本土侵攻
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──本土侵攻
シュタインバッハ上級大将たちは先の回転ドア作戦の成功を祝った。
だが、彼らはすでに次の攻撃について画策している。
次の攻撃は──魔王国本土進攻だ。
「我々はこれまで防衛戦を戦っていた。だが、これからはそれは変わる」
シュタインバッハ上級大将は参謀たちにそう言う。
「これから我々は魔王国本土に侵攻するのだ」
魔王国本土侵攻を東部戦域軍司令部は決定していた。
先の回転ドア作戦で魔王軍は大損害を出し、そのまま国境線まで撤退している。
今これを追撃しない手はないとシュタインバッハ上級大将たちは本国に魔王国本土侵攻を打診した。
そして、それは許可されて東部戦域軍は魔王国本土侵攻に挑むことに。
「作戦目標は北のリガン、中央のミンシク、南のキーヴァだ」
今回の作戦がここまですぐさま実行できるようになったのは、この作戦がアルトライヒが考えていた予防戦争の計画を流用したからである。
以前にも記したようにアルトライヒは魔王国のヴァヴェル政権にダメージを与えるための予防戦争を考えており、その計画案では魔王軍に打撃を与えながら、魔王国の主要都市を占領することでヴァヴェル政権が揺らぐことを狙っていた。
しかし、この作戦には致命的な穴がある。
「閣下。首都バビロンは作戦目標ではないのですか?」
部下のひとりが疑問に思ってそう尋ねる。
「ああ。そこまで侵攻せずとも魔王国の主要都市を占領すれば、魔王は革命によって打倒されるだろうと考えられている」
そう、作戦の穴はこれだ。
この作戦はあまりにも楽観的に準備されていた。
そもそも予防戦争計画が魔王国を一発殴ってあとは講和するという非現実的なものだったのだから、それを流用した今回の本土侵攻作戦に現実性が伴うのは難しかった。
「もちろん魔王国がこの作戦目標の3つの都市を陥落させても講和に応じなければ、我々は首都バビロンに向けて進軍することになる」
シュタインバッハ上級大将はそう言っていたが、本国には首都バビロンまで進軍する計画が一切存在していないことを彼は知らなかった。
国防情報局も魔王国について情報を集めていたのだが、その情報は僅かなものであり、どこをどう進むのが適切かなどの情報すらも欠如していた。
それゆえに実際に首都バビロンに進軍するとなれば……大混乱が生じるだろう。
「では、作戦開始は3日後だ。我々に勝利を」
「勝利を」
そして汎人類条約機構軍は魔王国本土侵攻に向けて進んでいく。
* * * *
魔王軍も汎人類条約機構軍の動きに警戒していた。
陸軍参謀本部情報総局はレヒスタンからの撤退の際に残地工作員を残していった。
彼らは友軍とともに撤退せず、現地に潜み、無線で敵の後方になった地域の情報を送り続けている。
「汎人類条約機構軍は我が国とレヒスタンの国境に大規模な補給デポを構築したようだ。それに鉄道の行き来が激しくなっているとの報告もある」
陸軍参謀本部情報総局局長のスミルノフ少将が告げる。
「では、決まりですか?」
「決まりだな。敵は本土に侵攻するつもりだ」
スミルノフ少将たちは残地工作員の情報から本土侵攻が近いことを察知した。
彼は忌々しげに彼らが得た情報から推測されることを口にする。
「国家保安委員会によればヴァラキアも開戦に向けて揺らいでいるとか」
「ああ。最近頻繁にヴァラキアの航空機が我が国の領空を侵犯しているのを空軍が確認している。開戦前の航空偵察だろう」
魔王国とヴァラキアの国境線でも戦争に向けた準備と思われる行動が見られていた。
ヴァラキア王国は汎人類条約機構に加盟していたが、今のところ魔王国との戦争には参戦していない。
表向きには開戦への経緯が汎人類条約機構側からの攻撃であったからという理由でもあるが、実際には彼らは自分たちが開戦に耐えられる体力があるのかを疑問視していたのである。
レヒスタンでの戦争は彼らも見ている。
それは戦車や航空機が活躍する次世代の戦争であった。
しかし、ヴァラキアにあるのはどの兵器も旧式のそれであり、とてもではないが魔王軍に対抗できるとは思えないものであった。
それゆえに彼らはアルトライヒからの開戦の圧力を回避し続けてきた。
しかし、ここにきて汎人類条約機構が優勢となるのにヴァラキア国内ではこのままでは戦後の権利を獲得し損ねるという声が上がり始めた。
魔王軍は先の戦いで大損害を受けている。だから、開戦しても我々の国土が侵されることはないはずだ。
そういう楽観的な考えが、新たな領土獲得の野心とともに現れて、ヴァラキアに開戦を決意させたのであった。
「ヴァラキアが参戦するとなると南部はいささか危うくなるかもしれませんね」
「敵はまず南のキーヴァを獲得しようとするだろう。ドニェヴァ川の流れる南部の物流拠点だ。我々としてはここを奪われると、ほぼ南部の穀倉地帯を失うことを意味する」
キーヴァは河川による水上輸送から鉄道路線まで様々なものが集中している南部の大きな輸送拠点である。
ヴァラキアと開戦すると南部にあるこの都市が危うくなってきてしまう。
「とりあえずは私はジューコフ元帥に状況を報告してくる。敵の本土侵攻が数日中に実行されるであろうことを」
スミルノフ少将はそう言い、彼はジューコフ元帥にこのことを報告に向かった。
* * * *
「ご決断なされましたか?」
ヴァラキア王国の首都ブカリウムではリンツ外務大臣が、渋い表情を浮かべた男性の方を見ていた。
彼はゲオルゲ・イオネスク首相。ヴァラキアの事実上のトップだ。
「我が国は汎人類条約機構に貢献する準備があります」
「ええ。それはすでにお聞きしました。では、参戦を?」
「我々は参戦する以外で別に汎人類条約機構に貢献する方法があると思うのですが」
またそれだとリンツ外務大臣が思わず眉をゆがめて眉間にしわを寄せる。
ヴァラキアのトップであるイオネスク首相は開戦に慎重だった。
本当に魔王軍が再起不能な損害を受けたことに確信が持てないというのがその理由であった。
国内世論が参戦に向かう中でイオネスク首相は頑なに参戦以外の道を探っていた。
「我が国は魔王国と汎人類条約機構の講和交渉を仲介する準備もありますし、それに石油を提供する準備もあります。ですが、我が国が参戦すればそれらのことは危うくなってしまう」
同時にイオネスク首相は戦後の利権は欲しがっていた。
そのことはあれこれを参戦以外のカードを準備してくるので明白に伝わってくる。
「閣下。勝利者の権利を得られるのは血を流しものだけです」
リンツ外務大臣ははっきりとイオネスク首相にそう言った。
参戦を回避されると現在ヴァラキア国内で本土侵攻に向けて準備している15万のアルトライヒ軍が何もできなくなってしまうのだ。
「……本当に勝利できると?」
「それはあなた方を含めた汎人類条約機構の加盟国の努力次第です」
リンツ外務大臣のその返答にイオネスク首相は深くため息をつく。
彼としては下手に祖国を危険にさらしたくなかった。
弱腰と言われるかもしれないが、彼はそれでも戦争の厳しさというものをかつて起きた隣国レヒスタンとの戦争で知っているし、国民にそれを受け入れることを求めたくもなかった。
レヒスタンとは国境を巡って中規模の地域紛争があったのだが、その戦いにイオネスク首相は従軍している。
そこで兵士たちがいかに苦しみ、戦争に巻き込まれた市民が犠牲になったのかをまざまざと見せつけられた。
まだ若い兵士たちが機関銃になぎ倒され、火砲の砲撃でばらばらになり、市民たちが略奪と暴行にあって死んだ目をして非難しているのを見たのだ。
だから、彼は戦争を回避する外交をやるべく政治家を目指したのだ。
だが、残念なことに世界はイオネスク首相に戦争を求めている。
「分かりました。我が国も参戦しましょう」
イオネスク首相はせめてこの戦争に勝てなかったとしても、本土が戦場になることはありませんようにと神に祈った。
* * * *
魔王軍中央方面軍は引き続きワシレフスキー上級大将が指揮している。
彼はこれまでの失敗から学び、自分たちの意図は可能な限り隠蔽し、敵の動きは可能な限り全力で把握することに力を入れていた。
「陸軍参謀本部情報総局からの報告です、閣下」
「見せてくれ」
ワシレフスキー上級大将は部下が厳重に封がされた書類を渡すのを受け取った。
「……やはり敵は数日中に仕掛けてくるか」
陸軍参謀本部情報総局の報告がワシレフスキー上級大将が偵察によって把握していた情報と一致していた。
汎人類条約機構軍は数日中に魔王国本土への侵攻を開始する、と。
「参謀本部では北のリガンと南のミンシクが目標になるだろうと」
「その可能性は確かに高いだろう」
リガンには大きな港湾施設があり、ミンシクは中部に要衝だ。
「我が軍にはこれを先制して阻止する戦力はない」
ワシレフスキー上級大将は悔しそうにそう言う。
「よって、我が軍は遅滞戦闘を繰り広げながら時間を稼ぎ、戦力が増強されるのを待つ。すでに我が軍は大規模な増員に向けて進んでいる」
魔王国の後方の工場ではA-34中戦車が、KW-1重戦車が次々に完成し、前線に向けて送り出されている。
「何としても祖国を守るのだ」
ワシレフスキー上級大将はそう部下たちに言った。
それから3日後の早朝。
レヒスタンからヴァラキアに至るまでの魔王国の国境全域で砲声が響いた。
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