西方面軍隷下第14軍の司令官である人狼のレフ・セミョーノヴィチ・ソコロフスキー大将だった。


「遅い」


 彼は前線突破から後方への浸透は始まったという報告を受けていたが、いつまでもアークティラ陥落の知らせが届かないのに苛立っていた。


「こんなにのろのろしていたら敵に再編成の時間を与えることになるぞ」


「しかし、閣下。ザイツェフ上級大将から慎重に進めろと……」


 副官は恐る恐るそう言葉を発する。


「慎重が過ぎる。何のために我々は軍を自動車化(モータリゼーション)したと思っているのだ。それは素早く進むためだ。とにかく前に進むためだ!」


 司令部のテーブルに広げられた地図をドンと叩きソコロフスキー大将が叫ぶ。


「なのにどうして我が軍はのろのろと前進している? 何が追いついていないのだ?」


「万が一進みすぎて敵に後方連絡線などを遮断されますと大損害に繋がります」


 自動車化された歩兵と戦車で迅速に敵地奥深くに斬り込めば、敵に混乱を生じさせられるだろう。

 しかし、そうなった場合、長くさらされる側面や背後をどう守ればいいのか?


「気にすることはない。その敵の後方を我々は食いちぎっているのだ。そのまま食いちぎれば敵は我々を食い殺すより先に心臓を喰らわれて死ぬだろう」


 ソコロフスキー大将はそう請け負った。


「この戦いは我々魔王軍を人類国家対して強敵として知らしめるためのものだ。いつまでも損害を恐れて行動するような軟弱な作戦は許されない。全部隊を乗車させ、戦車とともにアークティラに突入させよ」


「……了解しました、閣下」


 ソコロフスキー大将の命令は隷下部隊に対して発令されたが、命令を受け取った将校たちは困惑していた。


 本当にこんな無茶な攻撃を仕掛けて大丈夫なのか、と。


 今の季節は冬真っ盛りであり、後方からの物資が途絶えれば将兵は凍え死ぬだろう。

 それにルオタニア陸軍はスキー部隊を編成し、ゲリラ的に魔王陸軍の後方連絡線を攻撃していると知らされていた。


 ルオタニア陸軍のスキー部隊は雪原を縦横無尽に動き回り、地の利を生かして魔王軍の兵站部隊を攻撃しては離脱し、魔王軍を苦しめている。


 しかし、ソコロフスキー大将は命令がいつまでも実行されていないのを把握すると、自ら前線に出てきて部下たちに命じた。


「明日だ」


 ソコロフスキー大将は言う。


「明日までにアークティラを制圧できなければ命令違反で諸君らを銃殺する!」


 そんな馬鹿な! 冗談ではない! と誰もが思ったがソコロフスキー大将は至って本気だった。

 彼は明日までにアークティラ制圧を目指すつもりだ。まだ戦争が開戦して2日しか経っていないというのに。


 こうしてケツに火が付いた第14軍の将兵はアークティラに向けて急ぐことになる。


……………………

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