レヒスタン侵攻
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──レヒスタン侵攻
魔王軍は一斉にレヒスタン領内になだれ込んだ。
可能な限りの奇襲ために陽動や偽情報の流布が行われた結果、汎人類条約機構側は魔王国の主攻について判断を誤った。
魔王国が北部から首都ヴァルシャと東アルトライヒのオストクローネ攻略を目指して進むのに、汎人類条約機構側は中央からの攻撃に備え続けて結果として魔王軍の初期の奇襲を許してしまった。
そんな魔王軍はその機動力を未だ限定的にしか発揮できていなかった。
彼らは戦車とトラックに速度を合わせて前進することの意味をルオタニア戦争で知ったのだったが、まだ全面的にドクトリンを改訂するまでには至っていなかったのだ。
何せドクトリンを改めるには士官学校での教育から何までを改めなければならない。
開戦までの時間がさほどなかった魔王軍に全てを改める時間はなかったのだ。
魔王軍はいつもの強力な濃度の砲兵による弾幕を展開したのちに、じわじわと戦線を押し上げ始めた。
その先頭を進むのはSA-64装甲偵察車両だ。
SA-64装甲偵察車両は装輪式の装甲車であり、武装として口径7.62ミリ機関銃を装備している他、若干の水陸両用性能を有していた。
そのSA-64装甲偵察車両を装備する師団偵察大隊はアルトライヒ軍とレヒスタン軍が急速に反撃のために機動していることを掴んだ。
「師団偵察大隊は敵の大規模な移動を掴んでいる」
戦車兵であり、ルオタニア戦争ではA-26軽戦車に乗っていたレーベデフ大尉は大隊長がそう説明するのを聞いていた。
「敵は我々が北部を主攻としていることにようやく気付いたようだ。南にいた兵力が次々にこの北に向かっている。戦車を含めた大部隊であり、規模にして3個師団相当がすでに移動してきているようだ」
魔王軍は最初に奇襲には成功していたが、それまでだった。
奇襲の効果は時間が経つごとに失われていき、やがて敵は正気を取り戻して殴り返してくる。
「我々はこの敵部隊による陣地構築が終わる前にこれを撃破する。我々にはまだ奇襲の効果がある」
大隊長はそう言い、レーベデフ大尉たちは前方で陣地を構築しつつある敵を撃破するために前進することになった。
「中隊長殿。全車両、準備できておりますす」
レーベデフ大尉にそう報告するのは人狼の将校でレーベデフ大尉の下にいるベテランの准尉だ。
中隊なんぞにわざわざ司令部と呼べるものはなく、事実上レーベデフ大尉とこの准尉が中隊を指揮していた。
「よろしい。大隊長は我々に敵部隊の撃破を命じられた。すぐに出撃だ」
「了解」
この時点でレーベデフ大尉たちはA-34中戦車を装備していた。
彼らはここまでトーチカに配備されていた旧式の対戦車砲などとは交戦したものの、そのほかに目立った敵火力とは交戦しておらず、自分たちの戦車の性能がどの程度なのかを測りかねていた。
このレーベデフ大尉の戦車中隊には3両からなる戦車小隊が3個あり、中隊長車1両がある。
つまり10両の戦車で構成されていた。
「出撃!」
レーベデフ大尉が無線で指示を出せば、10両の戦車が一斉に動き出す。
10両戦車は小隊ごとに楔陣形を形成して前進して、接敵に備えた。
レーベデフ大尉の中隊長車も前線に出ている。
またレーベデフ大尉たち戦車には歩兵中隊がトラックで随伴していた。
歩戦協同はルオタニア戦争でも確かめられた戦訓だ。
「今のところは随分と静かだが……」
レーベデフ大尉の中隊の隣を別の中隊が進んでいるが、そちらからも砲声はしないし、接敵の報告もない。
「敵がいるって話じゃなかったんですかね?」
「俺に言うなよ」
砲手が怪訝そうに尋ねるのにレーベデフ大尉がそう返す。
「前進を継続だ。接敵するまで進むぞ」
レーベデフ大尉はそう宣言し、彼の戦車が前進していく。
敵と接敵したのはその直後であった。
「2時の方向に敵戦車!」
それはお互いに準備などしていない状態での遭遇戦だった。
アルトライヒのルクス中戦車が縦列陣を組んで進んでいたところにレーベデフ大尉たちの戦車中隊は遭遇。
敵戦車の数は10両で両者の距離は1000メートルほど。
「攻撃開始!」
レーベデフ大尉の命令で一斉に戦車の主砲が敵戦車に向けられて同時に砲撃。
A-34戦車の口径76.2ミリ主砲から放たれた徹甲弾は呆気なくルクス中戦車の側面を貫き、敵戦車を爆発炎上させる。
しかし、敵もすぐ狙いをレーベデフ大尉たちの戦車に向けて砲弾を叩き込んでくる。
「敵戦車発砲!」
それから激しい金属音が響き、レーベデフ大尉は死を覚悟したがそれ以上のことは起きなかった。
レーベデフ大尉の戦車の装甲は敵戦車の砲弾を弾いたのだ。
「凄いぞ。この戦車はタフだ!」
レーベデフ大尉は生存したことを喜びながら、さらなる砲撃を指示する。
A-34中戦車の主砲は外さない限り相手を確実に撃破しており、それでいてルクス中戦車の口径37ミリ主砲の砲撃を受け付けない。
最終的にレーベデフ大尉たちは1両の損害も出さず、敵戦車を殲滅したのだった。
「いいぞ! このまま突き進め!」
レーベデフ大尉の戦車中隊は砲弾と燃料のある限り進もうと前進を続ける。
それが大隊長からの命令であったし、さらに上にいる中央方面軍司令官イワン・ミハイロヴィチ・ワシレフスキー上級大将の命令であった。
このことにアルトライヒ軍はパニックを起こしていた。
「敵戦車が突っ込んできます!」
「対戦車砲はどうなっている!?」
「どれも有効ではありません! 敵戦車を止められません!」
アルトライヒ軍とレヒスタン軍が保有している口径37ミリ、口径50ミリ対戦車砲では魔王軍のA-34中戦車に有効な攻撃が行えない。
A-34中戦車はアルトライヒ軍のルクス中戦車、ルクスII中戦車の両方を撃破して突っ込んでくるのに打つ手がないのだ。
「あらゆる火力を使って敵戦車を止めろ! 何としてもだ!」
防衛戦闘の指揮を執るシュタインバッハ大将が叫び、アルトライヒ軍は文字通りあらゆる方法を使って敵戦車を止めようとした。
アルトライヒ軍の歩兵たちが工兵用の梱包爆薬を使って肉薄攻撃を仕掛ける。
これは効果があったが魔王軍の戦車はほとんどの場合、随伴歩兵がいたため攻撃が阻止されることは多かった。
次に効果があったのは口径88ミリ高射砲の水平射撃だ。
その口径から圧倒的な威力を誇る口径88ミリ高射砲の射撃には流石のA-34中戦車も耐えられなかった。
しかし、口径88ミリ高射砲はいちいちトラックや軍馬で牽引しなければ戦闘配置につけなかったため、これもまた問題があった。
最後に有効だったのはヤークトルクス突撃砲による対戦車戦闘だ。
アルトライヒ陸軍において砲兵が管轄する兵器である、このヤークトルクス突撃砲も危機において対戦車戦闘に投入されていた。
そして、それと遭遇したのはレーベデフ大尉もだった。
「そろそろ燃料が危ういですね」
「ああ。大隊長からも停止命令が出ている。補給部隊を待つことになりそうだ」
すでにレーベデフ大尉たちは戦略機動中だった敵戦力を撃破するという役割を終えていた。
彼らは敵の鉄道路線を制圧し、駅を占領し、敵がこれ以上戦略機動によって戦力を送り込めないようにしている。
しかし、敵に混乱を呼び込むならばさらに前進して撹乱したいところだが、それは慎重な兵力の運用に固執する古いドクトリンから行われていなかった。
歩兵師団の遅れから将軍たちは歩兵を急がせるのではなく、戦車を止めたのだ。
「ん」
そこでレーベデフ大尉が自分たちのものとは異なるエンジン音に気づいた。
「敵車両が近くにいる。恐らく9時方向。警戒せよ!」
すぐさまレーベデフ大尉たちは車体を9時の方向に向け、戦闘に備える。
これまでトラックに牽引されて現れた口径88ミリ高射砲などとレーベデフ大尉たちも交戦している。
それゆえに彼らはまだ油断してはいなかった。
「あれは……」
しかし、レーベデフ大尉たちの前に現れたのは見たことがない車両であった。
それには旋回砲塔がなく、砲塔は車体に固定されている。
しかし、装備している砲は短砲身ながらルクス戦車より明らかに大きい。
これがヤークトルクス突撃砲だ。
「撃て!」
その車両とレーベデフ大尉たちが発砲したのは同時であった。
敵の車両から放たれたのは口径75ミリの対戦車榴弾であり、その成形炸薬弾がA-34中戦車の装甲を穿った。
レーベデフ大尉の中隊に所属する3両の戦車が爆発炎上し、レーベデフ大尉は思わず舌打ちする。
「敵戦車はこれまでの玩具とは違うぞ! 叩き潰せ!」
レーベデフ大尉はそう叫び、彼の中隊は砲撃をヤークトルクス突撃砲に浴びせる。
ヤークトルクス突撃砲は正面装甲はルクス中戦車より厚かったが、他に大きな問題があった。
旋回砲塔を有さないため履帯を損傷すると敵戦車を狙うことが困難になり戦闘不能になるのだ。
この戦闘でも履帯を切られたヤークトルクス突撃砲はそのまま乗員が脱出していくのが見られた。
このように歩兵の対戦車戦闘、高射砲の水平射撃、突撃砲の投入など様々な火力が魔王軍のA-34中戦車を止めるために投入された。
だが、本当の意味でA-34中戦車の足を完全に止めたのは魔王軍に残る古いドクトリンであった。
魔王軍の戦車部隊はもう少しでアルトライヒ軍の後背を完全に脅かせたにもかかわらず、歩兵が追いつくまで停止を命じられたのだ。
アルトライヒ軍とレヒスタン軍はそれによって再編成の時間を稼げた。
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