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開戦工作

……………………


 ──開戦工作



 リュドミラはヴァヴェルの命で開戦工作に向けた準備を進めていた。

 彼女が注目したのは国境付近にあるラジオ局だった。

 そのラジオ局では主に国外に向けたプロパガンダ放送を行っており、その管轄は国家保安委員会(CSS)に属している。


 そんなラジオ局の放送内容が低俗でいかにもプロパガンダと分かる放送に切り替わったのはヴァヴェルがリュドミラに開戦工作の準備を命じたころであった。


 ラジオ局は魔王国を讃え、人類国家がいかに自分たちにの祖国を陥れようとしているかを放送し続け、それを聞いている人間を不快にさせた。

 それどころかその内容な魔王国内ですらどうかと思われるものであり、多くの軍や政府の魔族たちがリュドミラの正気を疑った。

 だが、これは必要なことだったのだ。


陸軍参謀本部情報総局(MID)よりご報告します」


 陸軍参謀本部情報総局(MID)局長のスミルノフ少将がヴァヴェルに直接報告するのは初めてであった。

 彼は主に参謀総長であるジューコフ元帥に報告し、その報告はジューコフ元帥からヴァヴェルに報告される。

 しかし、今回はスミルノフ少将が直接ヴァヴェルに呼ばれた。


「レヒスタン領内に駐留するアルトライヒ軍部隊はさらにその戦力を増強しつつあります。当初の10万という兵力から30万、次に50万と次々に規模を増しつつあります。我々が入手した情報では最終的に150万という兵力が駐留する予定だと把握しています」


「150万。150個師団というところか」


 1個師団はおおむね1万人の兵力で構成される。


「さらに陸軍参謀本部情報総局(MID)はアルトライヒが魔王国=レヒスタン国境に急速に補給デポを設置しているのを把握しています」


 国境に補給デポを設置する意味はひとつ。

 それは越境攻撃の準備だ。


「アルトライヒが完全な攻撃準備を終えるのは1週間後と見ています。アルトライヒかららレヒスタンへの鉄道路線は拡張され、物資も人員もかつてよりスムーズに移動できるような状況です」


「そうか。陸軍以外の情報はどうか?」


「はっ! アルトライヒ海軍に動きが見えます。彼らはレヒスタン領内の軍港に進出し、それ以後は静かにしています」


「空軍は?」


「その戦力を急速にレヒスタン領内の空軍基地に移しています。またルオタニアにも大量の航空機を展開させている模様ですね」


 アルトライヒ空軍もまたレヒスタン領内の空軍基地に進出し始めている。


「それらの状況を鑑みれば敵の開戦準備は急速に進んでいると言えます」


 スミルノフ少将はそう言い、一度言葉を区切った。

 スミルノフ少将はヴァヴェルが嫌に冷静なのが気になっていた。

 魔王陛下は何を考えているんだ? どうしてそんなに冷静なんだ? もしかして、陛下は全て予想されていたのか?

 だとすれば彼は優秀なんてものではないなとスミルノフ少将は思った。


「分かった。ありがとう、スミルノフ少将」


「はい、陛下」


 それからスミルノフ少将は退席し、ヴァヴェルのいる執務室にはリュドミラ、ジューコフ元帥、そしてエレーナだけが残った。


「さて……我々は決断しなければならない」


 ヴァヴェルがその3名に告げる。


「我々には時間がない。もう残されている時間はほんのわずかなものだ。国家保安委員会(CSS)の報告よればレヒスタンが不可侵条約を破棄するのはもはや時間の問題であり、開戦の時は近い」


 彼はそう言って列席者たちを見渡す。


「敵が開戦するの待つのか、こちらから仕掛けるかだ」


 ヴァヴェルはそう言ったが彼はもう決断していた。


「ジューコフ元帥。軍の準備はできているか?」


「はい、陛下。ご命令があれば我々はレヒスタン方面にて攻勢に出ることができます」


「では、具体的な作戦計画について教えてくれるか?」


 ヴァヴェルがそう求めるとジューコフ元帥は地図を広げる。


「第一の戦略目標は当然ながら首都ヴァルシャとなります。ここを制圧せずして戦争は終わらないでしょう。ですが、問題はどうやってヴァルシャまで進軍するのかということになります」


 ジューコフ元帥はそう言って地図上を指さす。


「残念ながらこれを解決するには従来の物量戦を駆使するよりないという結論が参謀本部では出ています。しかし、その点において我が軍は絶対と言えるでしょう。我が軍はアルトライヒが動員する150万以上の兵力を投入可能です」


「数での力押しか。それなりの犠牲は生じそうだな」


「ええ。これは総力戦となるでしょう。国家の動員できる全てを投入し、それら全てが犠牲を払う戦争です」


「分かった。続けてくれ」


 ヴァヴェルはそうジューコフ元帥に説明の続きを求める。


「第二の戦略目標はアルトライヒ東部の都市オストクローネです。この都市にはアルトライヒ海軍部隊が駐留している他、大規模な空軍施設なども存在しておりアルトライヒの攻略も目標とする我々にとっては攻略しなければならない都市です」


 そう、魔王軍はレヒスタンだけではなくあるとの攻略も目指しているのだ。

 レヒスタンと開戦すれば自動的に同国に駐留しているアルトライヒ軍とも交戦状態に陥る。

 かの国との戦争は避けられない。


「最後の戦略目標はアルトライヒの首都ノイベルク。恐らくここに至るまでには数年の年月が必要となるでしょう。短い戦争とはならないはずです」


 ジューコフ元帥はそう悲観的な見込みを示した。


「数年か……」


 ヴァヴェルは深く考える。

 数年の戦争というのは魔王国という国家に深い傷跡を残すだろう。

 だが、数年でアルトライヒの脅威を取り除けるのであれば、こののちに数十年の長い平和が得られるのであれば、やる価値はあるように思われる。

 それに今の状況ではこちらから仕掛けなければ相手が仕掛けてくるのは明白だ。

 いずれにせよ戦争そのものは避けられない。


「分かった。ありがとう、元帥」


 ヴァヴェルはジューコフ元帥を労い、それからリュドミラの方を見る。


「リュドミラ。開戦工作の準備はできているな?」


「はい、陛下。ご命令があればすぐに実行いたします」


 リュドミラはそう言ってヴァヴェルの方を赤い瞳で見つめた。


「……では、実行だ。他にもう方法はない」


 そうヴァヴェルの姿はエレーナには酷く痛々しく見えた。



 * * * *



 問題のラジオ局が襲撃されたのはヴァヴェルが戦争を決定してから1時間後のこと。

 突如として放送が乱れ、それから『レヒスタン共和国愛国旅団』を名乗る人間たちが放送局を乗っ取ったことをラジオで宣言。


『人類国家よ、立ち上がれ! 腐った魔王国に正義の鉄槌を!』


 レヒスタン愛国旅団を名乗る人間たちはそのような放送を繰り返したのちに、放送局を奪還しにきた国家保安委員会(CSS)の軍事部隊によって()()()()()()()()

 その新聞に掲載された死体は確かに人間のものだったが、彼らがかつて魔王国を訪れそこで自然死していた人間であることには国家保安委員会(CSS)以外に誰も知ることはなかった。


 この事件を魔王国はレヒスタンによる犯罪行為であり不可侵条約違反であるとして厳しく非難した。


「魔王国は仕掛けてくるぞ」


 カミンスキ議長は国境のラジオ局で起きた事件を聞いてそう呻いた。


「議長閣下。我々はまだ戦争準備ができていません」


「分かっている。だが、祖国を守らなければならないのだ、コヴァルスキ上級大将」


 コヴァルスキ上級大将は目の前で狼狽える独裁者を忌々しげに見た。

 あんたが不用意に魔王国に敵対的な行動をとったせいで結局は戦争が起きたんじゃないか。

 レヴァンドフスキ政権は確かに魔王国に融和的すぎるとは思っていたが、少なくとも無茶な戦争を始めるほどの阿呆じゃなかった。


「では、全軍に直ちに動員をかけましょう。アルトライヒの駐留軍にも動くように求めてください」


「分かった。アルトライヒは我が国を助けるだろう」


 そう願いたいねとコヴァルスキ上級大将は思った。

 連中ぐらいまともに動いてくれなければ、この戦争は始まったと同時に終わっちまうだろうからなと彼は自分にに振りかかった戦争をそう皮肉げに評価したのだった。


 それからレヒスタン外務省はチェルノワ大使に正式に不可侵条約の破棄を通達。

 チェルノワ大使はそのことを本国に打電したのちに大使館内の全ての機密文書の焼却を開始した。


 レヒスタンで動員が進められる中、それより一歩先に動員を進めていた魔王軍が国境沿いに戦力を展開し、北のルオタニアから中央のレヒスタン、南のヴァラキアまでの国境線魔王軍が展開する。

 この時点ではルオタニアとヴァラキアはまだ開戦に至っていなかったが、ルオタニアとアルトライヒの間には密約が存在する。

 完全に確定していない戦争はヴァラキアとの間の戦争だけだった。


 アルトライヒでも動員が始まり、戦争が着実に大陸東部に近づく。

 政治家はうろたえ、軍人たちは駆け回り、市民が戦争に組み込まれていく。

 もう誰にも止められない戦争という名の鋼鉄の歯車はきしむ音を立てながら、全てを巻き込んで回り始める。


 そして──魔王国とレヒスタンの国境で砲声が響いた。

 戦争を知らせる砲声が。


……………………

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