ルオタニアとの密約
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──ルオタニアとの密約
レヒスタンとアルトライヒが開戦に向けて進む中、アルトライヒはもうひとつの同盟国にも働きかけを行っていた。
それは先の魔王国との戦争に敗れて、そののち汎人類条約機構に加盟したルオタニアである。
ルオタニアではコルホネン大統領が退陣したのちに、新しくルオタニア中央銀行総裁であったヘイッキ・ライネが大統領に就任していた。
アルトライヒの駐ルオタニア大使であるテオドール・ブラントナーが接触したのは、まさにそのライネ大統領であった。
「レヒスタンでの政変は正直に言って快いものではありませんでしたな」
ライネ大統領はまずブラントナー大使にそう伝える。
「我が国は非民主主義的な手続きというものを好みません。いくらそれが強大な敵に立ち向かうためとはいえです。そのことをヴェーバー宰相にはお伝えしていただきたい」
「閣下の憂慮は確かにお伝えさせていただきます」
ライネ大統領がそういうのにブラントナー大使は重々しく頷いた。
全く、対外諜報庁や国防情報局の連中も余計なことをしてくれたもんだとブラントナー大使は思っていた。
あのクーデターはどう見たって我が国がけしかけたものだ。そのせいで周辺国は我が国に不信感を抱いちまったじゃないか、と。
聞くところによれば作戦はヴェーバー宰相の許可を得ていなかったらしく、宰相閣下はカンカンだって話だが……。
「閣下。それでも我々は共通の陣営に所属しております。共通の脅威に対抗するための陣営です」
話をそらすようにブラントナー大使がそう持ち出した。
「その陣営を強化しなければなりません。我々にはそのための準備があります」
そう言ってブラントナー大使は書類をライネ大統領に手渡す。
「ふむ。軍需品のライセンス生産ですか……」
そこには軍用小銃から機関銃、装甲車、航空機などのアルトライヒが許可をするライセンス生産品の項目があった。
「先の戦争では戦車や航空機が不足して苦労されたと聞きます。このライセンス生産によって軍備を増強することは悪い考えではないでしょう。いかがですか?」
「その対価としてあなた方は何を求められますか?」
「ゲオルク・レンツ外務大臣と面会していただきたい。我々の要望は彼からお伝えすると本国から言われています」
「そうですか……」
ブラントナー大使の言葉にライネ大統領はか考え込む。
ライセンス生産ならば自国での兵器生産に一歩進むし、軍備を強化できる。
ライネ大統領とってはこれはなかなか首を横には振れない提案であることは確かであったが、その分のリスクも彼は考えていた。
相手は魔王国と友好的だったという理由でレヒスタンで軍事クーデターを引き起こしただろう国だ。
そんな国がライセンス生産を餌にどのような対価を我々に求めるのか……。
「分かりました。レンツ大臣とお会いしましょう」
「ありがとうございます、閣下」
こうしてライネ大統領はレンツ外務大臣との面会を約束し、両者の会談は大統領が客人を迎える湖畔の別荘で行われた。
「ようこそ、レンツ大臣」
「お会いできて光栄です、大統領閣下」
別荘の外まで出迎えに来たライネ大統領にレンツ外務大臣は頭を下げる。
それから報道陣の前でふたりは握手を交わすとすぐに別荘の中に入った。
「先にブラントナー大使からライセンス生産の話は聞きましたが、それの対価にそちらが何を求められるのかをお聞きしたい」
世間話もそこそこにライネ大統領はそう言った。
「……我が国とレヒスタン共和国などが中心になって現在魔王国への戦争計画が立案されています」
「それは汎人類条約機構としての軍事作戦ですか?」
「部分的にはそうです」
歯切れの悪いレンツ外務大臣の言葉のライネ大統領は僅かに不信感を抱いた。
「はっきり仰ってください。それは先制攻撃計画ではないのですか?」
ライネ大統領はそうレンツ外務大臣を問い詰める。
「……そうです。我々は予防戦争を実行するつもりです」
レンツ外務大臣はあっさりとそう認めた。
「その上で貴国に求めたいのです。我々が魔王国を相手に開戦した場合、それに伴って戦線を開くことを。そうすればライセンス生産は全面的に認められます」
レンツ外務大臣の求めはひとつ、ルオタニアも魔王国との戦争に参戦すること。
ライネ大統領はその求めに考え込む。
ルオタニア国民に魔王国に奪われたサルミヤルヴィ地方やアークティラを取り戻そうという動きがあることをライネ大統領も知っている。
我が国は理不尽に戦争を吹っ掛けられ、一方的に殴られたのだ。
報復を求める声は当然だった。
それでもライネ大統領は慎重に考える。
「我々の開く戦線でアルトライヒの支援は確実に受けられるのですね?」
「ええ。駐留軍も支援します」
「そうですか……」
レンツ外務大臣はライネ大統領が首を縦に振ることを望み、彼をじっと見つめる。
「……分かりました。同意しましょう」
それから長い沈黙ののちにライネ大統領は頷いた。
「感謝します、閣下」
こうしてルオタニアとアルトライヒの間に密約が締結されたのだった。
* * * *
アルトライヒ、レヒスタンに続いてルオタニアが魔王国に対する予防戦争を準備し始めるのに魔王国でも戦争準備が進んでいた。
「これが新型中戦車となります」
そのボロディン設計局が開発した中戦車は幅広い履帯を有し、全体的に傾斜した装甲とA-26軽戦車より遥かに大きな主砲を有するものであった。
全体的にこぢんまりとまとまった印象を受けるデザインだ。
「ふむ。主砲はやはり口径76.2ミリか……」
「ええ。弾薬に余剰がありますので軍としてもこれが望ましいと」
「そうだな。榴弾にしても数があるのは口径76.2ミリだな」
ヴァヴェルは将来的に口径76.2ミリでは火力不足になると思い、口径85ミリ高射砲を転用した物を開発するように命じていたが、開戦が迫る中、弾薬備蓄という問題があった。
「しかし、この戦車は今からどの程度生産していける?」
「今はまだ各工場で月産200両程度ですが、将来的には倍以上に延ばせるものと確信しております」
「そうか。ぜひとも励んでくれ。この戦車をとにかく量産してほしい」
「はい、陛下!」
現在の魔王軍の自動車化狙撃兵師団は3個自動車化狙撃兵連隊と1個戦車連隊で編成されている。
自動車化狙撃兵連隊は3個自動車化狙撃大隊と1個戦車大隊からなり、戦車連隊は3個戦車大隊と1個自動車化狙撃兵大隊からなる。
そのため1個自動車化狙撃兵師団が保有する戦車は200両近くだ。
つまり1か月でようやく1個自動車化狙撃兵師団がA-26軽戦車から新しい中戦車に装備転換を行うことができるようになる。
だが、ヴァヴェルはこのペースに満足していなかった。
彼は速やかに全軍の戦車を新型にしたかったし、これから戦争で生じる損失を考えるならばそれ以上の数を生産しなければならないと思っていた。
「我々をとりまく安全保障環境は厳しさを増している。今はこの戦車があらゆる魔王軍の将兵にとって必要だ」
ヴァヴェルはそう言って新たにA-34中戦車と名付けられた戦車を見つめる。
ヴァヴェルの肝いりで開発されたA-34中戦車は果たして救国のそれとなるのか……。
ただ今は人類国家も自分たちが対峙することになるであろうこの戦車について何も知らないままであった。
* * * *
ヴァヴェルがA-34中戦車の開発完了の報告を受けていたとき、アルトライヒではようやく次期中戦車の開発が議論されてる段階だった。
「これからますます戦車開発は厳しさを増すだろう」
シュナイダー少将もその会議には当然出席している。
「我々は将来を見据えて戦車開発を行わなければならない。そうしなければ我々がこうして議論している間に、我々が次に作る戦車は早くも時代遅れのものになっているかもしれないのだ」
シュナイダー少将は列席者たちにそう語る。
「より大きな車体、より分厚い装甲、そして強力な主砲。私が次の戦車に求めるのはこれらだ」
「閣下。そう仰るが今の段階で乗せられる主砲は限られていますぞ」
「いいや。新しい対戦車砲の開発も並行して進めるのだ。それによって新型戦車にはより大きな主砲を搭載したい」
無茶苦茶を言っていると列席者たちは思った。
現在アルトライヒ陸軍にある対戦車砲は37ミリと50ミリのそれだけだ。
だから、自然と戦車に乗せる砲もその範囲に収まるのだが、シュナイダー少将は新しい対戦車砲も開発しろと戦車開発の場で言い始めたのだ。
「いいか。魔王軍がルオタニア戦争に投入したのは軽戦車だ。その軽戦車を相手に我が軍のルクス中戦車は苦戦したのだ」
周囲を説得するようにシュナイダー少将は語る。
「これから魔王軍が中戦車や重戦車を投入してきたとき、我々が対応できなくなる可能性を恐れよ。敵の戦車が我が軍のあらゆる火砲でも止められずに進軍してくる有様を想像せよ。そして、その可能性に備えよ」
シュナイダー少将はそう言う。
「その可能性は十分にあるのだから」
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