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B軍集団崩壊

……………………


 ──B軍集団崩壊



 魔王軍が発動した大規模な反転攻勢によって汎人類条約機構軍のB軍集団は危機的な状態に立たされている。


「つまり、B軍集団は崩壊間近であると……?」


 首都バビロンの大本営でヴァヴェルがジューコフ元帥に確認する。


「はい、陛下。先週から開始された我が軍の反転攻勢により、汎人類条約機構軍B軍集団は瓦解しつつあります」


 ジューコフ元帥はそう言って地図を指さす。


「ご存じの通りに敵はミンシク攻略に失敗し、その時点で補給切れが露呈していました。そこに我々が襲い掛かったのです。その効果は我々が当初思った以上に絶大であったということですね」


「縦深攻撃は成功しているというわけか」


「ええ。それも完璧にです」


 この縦深攻撃の立案にはヴァヴェルも携わっている。

 彼が機動戦に新しい視点を加え、大本営と参謀本部がそれを具体化した。

 そして、放たれた魔王軍はB軍集団を殲滅しつつあった。


「なるほど。これで汎人類条約機構軍も虫の息だな」


 汎人類条約機構軍は彼らが目標とするミンシク攻略のために有力な装甲師団などをB軍集団に集めていた。

 それが今や壊滅状態。B軍集団は集めた精鋭もろとも瓦解しつつある。


「敵の次の行動は何が予想される?」


「戦線を縮小して兵力を集中させることでしょう。今の広く分散した状態では耐えられないと判断するはずです」


 汎人類条約機構軍は深く進撃しすぎていた。

 魔王国の広い領土に展開したせいで兵力を集中させることは難しくなり、薄く伸ばしたピザの生地のように脆弱になってしまっていたのだ。

 これを解決するには彼らは撤退するしかない。


「ですが、このまま我が軍の追撃が進むならば、彼らをレヒスタン国境まで押し返せます。陛下、このまま追撃することを提案します」


 ジューコフ元帥はそうヴァヴェルに訴える。


「リスクは?」


「ないでしょう。B軍集団はもはや瓦解寸前。できることはありません」


「……分かった。追撃し、これを殲滅せよ」


 大本営はB軍集団殲滅を目指して、ブリューミン上級大将が指揮する中央方面軍に攻撃続行を指示。

 航空機・車両・鉄道とあらゆるものを使って燃料と弾薬を補給した魔王軍はすぐさま追撃を続けた。



 * * * *



 B軍集団は今まさに崩壊を始めていた。

 遅滞戦闘すらままならず、ほぼ全軍が敗走している。

 そんな中でクルト・シュタインマン少佐は友軍の撤退支援のためにできることをやろうとしていた。


「少佐殿。橋の爆破準備は間もなく完了です」


「分かった」


 彼が守っているのは友軍の撤退にどうしても必要な橋であり、魔王軍が自分たちを追撃するうえでも使用されるであろう橋であった。

 シュタインマン少佐の役割はふたつ。

 友軍の撤退完了まで橋を守ること。

 そして、魔王軍が到達する前に橋を爆破をすること。

 このふたつだ。


 その任務のために彼に与えられた戦力は僅かなもので1個歩兵中隊と橋の爆破を担当する戦闘工兵や迫撃砲を装備した砲兵が僅かに。

 歩兵中隊も一応中隊という形にはなっているが、敗残兵の寄せ集めのものであり戦闘力に関しては怪しいところがあった。

 シュタインマン少佐は橋の周囲に陣地を築き、今も対岸にいる友軍が撤退するまで橋を守ろうとしていた。


「前方に友軍!」


 撤退してくる友軍部隊が見える。

 彼らは戦車や火砲といった重装備のほとんどを喪失しているばかりか、小銃すら持っていない兵士までいた。

 それほどまでに激しい撤退戦だったのだ。


 長い列を作り、とぼとぼと歩きながら橋を渡るそんな敗残兵を見て、シュタインマン少佐は僅かな恐怖を覚えていた。

 この戦争は自分たちの負けとして終わるんじゃないかと。


「そこの将校!」


 シュタインマン少佐は撤退する兵士たちの中に戦車兵の黒い戦闘服を身に着けて、少尉の階級章を付けた人間を見つけた。


「へい。なんでしょう、少佐殿?」


「名前は?」


「ハインリヒ・フォーゲル少尉であります」


「貴様、撤退するときに魔王軍がどこまで迫っているが見たか?」


 シュタインマン少佐はフォーゲル少尉にそう尋ねる。


「いいえ。ですが、他の連中がいうところには我々の5、6キロ後ろにはすでに魔王軍の戦車が見えていたとか……」


「そうか。情報に感謝する。行っていいぞ」


「はい、少佐殿」


 フォーゲル少尉はそう情報提供するとまた敗残兵たちと一緒に撤退していく。


「5、6キロ後ろか……」


 魔王軍の進軍速度ならば1時間がそこらでここに到達するだろう。

 魔王軍に橋を渡すわけにはいかないが、友軍も橋を必要としている。

 司令部からは魔王軍が到達すれば橋を爆破しろと言われていたが、シュタインマン少佐は悩んでいた。


「少佐殿。いつでも爆破できます」


「待て。まだ爆破はしない」


 シュタインマン少佐は部下の言葉にそう言い、じっと橋に続く道を見つめる。

 その道から来るのは魔王軍か、それとも撤退してくる友軍か……。


「友軍だ!」


 慌てた様子の友軍が走って撤退してくるのがシュタインマン少佐たちの目に映った。

 しかし、同時にその後ろには魔王軍のA-34中戦車が見える。

 友軍は魔王軍とともに橋にやってきたのだ。


「ど、どうしましか、少佐殿!? 命令は魔王軍が到達する前に橋を爆破しろとのことですが……」


「友軍を見捨てられるか! 友軍が撤退するまで橋を守れ!」


 シュタインマン少佐はそう命じ、彼は部下とともに橋を守るために魔王軍の戦車に対する攻撃を開始した。

 シュタインマン少佐の下には対戦車砲はなかったが、対戦車ライフルと梱包爆薬、そして魔王軍から鹵獲した対戦車擲弾発射機があった。

 彼らはそれを使って魔王軍を攻撃しようとする。


「急げ! 急いで撤退しろ!」


 だが、まずは魔王軍に追われている友軍を逃がさなければならない。

 A-34中戦車に追われている友軍は必死に走り、何とか魔王軍より早く橋に到達しそうだった。


「対戦車戦闘開始!」


 シュタインマン少佐が命じ、対戦車ライフルがまずは火を噴く。

 魔王軍の戦車の脆弱な部位である履帯や運転手用の視界スリットを狙って銃撃。履帯の外れた敵戦車が走行不能になる。

 しかし、後方から新手の戦車が現れて対戦車ライフルを構えた歩兵のいる陣地に向けて榴弾を叩き込んだ。


「クソ! 全員撤退しろ! あとは俺が時間を稼ぐ!」


「そんな!? 無茶です、少佐殿!」


「これは命令だ! 行け!」


 シュタインマン少佐の剣幕に気圧された兵士たちは橋を渡って撤退していく。

 シュタインマン少佐は対戦車擲弾発射機と梱包爆薬を抱えて塹壕の中から敵戦車を睨んでいた。

 敵戦車はそれに気づかず、着実にシュタインマン少佐の下に近づく。


「喰らえ!」


 十分な距離まで引き付けた時点でシュタインマン少佐はまずは対戦車擲弾発射機をお見舞いした。

 成形炸薬弾が戦車の装甲を貫き、中の乗員を焼き殺す。

 それから彼は時限信管を突き刺した梱包爆薬を持って敵戦車に突撃し、それを放り投げた。

 炸裂。

 敵戦車の主砲がへし折れ、戦車は戦闘不能になった。


「やったぞ……!」


 魔王軍の戦車はそれで途切れ、戦場には一時的に静寂が訪れた。

 しかし、すぐに次のエンジン音が聞こえてくる。

 それは魔王軍の戦車と装甲兵員輸送車のエンジン音だ。


「少佐殿! 撤退を! 橋を爆破します!」


 部下たちが必死にシュタインマン少佐を呼ぶ。


「ああ! 分かった! 撤退する!」


 シュタインマン少佐も武器を捨てて全力で走って橋を渡ろうとした。

 しかし、そこで後方から装甲兵員輸送車が機関銃の射撃を浴びせた。

 シュタインマン少佐は胸と腹部を撃ち抜かれて地面に倒れる。


「少佐殿、少佐殿!」


 シュタインマン少佐はもう部下の呼びかけにも答えず、後方から魔王軍の戦車と装甲兵員輸送車が迫る。


「……シュタインマン少佐は戦死。私が指揮を引き継ぐ」


 そこでこの場の最高位の将校である中尉が言い、彼は橋の爆破を命じた。

 シュタインマン少佐が守り抜いた橋は爆破され、魔王軍は進撃路をひとつ失ったのだった。



 * * * *



 B軍集団の負った損害は酷いものだった。

 兵員の7割が負傷するか、戦死または捕虜となり、重装備は8割が喪失した。

 ただ彼らは全滅はしなかった。

 魔王軍の追撃が不意に止まったのだ。


「どうして魔王軍が止まっている?」


 B軍集団司令官のマイヤー上級大将は憔悴した様子ながらそう尋ねる。


「分かりません。理由は不明です」


 参謀たちにも理解できない状況だった。


 だが、その答えは汎人類条約機構軍と同様だった。

 補給切れだ。

 泥濘は何も汎人類条約機構軍の足だけを取ったわけではない。

 それは等しく魔王軍の補給路も妨害した。

 そして鉄道は汎人類条約機構軍が撤退する前に可能な限り橋を爆破したことで有力な補給手段ではなくなり、航空機も流石に限界だった。

 これ以上進軍することで完全な補給切れになる前に魔王軍は停止したのである。


 戦場には不意に静けさが現れたが、それは短い静寂に過ぎなかった。

 魔王軍はさらなる反転攻勢を画策している。


……………………

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