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冬来る

……………………


 ──冬来る



 ようやくシュナイダー少将の下に新型戦車が届いた。


「これがレオパルト中戦車です、閣下」


 それはルクス中戦車よりやや大型な程度だが、その主砲はかなり大きなものが備わったものであった。


「ふん。主砲は口径75ミリと聞いているが」


「ええ。43口径75ミリ砲です。鹵獲した魔王軍の戦車でテストしましたが、十分に敵戦車に対抗できる威力だそうです」


「それは何よりだ」


 シュナイダー少将は戦車開発にかかわった技術将校にそう言いながらも、顔は実に不満そうであった。


「では、聞くがこの戦車の設計図が書かれたのは、我々がA-34中戦車に遭遇してからか? それともそのあとか?」


「……遭遇する前です、閣下」


「やはりか」


 レオパルト中戦車にはアルトライヒがA-34中戦車を鹵獲して得られた教訓があまり盛り込まれていない。

 傾斜装甲や沼地や雪原で効果を発揮する幅広い履帯など、A-34中戦車にあった利点があまり見られない。

 シュナイダー少将としてまずはA-34中戦車がそっくりそのままコピーできると文句もなかったのだが、あいにくなことにアルトライヒの技術ではエンジンの完全なコピーは不可能だった。


「もうすでにレオパルト中戦車は製造がスタートしています。A-34中戦車から得られた要素を盛り込んだ戦車設計も始まっていますが、今はまだ……」


「分かった、分かった。あるもので戦うのが軍人だ」


 シュナイダー少将は技術将校が申し訳なさそうに語るのにそう言って頷いた。


「この戦車は月産何台で製造されている?」


「今は80両ですが、いずれはもっと作業を効率化して増産します」


「結構だ。我々には我々の制約とドクトリンがあり、魔王軍とを完全に真似るわけにはいかない」


 魔王国の重工業力はひたすらに強大だ。

 彼らはすでにA-34中戦車を月産600両のペースで送り出している。

 さらに人口においてもアルトライヒは魔王国に劣っている。

 このまま馬鹿正直に正面から戦い続ければ、先に息切れするのは汎人類条約機構軍の側で間違いないだろう。


 ゆえに魔王軍と全く同じ戦車を作ってもこの戦争で勝利するのは難しい。


「敵よりも優れた戦車でキルレシオを我々の側に有利にしなければ……」


 シュナイダー少将はそう願望を口にする。

 だが、レオパルト中戦車では魔王軍に対抗できても圧倒するまでには至らないことは戦う前から分かってしまっていた。



 * * * *



 ブリタニアにとってショックだったのは、陸上兵器の面であったアルトライヒとは違って航空兵器の面である。

 ケストレルMk.II戦闘機はルオタニア戦争でも優れた戦闘機であることを証明しており、これからも魔王軍に対抗できると思われていた。

 だが、琥珀海海戦においてケストレルMk.II戦闘機は魔王軍のChE-3戦闘機に対して大敗を喫した。


 これには空軍も海軍も動揺した。

 近代戦において航空優勢の有無は戦局を左右する。

 その航空優勢の確保を担う戦闘機の性能で、ブリタニアは魔王国に後れを取ったのは明白だった。


 すぐに魔王軍と対抗できる戦闘機が必要であった。


「ケストレルMk.IIのエンジンを改良したものです」


「ふむ」


 空軍の将校たちの見守る中、飛行しているのはケストレルMk.III戦闘機だ。

 旋回性能に優れる機体はそのままにエンジンと武装のみを入れ替えたもので、小規模な改良型となっている。

 エンジンは1470馬力のそれで、武装は口径7.7ミリの機関銃が口径12.7ミリのものとなって火力が増していた。


「これで我々は一応魔王軍に対抗できるというわけか?」


 空軍参謀総長のジェームズ・ホイットフィールド大将はそう技術将校に尋ねる。


「ええ。従来のケストレルMk.IIでも戦い方を間違えなければ十分に魔王軍の戦闘機に対抗できたのですが、今回の改良でそれが確実になったはずです」


「琥珀海で戦ったパイロットたちは戦い方が悪かったと?」


「格闘戦に持ち込めれば魔王軍の旋回性能が悪い戦闘機では、まずケストレルMk.IIには勝てませんから」


「ふむ」


 しかしながら、報告によれば魔王空軍は徹底して格闘戦を回避している。

 その徹底ぶりは『魔族は乗り物酔いするから激しい機動ができない』などというジョークが生まれるほどだった。

 このようなジョークが生まれるほど魔王空軍の格闘戦拒絶は広く知られ、それだけ徹底されているということである。


「戦い方も工夫するとしても、まずはパイロットたちの乗る機体の性能を上げてやりたい。そのためにもこの機体が空軍には必要だ」


「はい、閣下。すでに生産ラインが稼働し始めております。今は月産100機というところです」


「よろしい。1日でも早く前線にこの新型機が行きわたるようにしなければ」


 ホイットフィールド大将はそう言い、戦闘機が素早く新型機に更新されることを望んだのだった。



 * * * *



 汎人類条約機構軍は結局のところ、彼らが定めた戦略目標であるリガン、ミンシク、キーヴァのいずれも奪取することはできなかった。

 魔王軍も本土から完全に汎人類条約機構軍を駆逐することはできず、戦線は一時膠着状態に陥った。

 この状況において汎人類条約機構軍東部戦域軍司令官のシュタインバッハ上級大将は再編成後に再攻撃を仕掛けることを考えていた。

 しかし、彼の考えた再攻撃は行えなくなった。

 魔王国に厳しい冬が、つまりは冬将軍が来たのだ。


「この寒さでは何もできないな……」


 シュタインバッハ上級大将は司令部の外に出て寒さに身を震わせながら呟く。

 気温は-20度。防寒装備がなければ凍死確実だ。


「我々の防寒装備ではこの寒波には耐えられません」


「そうだろう。我々はここまで戦争が長引くとは思っていなかった……」


 参謀が言うのにシュタインバッハ上級大将が忌々しげに言う。


 魔王国本国への攻撃は数か月で完了するはずだった。

 すでに大損害を出した魔王軍を追撃し、リガン、ミンシク、キーヴァを確保することで魔王軍に降伏を強いる。

 それが汎人類条約機構が考えていた戦争の終わらせ方であった。


 だが、魔王軍はその重工業力で失った重装備を補充し、降伏を拒絶してる。

 それによって戦争は長引き、汎人類条約機構軍は備えていなかった冬季戦に臨むことになってしまった。


 この極寒の影響は兵士たちを消耗させた。

 簡易な防寒装備しかなく、兵士たちの間では風邪やインフルエンザが流行し、それによって部隊の戦闘力は低下している。

 凍傷も酷く、手足を切断することになった将兵が出てしまっていた。

 また酷い場合には当然ながら凍死することもあり、兵士たちの損耗は無視できなくなっている。


 戦車や戦闘機も機械油が凍り、そのせいで稼働率が下がっていた。

 凍てつく寒さは人も物も区別することなく、凍てつかせているのだ。


 それに加えて兵士たちの食事にも影響は出始めていた。

 寒さのせいで未だ汎人類条約機構において後方兵站を支えている馬車の稼働率が下がり、なけなしのトラックも凍り付いた道路で事故を頻発。

 そのことで補給が滞り始め、前線の兵士に支給する糧食が減り始めた。


 そんな中で汎人類条約機構軍にできるのは塹壕に籠って震えるだけだったが、魔王軍にはいくつかの選択があった。


『アルトライヒの将兵たちよ。魔王軍では捕虜にも温かい食事が出されている。この寒さを凌げる温かいシチューに柔らかな白いパンだ。魔王軍では君たちが食すような冷たく、少ない食事は出されていない』


 このような放送がスピーカーから汎人類条約機構軍の陣地に向けて流されている。

 これは魔王軍のプロパガンダ放送だ。

 これまでの戦いで捕虜になった汎人類条約機構軍の将兵が魔王軍に協力し、このプロパガンダ放送を行っていた。

 ラジオからもこの手の放送は流れ、汎人類条約機構軍の士気に影響を与えていた。

 この寒さと飢えから逃れるために魔王軍に投降する兵士はひとりやふたりではなかったのだ。


 それに加えて魔王軍にはこの寒波の中でも動けるものたちがいた。

 それは人狼だ。

 彼らは猛吹雪の中であろうと目的地にたどり着き、行動することはできる。

 魔王軍はそれを利用し、冬季の間に人狼による破壊工作を展開した。

 視界の全く通らない吹雪の中を臭いと音だけを頼りに索敵し、人狼の特殊部隊は汎人類条約機構軍の後方に回り込んだ。

 そこで武器弾薬や燃料、食料に対する破壊工作を行い、は汎人類条約機構軍のただでさえ滞っており補給に打撃を与えた。


 汎人類条約機構軍はこの破壊工作のために補給計画が大きく狂い、前線で凍死や病死する兵士は激増していった。


「汎人類条約機構軍最高司令部に連絡を」


 シュタインバッハ上級大将は次のように最高司令部に伝えている。


『前線に今必要なのは戦車や戦闘機でありません。温かい防寒具と食料が必要なのです。今は一台でも多くのトラックにそれらを乗せて前線に送ってください。そうしなければ兵士たちは戦わずして、敵の大地にて倒れるでしょう』


 そう、今必要なのは正面装備ではなく、防寒具や食料といった補給品であった。

 魔王軍がそれらを潤沢に有するのに、補給の途絶えがちな汎人類条約機構軍ではそれが満たされずに戦闘力は減少していく。


 この寒波は残り2か月は続くことになる。

 兵士たちにとってはあまりに長い2か月だ……。


……………………

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