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軍事クーデター

……………………


 ──軍事クーデター



 レヒスタン共和国首都ヴァルシャはその日は寒い朝だった。

 皮膚を刺すような冷たさがある早朝に首相官邸の警備に当たっていたレヒスタン警察の警官は自分の息で手袋をした手を温めながら、公安部門からの警告を思い出してた。


『陸軍の一部部隊に不穏な動きあり』


 それが何を意味するのかは詳細な報告はない。

 ただ首相官邸の警備は首都警察上層部の判断で強化されており、何人ものいつもとは違う顔ぶれがあった。


 だけど、と警官は思う。

 俺たちが持っているのは所詮は拳銃だけだぜ? どうやって大砲や機関銃を持っている軍隊から首相を守れっていうんだ? と。


 実際にところ、まだ何か起きると決まったわけではない。

 もし、本当に陸軍の画策が漏れていれば、首都警察はすでにノヴァク大佐たちを拘束していたはずだ。

 だが、彼らは警察の捜査より早く動いた。


「あれは……」


 首相官邸に向けて進んでくる車両が見えた。陸軍の軍用四輪駆動車とトラックだ。


「まさか……!」


 警官たちは思わず身構え、拳銃に手を伸ばした。

 そう、陸軍が動いたのである。


「武器を捨てろ!」


 トラックから降車した陸軍の兵士たちは警官たちに小銃の銃口を向けて叫ぶ。

 警官たちも拳銃の銃口を兵士たちに向けるが、その手は震えている。

 数においても装備の質においても陸軍の方が警官たちを上回っている。

 ここで戦えば間違いなく警官側は全滅だろう。

 しかし、ここでみすみす陸軍の暴虐を許せばもっと酷い結末になるかもしれない。


 警官たちは逡巡する。

 陸軍の兵士たちはまだ若い人間が多く。よく見れば彼らの手も震えていた。


 最終的に警官たちは銃を置いた。

 ただ彼らはレヴァンドフスキ首相をそのまま兵士たちに引き渡したのではなく、彼を逃がそうとした。

 レヴァンドフスキ首相は警官たちによって裏口から脱出したが、すぐに近くを封鎖していた兵士たちに見つかっていしまった。

 その際に小規模な銃撃戦が起き、警官が殉職している。


 こうしてクーデターを起こしたノヴァク大佐たちはすぐさま事前に定められた目標を制圧していった。

 首都のラジオ局が何も発することのできないまま制圧され、オストロフスキ大統領や主要閣僚も拘束される。

 議会は軍によって閉鎖され、国防省と首都警察の庁舎も陥落した。


『国民の皆様にお伝えします』


 それからクーデター軍に占拠されたラジオ局から放送が始まった。


『現在の我が国の置かれている状況を鑑みて軍は必要な行動を起こしました。先ほどアンジェイ・カミンスキ大将が臨時政権の樹立を宣言され、同時に全土に戒厳令の布告を宣言されました。これに伴い一時的に共和国憲法は停止されます』


 このラジオ放送はアルトライヒの駐レヒスタン大使であるケーニヒ大使も聞いており、彼は目を見開いて驚いていた。

 彼はすぐにこのことを本国に打電しようとしたが、首都ヴァルシャの通信に関する施設はクーデター軍の制圧かにあり連絡できない。


 その状況は魔王国の大使館でも同様だった。


「チェルノワ大使。やはり通信線は遮断されてしまっているようです……」


「そうですか……」


 チェルノワ大使たちには身の危険が迫っている。

 クーデター軍は魔王国に融和的であったレヴァンドフスキ政権を転覆させた。

 その狙いは魔王国との対立以外にあり得ない。

 そんな状況下でチェルノワ大使たちは孤立しているのだ。


「しかし、何としても本国にこの政変を知らせなければなりません。手を尽くしてください」


「はい!」


 チェルノワ大使たちはそれから無線通信などを試み、何とか経済交流が行われていたルブリネツの領事館と連絡がついた。

 そしてノヴァク大佐はルブリネツの通信線まで遮断することはできていなかった。

 ゆえにそこからはすぐさま魔王国本国に情報が伝えられたのだった。



 * * * *



「ついに起きたか……」


 ヴァヴェルはリュドミラからレヒスタンで起きたクーデターの報告を受けて、忌々しげにそう呟く。


「陛下。これでレヒスタン側は我々との間に締結していた不可侵条約を破棄するでしょう。そこに疑いはありません」


「ああ。しかし、汎人類条約機構は防衛同盟だ。相手側から仕掛ければ同盟は発動しない。そこはどのように考えるか?」


 リュドミラが続けて言うのにヴァヴェルがそう尋ねる。


「恐らくこれから国境地帯での挑発行動が激しくなるでしょう。どうにかして我々の側から仕掛けたという状況を演出するはずです」


「そうなると開戦のタイミングは完全に敵に委ねることになるな。これから敵がレヒスタン内で我が国への侵攻準備を終えるまではどれくらいだと予想されるか?」


「すでにアルトライヒ軍はレヒスタン国内に駐留軍を出しています。侵攻準備はかかる時間はそう長くなく、2~3週間あれば敵の準備は整うかと……」


 リュドミラはそう報告したのちに考え込むように少し沈黙する。


陸軍参謀本部情報総局(MID)の方でもレヒスタン駐留軍の調査は行っていると思われます。彼らにもあとで報告を求められた方がよいかと」


「そうか。では、そうしよう」


 陸軍参謀本部情報総局(MID)の方が軍事的な情報収集に特化している。

 国家保安委員会(CSS)はどちらかといえば政治に特化しているものであり、作戦も政治的なものが多い。


「しかし、やつらがここまでして開戦を決意しているということは我々の側でこれから戦争を阻止しようとする試みは無意味なものに終わるかもしれない」


 ヴァヴェルはそう静かに語る。


「そうであるならば、だ」


 彼はその言葉を口にするのにしばしの時間を要した。

 それだけそれは彼にとって口にするのが躊躇われる言葉だったのだ。


「我々の側から仕掛けてはどうか」


 ヴァヴェルのその言葉にリュドミラは一瞬硬直したのちに、すぐに自分が何をすべきかを理解した。


「ルオタニアと同様の方法を用いますか?」


「ああ。結局は同盟が発動するにせよ発動までの混乱は望めるし、それにこちらが攻撃によって主導権を握ることができる」


「畏まりました。……しかし、陛下。本当によろしいのですね?」


 リュドミラが慎重な口調でそう尋ねる。


「構わない。軍の準備が整えばゴーサインを出す。それまでは待機だ」


「はい、陛下」


 リュドミラは退席し、ヴァヴェルはエレーナを執務室に呼んだ。


「陛下。どうされましたか?」


「エレーナ。また平和が遠のいてしまったよ」


 ヴァヴェルは許しを請うようにそう言い、それ以上は何も言わなかった。



 * * * *



 オストロフスキ大統領、レヴァンドフスキ首相が軍によって拘束される中、カミンスキ大将は自らを救国軍事会議議長と名乗ることで国のトップとなった。

 多くの軍人はこれに賛同したが、陸軍参謀総長であったカチマレク元帥は反発。

 それによってカチマレク元帥も拘束され、陸軍参謀総長には新たにヤン・コヴァルスキ上級大将が任命された。


「これから我々は戦争に備えなければならない」


 カミンスキ議長はコヴァルスキ上級大将に告げる。


「私も参謀本部にいたから分かるが、魔王国は我々にとって深刻な脅威だ。それは時間が経てば経つほど大きな脅威になっている」


「そうですな。ですが、今ならば勝てるというのは少々楽観的すぎませんか?」


「だが、将来においては絶対に勝てなくなる」


 魔王国とレヒスタンの軍事力、経済力の差は時間が経てば経つほど拡大していき、アルトライヒ帝国が試算したように軍事的に5年と経済的に3年で致命的になる。


「アルトライヒ軍とともに開戦するしか他に方法はないのだ。アルトライヒはこれから駐留軍をさらに拡大させる。最終的に150万が展開する予定だ」


「150万ですか……。我が軍の2倍近いですな」


「我が国も徴兵制度を強化し、動員数を引き上げる。必要な装備はアルトライヒが旧式のものを供与してくれる」


 レヒスタンも多くの国がそうであるように徴兵制度を布いていた。

 しかし、カミンスキ議長はこれを強化する必要があると考えている。

 今のままでは兵力不足が見込まれるのだ。


「戦車や火砲、航空機もですか?」


「それらは一部ライセンス生産が認められた。エンジンなどの技術は転移されないが、組み立てなどは我が国でも行われる」


「ほう。それはそれは」


 エンジンは核心技術だ。ライセンス生産を許可してもそう簡単には転移されない。


「アルトライヒがまだ魔王国に優っているときにどうあっても勝利しなければならないのだ。分かってくれるな、コヴァルスキ上級大将?」


「了解しました、議長。作戦の立案に当たりましょう。アルトライヒとともに」


「頼むぞ」


 こうしてレヒスタン共和国はカミンスキ政権の下で魔王国との開戦に向けて進んでいくことになった。

 経済交流協定が破棄されて再び国境が閉ざされ、活発だった両国の交流は途絶える。

 だが、まだ両国の間で締結されていた不可侵条約だけは破棄されていなかった。


……………………

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