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全面侵攻

……………………


 ──全面侵攻



『司令部より全部隊へ。ロート作戦発動、ロート作戦発動。我らに勝利を!』


 汎人類条約機構司令部から全部隊に作戦開始の命令が下る。


「前進、前進!」


 魔王軍のそれよりは短い攻勢準備射撃ののちに戦車を戦闘にした機械化部隊が突撃していく。

 汎人類条約機構は未だにルクス中戦車などの時代遅れの戦車で武装していたが、先の大敗で大きく戦車を失った魔王軍にとっては脅威であった。


「このままリガンへ!」


 戦車を失った魔王軍を前にして汎人類条約機構軍は破竹の勢いで前進するかのように思われた。

 しかし、魔王軍もそう簡単に祖国の地を明け渡すつもりはなかった。


 汎人類条約機構東部戦域軍隷下にあるアルトライヒ陸軍第2装甲師団はリガンに向けて前進中だったが、それを妨げるものが現れた。

 突然縦列陣で前進中だった戦車隊の先頭車列が爆発し、2両目以降に混乱が生じる。


「何事だ!?」


 すぐさまアルトライヒの戦車兵たちが周囲を見渡す。

 しかし、その間にさらにもう1両の戦車が撃破されてしまった。


「あそこだ!」


 そして戦車兵たちは自分たちを襲った存在を見つけた。


 それはA-26軽戦車の砲塔を外し、口径76.2ミリ対戦車砲を装備するオープントップな戦闘室を設けた対戦車自走砲だ。

 SI-76自走砲は大量生産されものの旧式化したA-26軽戦車の車体を有効活用するためにヴァヴェルが生み出したものである。


 SI-76自走砲は射撃後、すぐに移動して敵に狙われるのを避ける。

 何せ一応正面に装甲は有するものの、小銃弾を防ぐのがせいぜいのものだ。

 敵の戦車砲が直撃すれば全員あの世行きである。


「よし! 撤退だ、急げ!」


 敵戦車部隊に打撃を与えたSI-76自走砲はすぐさま撤退。

 第2装甲師団のルクス中戦車が縦列で移動していた道路には、今や炎上する戦車と逃げそこなって死んだ戦車兵の死体が残る。


 このように魔王軍は使えるリソースは全て使って、汎人類条約機構軍の侵攻を遅らせようとしていたのだった。


 しかしながら、それでできるのは敵の本土侵攻に対する遅滞戦闘であり、時間を稼ぐことだけだ。

 敵の侵攻計画が頓挫するほどの打撃を与えるには、攻撃に出る必要だ。

 戦争の鉄則は主導権は攻撃によって得られるというものであるからにして。

 防衛しているだけでは相手に決定打を与えられない。


 しかし、今の魔王軍に攻勢に出るような余裕はなかった。



 * * * *



「敵は北部の港湾都市リガン、中部の物流の中枢ミンシク、南部の穀倉地帯を統べるキーヴァに向けて攻撃を集中しています」


 バビロンの大本営でジューコフ元帥が戦況を説明していた。


「我が軍は敵の侵攻を可能な限り遅滞しております。敵の侵攻目標が分かったため、中央方面軍は新たに北部方面軍、中部方面軍、そして南部方面軍に再編成されました」


 中央方面軍に全てを委ねるのはオーバーワークになり危険と判断され、中央方面軍は新たに3つの方面軍に分割された。


「リガン方面は北部方面軍、ミンシク方面は中央方面軍、キーヴァ方面は南部方面軍がそれぞれ対応しております。仮に敵がリガン、ミンシク、キーヴァに達しても我々は可能な限りこの3つの都市で防衛戦を行います。これらの都市を敵の手に渡すのは軍事的に、そして政治的に大きな打撃になりますので」


「政治的な打撃か……」


 ヴァヴェルたちは今もこの戦争に乗じて国内で反乱が起きることを恐れていた。

 軍の敗北によってヴァヴェルが求心力を失い、そのことによって国内で不穏分子が武装蜂起することを恐れていたのだ。

 だから、陥落すれば政治的にも大きな失点になる大都市の防衛が求められていた。


「元帥。政治的な問題は今は置いておこう。軍事的な問題として守り切れるのか?」


 ヴァヴェルはそのようにジューコフ元帥に尋ねる。


「ミンシクとキーヴァは半年は持たせることができます。ですが、リガンは敵海軍の動きによっては早期に陥落する恐れがあります」


「敵海軍か……」


「ええ。アルトライヒ海軍に加えてブリタニア海軍まで加わっている汎人類条約機構の海軍部隊に我が海軍がどこまで抵抗できるのかです」


 リガンは港湾都市だ。

 当然ながら海に面しており、敵の海上部隊のよる艦砲射撃にさらされる可能性がある都市である。

 リガンには要塞砲も設置されているが、戦艦から取り外された口径30.5センチの旧式火砲がどの程度敵海軍に抵抗できるか。


 もし、リガンが敵海軍の艦砲射撃にさらされ、そこに地上軍が進行してくるならばリガンはそう長くは持たない。


「フェドロヴァ上級大将。敵海軍をどれほど封じ込めることができるか?」


 ここでヴァヴェルは海軍参謀総長のフェドロヴァ上級大将に尋ねる。


「陛下。問題は琥珀海上空の航空優勢をどちらが確保するかによるでしょう」


 ヴァヴェルの問いにフェドロヴァ上級大将は慎重に語り始めた。


「琥珀海の航空優勢が得られれば、すぐさま沿岸飛行場に配備されている海軍飛行隊が出撃して敵艦に航空攻撃を加えましょう」


「なるほど。こちらも水上艦を出して対抗はしないと?」


「我が海軍は水上艦の数において敵に劣勢です。恐らく出してもまともに対抗はできないものと思われます」


 アルトライヒ海軍だけならばまだ何とかなったかもしれない。

 だが、海軍大国であるブリタニアが参戦してることが魔王海軍にとって厳しい戦局をもたらしていた。

 大陸最大の海軍を保有するブリタニアに魔王国は及ぶはずもない。


「しかし、全く何もしないわけではありません。北極艦隊は現在通商破壊任務に従事しております。ブリタニア海軍がそちらに対処しなければならなくなれば、琥珀海に投入される敵戦力は減少するでしょう」


 北極艦隊は水上艦から潜水艦まで散らばって通商破壊に従事していた。

 狙いはブリタニアと大陸本土や海外植民地を結ぶ通商路であり、この通商破壊作戦は僅かながら戦果を上げつつあった。

 しかし、どちらかといえば北極艦隊の狙いは通商破壊そのものより、北極艦隊にブリタニア海軍を引き付けることにあった。


「琥珀海艦隊は積極的な行動には出ないというわけか?」


 ここでジューコフ元帥が不満そうにそう言う。


「ええ。水上艦隊が出撃してくることは、むしろ敵が望んでいることです。早急に我が海軍の水上艦を一掃すれば、敵海軍はそれだけ自由に行動できるようになります」


「現存艦隊主義というわけか」


「はい。その通りです、陛下。いずれによ敵艦隊は琥珀海の航空優勢が得られなければ水上艦を展開しないと思われます」


 数で圧倒的に劣勢の今において水上艦隊を出すのは敵の思うつぼ。

 今は港に艦隊を隠しておき、それによって敵海軍にプレッシャーを与え続けようというわけである。


「分かった。空軍には早急に琥珀海の航空優勢を得るように求めよう。それから海軍航空隊による敵海軍への打撃だ」


「ご理解いただき感謝します、陛下」


 海軍は琥珀海の水上艦隊は動かさなかったが、潜水艦は活発に活動させていた。

 潜水艦隊はレーダーで獲物を探し、捉えては雷撃を行う。

 この厄介な潜水艦隊が始末できなければ、大規模な海軍の行動は難しいとブリタニア海軍参謀総長であるエドワード・フィッツロイ海軍大将は判断していた。

 それゆえに今は琥珀海でブリタニアの強力な海軍が行動する事態は起きていないが、それは時間の問題でもあった。


 汎人類条約機構軍はリガンに迫っていたのだ。



 * * * *



 魔王空軍はレーダーを早期に導入していた。

 そこには電子戦に関心が高かったヴァヴェルの意志があり、国境付近から沿岸部にレーダー網が構築されていた。

 国境付近のレーダー施設は撤退の際に魔王軍が徹底的に破壊していったが、沿岸部のレーダーは今も稼働している。


 クズネツォフ中尉と僚機はそんなレーダーが捉えた目標に向けて飛行中だ。


「目標を視認」


 クズネツォフ中尉は複数のケストレルMk.II戦闘機と4発エンジンの大型機20機を視認し、そのことを素早く報告する。

 4発エンジンの大型機はリダウト戦略爆撃機で、その狙いはリガンの近くにある魔王空軍の航空基地爆撃だ。

 汎人類条約機構軍と魔王空軍はお互いに航空優勢を得ようと必死になっており、その中には敵空軍基地を爆撃することも含まれていた。


『各機。俺たちが狙うのは爆撃機だ。戦闘機は脅威にならない限り放っておけ』


「了解」


 今回の任務ではクズネツォフ中尉たちは爆撃機迎撃のためにある新兵器を翼の下に下げていた。

 敵戦略爆撃機は恐らく強固な装甲に守られており、口径12.7ミリ機関銃でも撃墜できないかもしれない。

 そこで搭載された新兵器がリダウト戦略爆撃機を狙う。


 当然ながら爆撃機を守ろうと敵の護衛戦闘機がクズネツォフ中尉たちを襲う。

 クズネツォフ中尉たちはChE-3戦闘機の相手より優勢な速度を生かして、可能な限り交戦を回避して爆撃機を目指した。

 爆撃機の編隊に近づくと爆撃機の銃座から機関銃がクズネツォフ中尉たちを狙って発砲してくる。

 20機もの戦略爆撃機から打ち上げられてくる機関銃弾の弾幕はかなりのもので、クズネツォフ中尉たちも僅かに恐怖した。


「喰らいやがれ」


 クズネツォフ中尉はそれでも任務を果たすために爆撃機に光学照準器で狙いを定めてトリガーを引いた。

 トリガーが引かれたと同時に放たれたのは、口径80ミリのロケット弾だ。

 このロケット弾は鈍重だが重装甲の爆撃機を撃墜するために試作されたもので、7発のロケット弾が収められたロケットポッドから発射される。


「よし。当たった!」


 両翼に搭載された14発のロケット弾のうち2発が敵爆撃機に命中。

 敵爆撃機はエンジンを破壊されてバランスを崩しながら降下していく。

 しかしながら思ったほどロケット弾は役に立たなかった。

 弾速が遅く、狙いが定めにくいのがその理由だ。

 いくら敵の爆撃機が戦闘機ほどの速度と機動力で動いていないとしても、航空機としてそれなりの速度で飛行している。

 それをロケット弾で撃ち落とすのは難しい。


 だが、魔王軍はこんな試作兵器も投入しなければならないほどの戦況にあった。

 どちらも完全な琥珀海の航空優勢が取れない状況で、リガンに汎人類条約機構の地上軍が迫っているのだ。


……………………

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