古都陥落
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──古都陥落
レーベデフ少佐の指揮する戦車大隊はオストクローネに押し寄せている。
「前方に敵戦車!」
すぐさまアルトライヒ軍の陣地を見たレーベデフ少佐が報告。
前方にはダグインしたヤグアール中戦車が砲口をレーベデフ少佐たちにの方に向けつつあった。
「やつらより先に撃て!」
レーベデフ少佐が命じ、砲手が発砲。
これまでの戦いで練度が上がってきた魔王軍戦車兵は一発で目標に命中弾を出した。
しかし、ヤグアール中戦車は砲弾を弾いた。
「なんてこった! 85ミリが弾かれるだなんて!」
レーベデフ少佐が狼狽えたときに砲弾が飛んできた。
だが、これまでの戦闘で犠牲者を出し続け新兵ばかりになったアルトライヒ軍戦車兵は逆に練度が落ちており命中弾を出せない。
「戦車は立派だが乗り手はへぼだな。落ち着いて撃破していくぞ」
レーベデフ少佐は冷静にそう言い、砲手が再び狙いを定めて撃つ。
命中。今度は敵の装甲を貫き、これを撃破した。
「いいぞ、いいぞ。このまま壊滅に追い込め!」
射撃、射撃、射撃。
レーベデフ少佐の大隊は新型のヤグアール中戦車を撃破していく。
しかし、魔王軍側も無傷とは言えず、少なくない損害を出した。
最終的にオストクローネに配置されていたヤグアール中戦車14両を全滅させるのに、魔王軍はA-34-85を12両失ったのだった。
「クソ。酷い損害だ」
レーベデフ少佐は自分の大隊の損害報告を聞いてそう愚痴る。
だが、戦いは終わっていない。
ここでの戦いに敗れた兵士たちがオストクローネ市街地に逃げ込み、徹底抗戦の構えを見せているのだ。
戦いは民間人も残る市街地に移った。
* * * *
フォーゲル大尉は危機一髪で生き残った。
彼と彼の戦車のクルーは戦車を撃破されたものの無事に脱出して、今はオストクローネ市街に逃げ込んでいる。
「止まれ!」
フォーゲル大尉たちは難民が逃げる船に乗ってオストクローネから脱出し問うと試みたが、途中で野戦憲兵に止められた。
「脱走兵か?」
「違う。グロスアルトライヒ装甲師団のフォーゲル大尉だ。戦車が撃破されたから脱出したところだ」
「それで?」
「船でオストクローネから脱出する。戦車のない戦車兵は戦場にいても役に立たない」
疑わし気にフォーゲル大尉の方を見る野戦憲兵にフォーゲル大尉はそう言った。
「グロスアルトライヒ装甲師団には撤退の許可は出ていない。武器を持って、この場にとどまれ」
そういうと野戦憲兵はフォーゲル大尉たちに小銃を押し付けた。
マジかよとフォーゲル大尉は思う。
希少な戦車兵を歩兵として死なせるつもりかと。
「さあ、武器を取れ。それとも敵前逃亡で銃殺刑かだ」
野戦憲兵のその言葉にフォーゲル大尉に拒否権はなかった。
彼は渋々小銃を受け取り、現地の守備隊の指揮下に入る。
「そこの戦車兵のあの建物を守れ」
守備隊の指揮官は年寄りの少佐で、片腕がなかった。
こんな爺さんまで前線に引きずり出さないといけないとは、いよいよ祖国は終わりだぜとフォーゲル大尉は内心で思う。
それからフォーゲル大尉は言われた通り、オストクローネ市街地にあるパン屋の入った建物を防衛することに。
パン屋の中は当然ながら空っぽであり、何も残ってはいなかった。
フォーゲル大尉たちは窓から銃口を出し、魔王軍の接近に備える。
やがてぎゃてぎゃらという履帯の音が聞こえ、魔王軍の戦車が姿を見せた。
A-34-85中戦車だ。
「隠れろ、隠れろ」
フォーゲル大尉たちは窓から慌てて離れ、身を伏せる。
しかし、守備隊は無謀にも戦車に向かって発砲し、その位置を露呈した。
すぐさま戦車が榴弾を叩き込み、それが炸裂して守備隊の民兵たちがなぎ倒される。
「何をやっているんだ……! 馬鹿野郎ども!」
小銃で戦車に勝てるはずもない。
そのことを理解していない兵士たちが発砲しては戦車になぎ倒されていった。
それか魔王軍の歩兵が突撃してきたが、すでに壊滅状態の守備隊の中で応戦できる兵士たちは少なく、歩兵たちはアルトライヒ軍を飲み込んでいった。
「逃げるぞ。今度こそ船に乗るんだ」
フォーゲル大尉はそう言い、前線からの脱出を目指す。
彼らが次に港に向かうときはそれを邪魔する野戦憲兵はおらず、彼らは何とかオストクローネから脱出する船に乗り込むことができた。
* * * *
魔王軍は数日でオストクローネ市街地のほとんどを制圧した。
オストクローネの州議会議事堂には魔王軍の黒旗が掲げられ、魔王軍はこの勝利を宣伝してアルトライヒ軍に揺さぶりをかけた。
厭戦感情を高めてアルトライヒの戦争継続能力をそごうという企てだ。
「オストクローネが落ちた……。いよいよ本土の戦いか……」
ヴェーバー宰相は軍から報告を受けて暗い表情を浮かべた。
オストクローネは古都として歴史あるものだった。
その歴史はアルトライヒ帝国の建国より前からの長いものだ。
その古都が今や魔王軍に占領されている。
「クレッチマー元帥。我々はオストクローネ以西に領土は守り抜けるのか?」
「閣下。率直に申し上げて分かりません。魔王軍は日に日に勢いを増しております。対する我々は損耗を続けており、弱体化するばかりです」
ヴェーバー宰相がクレッチマー元帥に問うのに彼は首を横に振った。
「可能であるならば講和の準備をなされた方がいいでしょう。このままでは祖国は全土が蹂躙され、滅ぼされてしまいます」
「何ということだ」
クレッチマー元帥の不吉な予言にヴェーバー宰相は額を抑えて呻く。
「今は可能な限り時間を稼いでくれ。時間が稼げれば、何かしらのチャンスも生まれるはずだ。頼む、元帥」
「分かりました。可能な限り時間を稼ぎます」
こうしてアルトライヒ軍は絶望的な遅滞戦闘に従事することになる。
その一幕はすでにオストクローネから脱出したシュナイダー中将と彼の部下によって始まっていた。
「閣下。やはりグロスアルトライヒ装甲師団は壊滅したようです」
「クソ。無駄死にさせてしまった」
参謀からの報告にシュナイダー中将がこぶしを握り締めて憤る。
「今はひとりでも多くの訓練された将兵が必要だと言うのに。忌まわしい!」
グロスアルトライヒ装甲師団にはフォーゲル大尉を始め、優秀な戦車兵が揃っていた。だが、それらのほとんどはオストクローネとともに失われた。
「ともあれ、我々は時間を稼がねばならん。ベルクフェルト大佐、第601独立重戦車連隊の準備はできてるか?」
ここでシュナイダー中将はベルクフェルト大佐──フォーゲル大尉同様に指揮官不足の中で中佐から大佐に昇進した──に尋ねる。
「はい、閣下。準備はできております」
ベルクフェルト大佐は決意を秘めた表情で頷く。
彼の指揮する第601独立重戦車連隊は工場から出たばかりのヤグアール中戦車と新たに開発された重戦車であるレーヴェ重戦車を装備している。
レーヴェ重戦車は口径88ミリ砲を備え、分厚い装甲を備えている。
魔王軍のこれまでの主力であったA-34中戦車の76.2ミリ砲では絶対に抜けないということであったが、実戦を経験するのはこれが初めてだ。
「我々はこのオーディン川を防衛する。絶対に魔王軍を渡河させてはならない。ここを突破されれば首都ノイベルクまでは瞬く間だからな……」
アルトライヒ軍による首都防衛のための作戦はオーディン川防衛線から始まった。「
オーディン川は琥珀海に向けて流れる大きな川であり、ここを越えて西に進めばあっという間にノイベルクに到着する。
つまりこの川を抜かれれば、他の防衛のための障害がないノイベルク陥落は時間の問題となる。
「我々は何としてもこのオーディン川を守る。以上だ」
シュナイダー中将はそう言い、部下たちを見たのだった。
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