ヴァルシャ占領
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──ヴァルシャ占領
魔王軍は着実に汎人類条約機構を追い詰めていた。
ルオタニアとヴァラキアはすでに降伏し、残るはレヒスタン以西の人類国家だけだ。
「我々はレヒスタンへの全面攻撃を計画しております、陛下」
ジューコフ元帥が大本営の場でそう述べる。
「ついに準備は整ったのだな」
「はい。戦争が始まって2年となりますが、ついに我々は当初の戦略目標である敵首都ヴァルシャを奪取できそうです」
本来は最初の年に奪うはずだったレヒスタン共和国首都ヴァルシャ。
それがようやくこの年に奪えそうになっていた。
「ヴァルシャ攻略のための作戦を教えてくれ」
「はい、陛下。我々はすでに疲弊しているA軍集団とB軍集団を粉砕し、レヒスタンを一気に制圧することを目指します」
「シンプルな力押しか?」
「いいえ。当然ながら欺瞞作戦は実行します。我々はヴァラキア方面からのさらなる圧力を欺瞞して、南部に敵の注意を引きます。無線情報や偽装のための列車の運行、交通規制などを行い汎人類条約機構には南部こそ我々の攻撃が行われる方角であると思わせるのです」
魔王軍はこの手の偽装を得意としていた。
無線情報から偽の陣地に構築まで、これまでの戦いを通じて魔王軍は欺瞞の達人となっていた。
「分かった。では、任せるぞ、ジューコフ元帥」
「はい、陛下」
こうしてヴァルシャ攻略のための作戦が発動することとなった。
だが、ヴァヴェルは浮かない顔をして執務室で書類を眺めている。
「どうされたのですか、陛下?」
「ああ、エレーナ。私が戦後のことを考えるのはまだ早いと思うか?」
エレーナが心配になって問うのにヴァヴェルはそう返す。
「戦争はもう終わりそうなのですか?」
「そうだな。敵の主力はほぼ壊滅している。一番危険な時期はすでに過ぎた。あとはどれだけの犠牲を払って勝利を続けるかというだけだ」
「犠牲を払い続けて勝利を続ける……」
「そうだ。今の敵は間違いなく講和に応じるが、我々にはまだ勝利が必要だ。今はまだ講和しても人類国家は我々に再び牙をむくだろう。それも遠くないうちに。だから、人類国家を、特にアルトライヒを打ち負かさなけばならないのだ」
ヴァヴェルはエレーナにそう語る。
「これからの勝利は次の世代のための勝利だと言っていい。だが、それが魔族に犠牲を強いることも確かだ。私は……どうすべきなのだろうな……」
ヴァヴェルはそう言い、苦悶の表情を浮かべた。
「陛下。陛下はこれまで民を導いてこられました。間違いもあったかもしれませんが、私たちは滅んでいません。何より私は陛下のおそばにいられて幸せです」
「エレーナ……」
「だから、陛下の思われる通りにやれてください。それが一番だと思います。少なくとも私は陛下の決断を肯定させていただきます」
悩むヴァヴェルにエレーナはそう笑顔を浮かべていった。
「ありがとう、エレーナ。私は決めたよ」
ヴァヴェルは決意した。
魔王国が存続するために今のアルトライヒを滅ぼすことを。
* * * *
ヴァルシャ攻略作戦のための欺瞞作戦に、汎人類条約機構は見事に引っかかった。
彼らは南部から再び魔王軍が攻勢に出ると判断して、南部に兵力を集めてしまったのである。
しかし、魔王軍の攻勢は北部で開始された。
「全軍前進、全軍前進!」
数万門という猛烈な火砲による砲撃に続いて魔王軍の戦車が汎人類条約機構軍の陣地に押し寄せた。
これはレヒスタンの終焉を知らせる砲声となった。
当然ながらこのことはすぐに汎人類条約機構の東部戦域軍司令部に伝えられた。
「北部で魔王軍の攻勢だと……!」
ここで東部戦域軍司令官のシュタインバッハ上級大将は初めて自分たちが騙されていたことをしったのだ。
「クソ! 南部のそれは欺瞞情報だったか! すぐに南部から兵力を引き上げて北部に投じろ!」
シュタインバッハ上級大将はそう命じるが、兵力の戦略機動に用いられる鉄道は頻繁に魔王空軍の爆撃を受けており、鉄道での戦略機動は難しくなっていた。
一度南部に向けた兵力を北部に戻すのは容易ではなく、シュタインバッハ上級大将たちはついに司令部のあったヴァルシャを放棄して後方に司令部を移した。
彼らはヴァルシャを守り切れないと判断したのである。
このことにレヒスタンの独裁者となっていたカミンスキ議長はうろたえる。
「汎人類条約機構はレヒスタンを見捨てるのか!?」
陸軍参謀総長のコヴァルスキ上級大将は老人の醜い叫びに眉をゆがめる。
「もうこの戦争に勝ち目などないということは報告していたはずです」
コヴァルスキ上級大将はそう言う。
彼はB軍集団がミンシク攻略に失敗した時点でこの戦争は負け戦だと報告していた。
「講和の準備は進めていなかったのですか?」
「魔族が講和になど応じるはずがない」
ルオタニアとヴァラキアが講和したのをこいつは見ていなかったのかとコヴァルスキ上級大将は絶望的な気分になった。
「いいですか、閣下。我が国にあるのは全土を占領されて完全に滅ぼされるか、魔族と講和して少しでもいい条件で戦争から降りるかです。この戦争にはもはや勝ち目など存在しないのですから」
「だが、しかし……」
この老人は敗戦の責任を取らされることを恐れているのだとコヴァルスキ上級大将は見抜いた。
自分がクーデターで強引に政権を奪い、そのことが発端になったのも同然だ。
戦争指導も上手く行かず、こういう結果になれば軍隊ならば銃殺である。
「閣下。亡命の手配をされるといいでしょう。あとは我々がどうにかします」
「……分かった」
こうしてカミンスキ議長はアルトライヒに亡命。
コヴァルスキ上級大将たちは幽閉されていたレヴァンドフスキ首相たちを復権させて、魔王軍との講和を始めた。
魔王軍がヴァルシャに迫る中で、レヴァンドフスキ首相と閣僚は魔王軍と交渉したがヴァルシャの陥落の方が講和よりも早かった。
ヴァルシャは無防備都市を宣言し、魔王軍の戦車が入城する。
そのヴァルシャでレヴァンドフスキ首相たちは占領軍司令官となるワシレフスキー上級大将と講和の交渉を始めた。
「まずは全軍に降伏していただく」
ワシレフスキー上級大将はまずそう言った。
「それから汎人類条約機構の国内からの退去を宣言していただきたい。完全に戦争継続が意志がないと示していただかねば休戦することは不可能ですな」
まずは休戦しなければならない。講和はそのあとだ。
レヴァンドフスキ首相は講和を達成するために全軍に降伏を呼びかけ、汎人類条約機構にも国内からの退去を求めた。
これに反発したのがアルトライヒだ。
彼らはレヒスタン内に陣地を構築し、それによって本土の守りとしている。
今さらそれがレヒスタンから退去せよと言われて納得できるはずがない。
「アルトライヒは退去を拒否しています」
コヴァルスキ上級大将はレヴァンドフスキ首相にそう報告。
「……どうすればいいと思う? このままでは休戦は達成できず、さらに血が流れる。講和の条件もさらに厳しいものになるだろう」
「まずは汎人類条約機構側に加わっているレヒスタンの将兵を降伏させることでしょう。それからレヒスタン領内のアルトライヒ軍を……攻撃することで我々が休戦の条件を満たそうとしたという努力をしたことを示すべきかと」
「本気か、コヴァルスキ上級大将? それは……」
「ええ。あとになってレヒスタンとアルトライヒの関係に悪い影響を及ぼすでしょう」
それでもそうしなければ魔王軍は納得しないだろうとコヴァルスキ上級大将は言う。
「……分かった。では、アルトライヒを攻撃せよ。魔王軍にその旨を伝える」
「はい、閣下」
こうしてレヒスタン軍はアルトライヒ軍を攻撃した。
彼らの陣地を襲い、レヒスタン領内からの退去を求めた。
もっとも昨日まで戦友で会ったアルトライヒ軍をレヒスタン軍が本気で攻撃することなく、攻撃しているというアピールでしかなかったが。
しかし、それによって魔王軍は休戦の条件は満たされたとして休戦に応じた。
かくしてレヒスタンも戦争から脱落。
大陸で次に蹂躙されるのはアルトライヒだと定まったのだった。
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