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古い友人

……………………


 ──古い友人



 ヴァヴェルはジューコフ元帥に会う場所としてバビロンにある王城の執務室を選ばなかった。


 彼はジューコフ元帥を北の宮殿であるネヴァグラード宮殿に招待した。

 そのネヴァグラード宮殿はかつての王族たちと同様に、ヴァヴェルが主に私用で利用する宮殿であり、ある種の別荘のような場所であった。

 作りはバビロンの王城と比べればかなり質素だが、それでもヴァヴェルが快適に過ごせるように様々な工夫が取られている。


 そして、そんなネヴァグラード宮殿にジューコフ元帥を招いたのは、これはあくまで陸軍参謀総長であるジューコフ元帥ではなく、内戦をともに戦った盟友ジューコフとして彼に会いたいを言う意志を示したものだった。


「陛下」


 ジューコフ元帥もそれを理解したのだろう。

 彼は陸軍の公用車ではなく、副官が運転する自家用車で宮殿を訪れた。


「よく来てくれた、ジューコフ元帥」


 ヴァヴェルはエレーナとともに笑顔でジューコフ元帥を迎え、彼らは宮殿の中へと移動していく。


「お前には先に知らせておくべきだと思ってな。相談したいことでもある」


 彼らはかつての王族たちが家族でお茶を楽しんだ小ぢんまりとした部屋で席に着き、エレーナがお茶とお茶菓子を運んできた。

 今日のお茶菓子はクッキーとチョコレートだ。

 ただのクッキーやチョコレートではなく、砂糖がふんだんにまぶされたクッキーと果実をチョコレートで包んだものという贅沢な品だ。


「何事ですか?」


 ジューコフ元帥は何か不味い話なのかと思い、そのような甘いお菓子に手を伸ばさず、まずはヴァヴェルにそう尋ねる。


「汎人類条約機構が結成に向けて動き出している」


「それは……」


 ヴァヴェルが告げるのに老齢の人狼は眉間のしわを深くし険しい表情を浮かべた。


「ああ。一度は頓挫した構想だが、人類国家──特にアルトライヒ帝国は先の軍事パレードで我々を過剰に恐れるようになったらしい」


「条約が成立する可能性は?」


国家保安委員会(CSS)はかなり高いと見ている。ただ以前のような全人類が結束するというものではなく、あくまでアルトライヒ帝国を中心にレヒスタン共和国、ヴァラキア王国が加盟する程度だろうとも」


「それでも十分な脅威です」


 ヴァヴェルがチョコレートを手に取り、口に運ぶ。チョコレートに包まれていたイチゴはほんのりと甘く、ほどよい酸味を持っていた。


「陸軍としては早期に開戦すべきだと思うか?」


 ヴァヴェルはチョコレートを味わったのちにミルクを入れただけの紅茶でチョコレートのねっとりとした甘みを洗い流しそう尋ねる。


「陛下。私が考えますに開戦は慎重になるべきでしょう」


 ジューコフ元帥は慎重に話始めた。


「ですが、もし汎人類条約機構が結成の話が事実であるならば、我々と人類国家の敵対は確実なものとなります。そして、我々は再び祖国を戦場にすることを考えなければならなくなってしまう」


「忌まわしいことだ。この国の民はもう十分苦しんだ」


「ええ。私たちは戦った内戦の時代から、この国の国民はもう十分に苦しみました。彼らにもいい加減に安息があってしかるべきです」


 内戦をともに戦った戦友同士としてヴァヴェルとジューコフ元帥が言葉を交わす。


「この国の、この母なる大地が戦場になるかもしれない次の戦争。それを避けるためには我々には緩衝地帯が必要だと思うのです」


「ふむ」


 ヴァヴェルはジューコフ元帥に話を進めるように視線で促す。


「北西のルオタニア共和国、西のレヒスタン共和国、南西のヴァラキア王国。我々はこのような国境を接している国を干渉地帯として使えるようにすべきでしょう」


 幸いにいて、とジューコフ元帥は続ける。


「我々には彼らから土地を取り戻す大義名分があります」


 魔王国は内戦中に人類国家に領土をかすめ取られたのは以前にも語った。

 つまり、魔王国には歴史的に見た自分たちの領土であると主張できる領地が、他国に存在しているのである。


 ルオタニア共和国のサルミヤルヴィ地方。レヒスタン共和国のリヴィル地方。ヴァラキア王国のバサラティ地方。

 これらは内戦中のどさくさに奪われた土地である。


「汎人類条約機構が結成される前にこれらの土地を奪還し、本土との間における緩衝地帯にしてしまうのです」


 ジューコフ元帥の意見は異常でもなんでもなかった。彼は魔王国本土を戦場にしないために必要な意見そ述べただけであり、それにはヴァヴェルも同意できた。


「その場合の問題はどうやって人類が殴りかかってくる前に、それを事前に成し遂げるかかだな」


「ええ。方法はひとつしかありません。それは汎人類条約機構が成立する前に分捕る。。いや、取り戻す。それだけです」


 ジューコフ元帥はそう言った。


「汎人類条約機構が成立する前に既成事実を作るわけか」


「まさにです。それに、汎人類条約機構が我々を恐れて結成されるというのならば、よりやつらを怯えさせてやりましょう。そうすれば汎人類条約機構は結成されないかもしれないし、結成されたとしても安易に我が国に攻め入らないのではないでしょうか?」


 ジューコフ元帥の意見には彼らしからぬ楽観的な見通しがあった。

 その理由についてヴァヴェルには心当たりがある。


「それは陸軍内のガス抜きも兼ねているのだろう?」


 ヴァヴェルはやんわりとした口調でそう指摘した。


 ヴァヴェルにそう指摘されたジューコフ元帥はしばし逡巡したのちに、やがて首肯して口を開いた。


「ええ。その通りです、陛下。陸軍内に生じるであろう不満を解消する必要があります。戦争になれば前線に立つのは陸軍です。少しでも優位な状況を作り、自分や部下を死なせたくないと思うのは仕方のないことでしょう」


「そうだな。敵が団結して殴りかかってくるまで待てというのは残酷か……」


 政治的な失策で魔王国に対する包囲網が完成したときに、それを挽回するために血を流すのは軍人たちだ。

 決してヴァヴェルのような政治家ではない。


「元帥。率直な意見をありがとう。参考にさせてもらう」


「こちらこそ意見を述べさせていただいて感謝しています」


 内戦時代からヴァヴェルとともに戦った老人狼はそう言ってにこりと笑う。


「陸軍は今も陛下の最良のしもべです。国家保安委員会(CSS)がそうであるかは疑問ですが」


「そうか」


 リュドミラがジューコフ元帥を嫌っているように、ジューコフ元帥もリュドミラを嫌っている。

 もっともジューコフ元帥はリュドミラ個人というより国家保安委員会(CSS)という組織を嫌っている。

 国家保安委員会(CSS)は最近では陸軍にも手を伸ばし、軍を監視する政治将校を設置しようとしていることにジューコフ元帥は極めて大きな不快感を示していた。


 ヴァヴェルには陸軍も国家保安委員会(CSS)も必要だ。

 彼自身はそう考えたくはなかったが、国家保安委員会(CSS)と陸軍が対立していることはある意味ではヴァヴェルにとって都合がよかった。

 ナンバー・ツーとナンバー・スリーが結託すれば、トップであるヴァヴェルから権力を奪おうとクーデターになってしまうのだから。


「ここからはともに内戦を戦った戦友同士として話そう。エレーナ、お前もこっちでお菓子を食べるといい」


 後ろ暗いことを考えてしまった詫びではないが、ヴァヴェルはそう言ってエレーナを招きジューコフ元帥と3人で談笑に興じた。


「こうしていると内戦が終わったばかりのときを思い出しますな。あのときはこんなにいいお菓子はありませんでしたが」


「ええ。とても固いビスケットと甘くないチョコレートだけでしたね、元帥」


「あはは。それでもこうしてお茶をしたものだよ」


 ジューコフ元帥は懐かしそうにそう言いながらリラックスした様子でクッキーを摘み、エレーナも微笑みながら高級なチョコレートを口にする。


「私は内戦を戦って理解した。戦争とは悲惨で起きなければいいと。だが、同時に思うのだ。我々以外の、たとえば旧王家の勢力が勝っていたらどうなっていただろうかと。こうして我々がお茶を囲むことはあったのだろうかと」


 ヴァヴェルはまだ温かい紅茶を口にしながら呟くようにそう言った。


「正しい側が勝利しなければ、戦争よりも悲惨なことになるでしょうな。旧王家など堕落しきった連中でしたから」


「そうだな。そういう意味では我々は戦争を恐れすぎてはいけないのかもしれない。無論、決して戦争に頼りすぎてもいけないが」


 ジューコフ元帥の言葉にヴァヴェルはそう言って小さく頷く。


 古い友人、娘のような存在、そして自分。このような3名が一緒ににこやかにお茶をできるような世界こそ、ヴァヴェルが守りたい世界だった。


 これを守るためならば、ヴァヴェルは多少の流血は許容するだろう。


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