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政治家たちの会話

……………………


 ──政治家たちの会話



 ヴァヴェルは前線からの報告をジューコフ元帥から聞いていた。


「……以上が報告となります」


 ジューコフ元帥はそう重々しく告げて、着席した。

 先のシュナイダー少将による反撃の結果、魔王軍は大きく後退することになり、そのことを報告しなければならないジューコフ元帥の額には汗が浮かんでいる。


「そうか。やはり戦争というのはそう簡単に行くものではないな……」


 ヴァヴェルはジューコフ元帥の言葉に激昂することなどはなく、静かに彼の報告にそう感想を述べた。


「重装備は放棄したが将兵の多くは助かったのだろう?」


「はい、陛下。将兵の多くは脱出することに成功しております」


「よろしい。すぐに重装備は補給される。今は我が国は戦時体制で武器を作っている」


 戦車も、火砲も、トラックも魔王国の誇る工業力によって次々に生み出されている。

 魔王軍はシュナイダー少将の策にはまって大損害を出したが、その大損害は戦局を完全に左右するものではない。


「しかし、当初の計画は狂ってしまったが、これから陸軍はどのような方針で作戦を続けるつもりか?」


「残念ですが大規模な機動作戦を実行するには、再び長い準備期間が必要になります。今は局地的な戦闘に従事することになるかと」


「ふむ」


 今回のレヒスタン侵攻の準備は6か月という長期間に及んで行われた。

 物資を蓄え、部隊を密かに機動させ、欺瞞情報を流し、作戦を立案するのにそれだけの長い時間がかかったのだ。

 失敗したからと言って今日明日にやり直せるほど簡単なものではない。


「分かった。今は徐々に首都ヴァルシャを目指すとしよう」


 未だに戦略目標はレヒスタンの首都ヴァルシャだ。

 魔王軍はここを狙って作戦を展開している。


国家保安委員会(CSS)よりご報告します」


 次は国家保安委員会(CSS)のリュドミラが報告する番だ。


国家保安委員会(CSS)はここ最近の外交通信の傍受の結果、ルオタニアがこの戦争に参戦する可能性が高いことを認識しております」


「ルオタニアか」


 国家保安委員会(CSS)はルオタニアとアルトライヒの間で結ばれた秘密協定について把握しつつあった。

 魔王国がレヒスタンに侵攻してからアルトライヒとルオタニアの外交通信の量は増大し、その一部を国家保安委員会(CSS)が解析したところ開戦に向けた交渉が進められていることが判明したのである。


「想定はしていた。ルオタニアには先の戦争で我々に領土を奪われているし、我々が混乱していると分かれば喜んで参戦してくるだろう。我々が内戦で苦しんでいたときに侵攻してきたように」


 ヴァヴェルはリュドミラの言葉に頷く。


「だが、ヴァラキアはどうか? 彼らもまた開戦を?」


「まだ確定はしておりません。しかし、今のところ国境にアルトライヒ軍の将兵は見られないとのことです」


「そうか。ヴァラキアは小国だ。彼らだけで我々に挑むことはないだろう」


 ヴァラキア王国は小さな国であり、その軍隊もさほど大きくない。

 アルトライヒ軍の助けなしに彼らが開戦を決意することはあり得ないだろう。


「ルオタニアの情勢には十分な注意を。陸軍も国境の警戒は怠るな」


「はい、陛下」


 こうして魔王国の方針は定まった。

 しかし、ヴァヴェルたちも予想していなかったことが、進行中であるということに彼らはまだ気づいていない。



 * * * *



 アルトライヒのレンツ外務大臣は空軍の輸送機でブリタニア連合王国の首都ロンディニウムに飛んでいた。

 彼にはそこで会わねばならない人間がいたのだ。


「お会いできて光栄です、ハーコート外務大臣」


「ようこそ、ロンディニウムへ、リンツ外務大臣」


 リンツ外務大臣は面会を求めた相手はブリタニア連合王国のフレデリック・ハーコート外務大臣である。

 彼はヴェーバー宰相からの指令を帯びてハーコート外務大臣との面会に臨んだ。


「貴国は現在きわめて危険な状況に置かれているとか?」


「ええ。我が国は魔王国に不意打ちされ、危機的な状況にあります。しかしながら、敗北が決まったわけではありません。今日のロンディニウム・タイムズの朝刊は読まれたものと思いますが」


「ああ。貴国の優秀な将軍──シュナイダー少将の勝利についての記事ですな」


「そうです。我が国は窮地をひとまず脱しました」


 アルトライヒがプロパガンダ的に宣伝したこともあってシュナイダー少将が得た勝利は大々的に大陸で報じられ、誰もが奇跡の戦いとして知ることになった。


「ですが、このままでは我が国もレヒスタンも魔王軍に蹂躙されてしまいます。我々には支援が必要なのです」


 リンツ外務大臣がヴェーバー宰相から命じられたことはふたつ。

 ブリタニア連合王国とルミエール共和国からの支援を引き出すことだ。


「もちろん人類国家の盟友が魔王軍の刃を前に倒れることを我が国も望みません。しかし、我々の知る限りの情報では貴国から魔王国への挑発があったのも事実では?」


 ハーコート外務大臣はそう慎重に述べる。

 彼が指摘しているのは汎人類条約機構としてレヒスタンに大規模な戦力を駐留させたこととレヒスタンでのクーデターを支援したことだ。

 そのときまだアルトライヒは魔王国への予防戦争を考えており、彼らの側から戦争を仕掛けるつもりだったのだから、それを見破られた形になる。


「とんでもない。我が国は常に平和を望んでおりました」


 そのハーコート外務大臣の指摘にリンツ外務大臣は心外だと言うようににそう言い、首を横に振った。


「我々は恐れなければなりません。魔王国によって我々が各個撃破されてしまうリスクについて。このままレヒスタンが倒れ、我が国が倒れれば、明日はルミエール共和国、明後日は貴国が魔王国に狙われるでしょう」


 それからリンツ外務大臣はこのままブリタニア連合王国が静観を決め込むことのリスクを指摘した。

 確かに魔王国にとってもっとも望ましいのは人類国家が完全に団結する前にひとつずつ撃破していくことである。

 それがなされれば、魔王国は最低限のリスクで大陸を手に入れられる。


「その考えに基づくならば我が国は貴国やレヒスタンを対魔王国の防波堤とするようなものとなってしまいますぞ」


 ハーコート外務大臣はリンツ外務大臣の主張にそう指摘する。


「ええ。まさにその通りです。我々は人類のための防波堤となりましょう。しかしながら、その防波堤を守るために貴国やルミエール共和国には我が国への支援をお願いしたい。さもなければ津波は貴国にまで押し寄せるでしょう」


 リンツ外務大臣は自分たちを防波堤とすることを認めた。

 このことが国内に漏れればヴェーバー政権は国民から大きな批判を浴びるだろうが、リンツ外務大臣はハーコート外務大臣が交渉内容を漏らすことはないと踏んだ。

 それにアルトライヒが存在することの価値をブリタニアに示せなければ、どのみち魔王国によってアルトライヒは蹂躙されてしまう。


「貴国がそこまで仰るのであれば支援を検討しましょう」


 ハーコート外務大臣はとうとう折れてそう認めた。


「しかし、具体的にどのような支援が必要なのですか?」


「地上軍を派遣していただけるのがもっともよい支援となります。空軍の派遣なども歓迎しますが、まずは地上軍を送っていただきたい。東部戦線は極めて危機的なのです」


「分かりました。キャヴェンディッシュ首相にはそのようにお伝えしておきましょう」


「人類の存続のためです。よろしくお願いします」


 リンツ外務大臣はそう言いロンディニウムをあとにすると、次にルミエール共和国の首都パリスへと飛びルミエール共和国からの支援も引き出した。

 人類国家は魔王国の侵攻を前に急速に結束しつつある……。



 * * * *



 首相官邸の執務室にてキャヴェンディッシュ首相はハーコート外務大臣から聞かされた話に小さく首肯した。


「うん。軍事支援の必要性は理解できた」


 キャヴェンディッシュ首相はそう言う。


「だが、我が国はアルトライヒと正式に同盟していたわけでもないし、魔王国が我が国に宣戦布告したわけでもない。それなのに魔王国と本格的にことを構えるのは議会が納得しないだろう」


「ええ。外交上のマナーはいささか欠いておりますな」


「義勇軍という形での派兵を考えるか、または……」


 ハーコート外務大臣が認めるのにキャヴェンディッシュ首相は考え込む。


「開戦を決意できる口実が必要ですか?」


「ああ。それが必要だ。そのためにはもうしばらくアルトライヒには待ってもらうしかないね。彼らも今日明日に敗れるというわけではないのだろう?」


「その場合は我々は泥船に乗ることになります」


「うん。もう少し持つのでなければ支援する価値はない。そして我々は堂々とアルトライヒを支援するが、まだ今は開戦しない」


 そう言いながらキャヴェンディッシュ首相は葉巻に火をつけた。


 それからブリタニアは汎人類条約機構に向けて大規模な軍事支援を開始し、戦車や航空機が大陸海峡を超えてアルトライヒへと運び込まれていった。


 だが、まだブリタニアの兵士はひとりも前線に到着していなかった。


……………………

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