冬季攻勢
……………………
──冬季攻勢
敵は弱っている。それも酷く。
汎人類条約機構軍の無線通信を傍受している陸軍参謀本部情報総局はそう結論した。
「敵はまともな防寒具もなく、この戦争に挑んだようです」
陸軍参謀本部情報総局局長のスミルノフ少将はジューコフ元帥から大本営に呼ばれ、そう戦況をヴァヴェルたちに報告した。
「ふむ。彼らは戦争が数か月で終わると思っていたようだな」
「はい。まさに敵は短期決戦を求めていたようです。ですが、その予定が狂い、防寒具だけではなく他の補給も滞りつつあります」
「他の補給もか?」
「燃料や弾薬、食料まで寒波の影響で補給への負荷が増大し、そのことによって汎人類条約機構軍はかなりの補給切れを呈しているのが確認されています」
急遽防寒具や暖房用燃料などの物資を運ばなければいけなくなり、さらには寒波によって馬がまともに動かなくなったことで汎人類条約機構軍の兵站は極めて危機的な状態に陥っていた。
食料や防寒具が優先され、弾薬が後回しにされた結果、いくつかの汎人類条約機構軍の部隊は戦闘力を失っている。
「ありがとう、スミルノフ少将」
「はっ!」
ヴァヴェルが報告に対して感謝を示し、スミルノフ少将が着席する。
「さて、では問おう。我々は今こそ攻撃すべきなのかを」
敵は兵站に問題を抱えて弱っている。
ならば、今こそ魔王軍は全面的な反転攻勢に出るべきなのではという意見も大本営内には存在した。
だが、魔王軍にとっても冬は全く障害にならないわけではない。
人狼こそ冬に強いものの、軍の主力をなすゴブリンやオークは人間と同じくらい寒さに脆弱である。
それゆえに大本営ではリスクを冒して攻撃に出るのか否かの議論が行われていた。
「春が訪れれば汎人類条約機構軍の兵站への負荷は軽減するでしょう。我々が付け入る隙も減ります。しかし、冬季の寒波は我々にも辛いものです」
ジューコフ元帥はそう言う。
「よって、ここは限定的な反転攻勢にとどめてはどうでしょうか?」
ジューコフ元帥が提案するのは限定的な規模の反転攻勢だ。
全軍で反撃に出るのではなく、一部方面軍の部隊が反撃に出る。
それならば失敗した場合のリスクも抑えられるとジューコフ元帥は踏んだのだ。
「限定的な反転攻勢とすると狙うのはどこだ?」
「南部の港湾都市オデリスでしょう。我々はここを失っており、今は汎人類条約機構軍の兵站を支える港となっています。ここを奪取できれば、最小限の攻撃で大きな効果が見込めると参謀本部では考えております」
オデリスは南のノクス海に面する大きな港湾都市であり、今は汎人類条約機構軍の占領下にある。
その占領下のオデリスはヴァラキアの港から補給物資を受け取る兵站の上で重要な場所となっていた。
「よろしい。では、オデリスを返してもらおう。しかし、もし作戦の実行に問題があると分かったら中止して構わない」
「はい、陛下」
ヴァヴェルもこの寒波の中で軍隊を動かすことには不安を感じていた。
だが、それでも春になるまでに何かしらの成果が得たいという思いもあり、そのために大本営は冬季攻勢を決定したのだった。
* * * *
オデリス奪還を目指すのは南部方面軍であり、キーヴァの戦いに勝利したトカチェフ上級大将だ。
「今回の作戦は海軍の支援が受けられると聞いているが」
トカチェフ上級大将は海軍から派遣されている連絡将校の尋ねる。
「はい。南方艦隊のクルガノヴァ提督から海軍の出撃準備はできていると連絡を受けております」
スキュラの海軍将校はそう応じた。
「そうか。であるならば、艦砲射撃で支援をしてもらおう」
そこでトカチェフ上級大将はオデリス周辺にいる汎人類条約機構軍への艦砲射撃を海軍に求めた。
南方艦隊には38センチ主砲を備えた戦艦アドミラル・キーロヴァを旗艦として有力な水上艦隊が存在している。
その水上艦隊の艦砲射撃はこの寒波の中で動けない汎人類条約機構軍に対して強力に作用することだろう。
トカチェフ上級大将のこの考えの下で魔王海軍南方艦隊は出撃した。
戦艦アドミラル・キーロヴァ、アドミラル・ゴルシコヴァの2隻の戦艦と重巡洋艦2隻、軽巡洋艦3隻、駆逐艦12隻で編成される艦隊は出番を待っていたとばかりに全力で出撃した。
さて、魔王海軍の水上艦はブリタニアからの技術窃盗によって作られていることは以前にも記した通りだ。
だが、ブリタニア海軍のものと全く同じかといえばそうでもない。
いくつか異なる点がある。
まず対空火器の増設。
魔王海軍はブリタニア海軍よりも対空戦闘を重要視していた。
そのため戦艦から駆逐艦まで口径40ミリの対空機関砲がハリネズミのようあちこちに設けられている。
それから駆逐艦の主砲も高射砲としても利用できる両用砲となっており、ブリタニア海軍より強力な対空戦闘が可能であった。
次にレーダーだ。
魔王海軍は潜水艦にもレーダーを積んでいたように、レーダーの運用に積極的だ。
対空火器と同様に余裕があればレーダーを必ず船に積んでいる。
レーダーは対水上・対空索敵のほか、射撃管制レーダーとしても利用される。
そのような魔王海軍の水上艦隊は空軍のエアカバーの下でオデリスに向かっていた。
「静かなものですな」
戦艦アドミラル・キーロヴァの艦長が艦隊司令官のクルガノヴァ提督にそういう。
「ああ。アナトリア共和国は結局、汎人類条約機構軍にヘリオス水道の通行許可を出さらなかったらしい」
ノクス海には地中海に繋がるヘリオス水道という海峡がある。
それは南の国家アナトリア共和国が管理しているもので、基本的に軍艦の通行は許可されていなかった。
汎人類条約機構はアナトリア共和国にヘリオス水道の通行許可を求めていたが、今のところ彼らがそれを許可したという話は聞かない。
「それでは我々の敵はヴァラキア海軍だけですね」
「そうなる。だが、油断はするな」
ヴァラキア海軍は本当に小さな海軍であった。
旧式の巡洋艦2隻と駆逐艦数隻、魚雷艇数隻の海軍で潜水艦は保有していない。
この艦隊の規模の小ささはヴァラキアが有する造船所の規模が小さく、これ以上のサイズの艦隊を整備できないという理由からだ。
だが、航空戦力に関してはアルトライヒやルミエールなどからの支援を受けて拡充されつつあると聞く。
今回の任務で危険なのは小規模すぎる水上艦隊より、その航空戦力の方だった。
母港であるセヴァストラから出撃した南方艦隊は沿岸を進み、オデリスに向かう。
空軍の戦闘機が常に直掩に付き、南方艦隊は着実にオデリスに近づいた。
南方艦隊のレーダーが友軍機ではない航空機をレーダーに捉えたのは、出撃から3時間後のことであった。
「不明目標、2機が本艦隊に接近中です」
「2機か。哨戒機の可能性があるな。空軍に対処を要請しろ」
「了解」
クルガノヴァ提督の読み通り、2機の航空機は哨戒機であった。
アルトライヒの旧式水上機であり、ヴァラキア海軍に供与されたNs95水上機が2機編隊で洋上哨戒を行っていたのだ。
この2機のNs95水上機に魔王空軍のChE-3戦闘機が襲い掛かった。
大きなフロートを装備し、水上機として鈍足なNs95水上機ではChE-3戦闘機に攻撃には耐えられるはずもなく、彼らは撃墜された。
しかし、撃墜される際に彼らは南方艦隊を視認し、そのことを何とか司令部に打電していたのであった。
これによって汎人類条約機構軍は魔王海軍の有力な艦隊がオデリスに接近していることに気づいたのだ。
* * * *
「恐らくオデリスが狙われている」
ヴァラキア海軍のミハイ・スタネスク大将は哨戒機が送ってきた情報を元に汎人類条約機構軍の将校たちにそう告げる。
「魔王海軍の戦艦2隻を含む艦隊が出撃していることは間違いなく、哨戒機が連絡を絶った位置からして狙いはオデリス以外には見当たらない。最悪の場合は、我が国の沿岸部を砲撃する可能性もあるが……」
スタネスク大将は戦況をそう分析した。
汎人類条約機構軍にとって一番リスクが大きいのはやはりオデリス砲撃であり、ヴァラキアにとってリスクとなるのは本土砲撃である。
特にヴァラキアにとっては同国最大の港湾都市トミスポリスを砲撃されるのが一番の危険であった。
そこはようやくヴァラキアが築き上げた産業化の第一歩なのだ。
「オデリスが砲撃されるのは不味いです。汎人類条約機構軍の兵站計画は現在危機的であり、そこでオデリスの港を失うようなことがあれば完全に破綻します」
「分かっている。目標がどこであれ確実に防がなければ」
汎人類条約機構軍の連絡将校が言うのにスタネスク大将は地図をじっと見下ろす。
阻止すると言ってもヴァラキア海軍に魔王海軍南方艦隊を停止させる方法などない。
ヴァラキア海軍にあるのは旧式の何とか動きだけの巡洋艦が2隻と稼働率の低い駆逐艦や魚雷艇といった小型艦があるだけだ。
それでどうやって戦艦を止められる? 無理に決まっている。
「航空攻撃しか方法はないな……」
そんなヴァラキア海軍が魔王海軍に一矢報いられるとすれば、それは航空機による攻撃以外になかった。
……………………




