駐留軍
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──駐留軍
汎人類条約機構理事会に出席したアルトライヒ帝国のハインリヒ・フォークト国防大臣は次のように述べた。
「我々はより一層の団結を示さなければならない。そのためには合同演習のほかに我々が対面している脅威への守りの強化が必要だ」
フォークト国防大臣はそのうえで魔王国と国境を接するレヒスタン共和国とヴァラキア王国、そして新しく加盟したルオタニア共和国への軍事駐留を求めた。
当然レヒスタン共和国とヴァラキア王国、ルオタニア共和国に駐留するのはアルトライヒ帝国である。
彼らはレヒスタン共和国に30万の軍隊を、ヴァラキア王国に10万、ルオタニア共和国に10万の軍隊を展開する準備があるとした。
「我が国の安全保障に責任を負うのは我が国自身だ。過剰な兵力はトラブルを生む」
しかしながら、レヒスタン共和国が反発。
ヴァラキア王国とルオタニア共和国は受け入れ準備があることを示したが、全会一致を原則ちした汎人類条約機構理事会の決まりではアルトライヒ帝国の軍事駐留は当初の期では受け入れられないものとなった。
レヒスタン共和国への駐留兵力はそれから削減され最終的に他の加盟国と同様の10万という規模に落ち着いたのだった。
それでも10万という規模は大規模だ。
師団数にすれば10個師団相当である。
これだけの規模の軍隊が駐留するというのはトラブルを生むというもの。
「閣下。また兵士がトラブルを起こしました」
レヒスタン駐留軍司令官のルドルフ・シュタインバッハ陸軍大将がこの話をされるのは、駐留が開始されて3週間ばかりなのに10回以上のことだった。
「今度は何だ?」
「酔った兵士が暴れて警察に拘留されています」
「はあ」
シュタインバッハ大将は部下の報告に深くため息をつく。
軍隊であれば観光客であれ、大勢の人間が国外からやってくると現地の住民とのトラブルが生まれる定めにある。
レヒスタン駐留軍もその巨体に似合ったトラブルを起こしていた。
海外旅行気分で駐留した兵士たちは、その浮かれた気分もあってこれでもかというぐらいトラブルを引き起こしてしまっていたのだ。
さらに悪いことにレヒスタン共和国とアルトライヒ帝国が結んだ駐留軍の地位協定によればアルトライヒ軍の将兵が起こした犯罪は彼らの軍法会議で処理されることになっており、そのことがレヒスタン市民に反感を呼んでいた。
「これ以上のトラブルは司令官として許容できない。こちらの憲兵も現地の警察に協力するようにしろ。兵士は基地の外での飲酒などを禁止することも考える」
「了解しました」
シュタインバッハ大将は対応策としてそう命じたが、これで完全にトラブルがなくなるほど単純ではなかった。
アルトライヒ陸軍の憲兵隊も街に展開し、彼らのことを市民が『占領軍』と呼ぶような状態になってもなお兵士の犯罪やトラブルは起きた。
それでいて兵士の犯罪はレヒスタンの司法で裁かれないことから、レヒスタン市民のアルトライヒ陸軍への反感は確実に存在し続けている。
「しかし、どうしてまたこんな大急ぎの駐留になったのやら……」
シュタインバッハ大将はそう呟く。
レヒスタン駐留軍の展開は異様なほど急がれていた。
明日明後日にでも魔王軍がレヒスタン共和国に侵攻するのではないかというような早急さであり、一部の兵舎が完成していないにもかかわらず強行された駐留であった。
今でも兵士たちの一部は野戦用の天幕で生活している。
自分たちに知らされていないだけで、魔王軍に動きがあるのか?
シュタインバッハ大将はそう思ったものの、それを確信するには至らずもやもやとしたものを抱えたまま再び報告される兵士たちのトラブルに対応し始めた。
* * * *
レヒスタン共和国、ヴァラキア王国、ルオタニア共和国。
この3か国に合計30万の兵力を展開したアルトライヒ帝国に対して魔王国も反応を示し始めていた。
「軍事的にリスクがある行為であり決して受け入れられない」
魔王国のモロゾヴァ外務大臣は国営新聞を通じてそう声明を発表し、魔王国もこの兵力の展開に合わせて軍を増強することを通知した。
また魔王ヴァヴェルにもこのことは報告される。
「やつらの狙いは何だ?」
ヴァヴェルはアルトライヒ軍の汎人類条約機構各国への駐留を報告したジューコフ元帥とリュドミラにそう尋ねる。
「軍事的なチキンレースをすることが連中の目的というわけではないだろう。この駐留の真意が知りたい。やつらが何を狙っているのかを」
ヴァヴェルはそうふたりに問う。
「我々国家保安委員会は今回の駐留は我が国に対する威圧というよりも、レヒスタンなどの加盟国に対する軍事圧力だと考えています」
「同盟国に軍事圧力を?」
リュドミラが告げるのにヴァヴェルは目を細めてそう尋ねる。
「はい、陛下。レヒスタン共和国は現在我が国との経済交流や不可侵条約締結を受けて、我が国との間の雪解けが著しいです。そのことでアルトライヒ帝国は焦りを覚えたのでしょう。レヒスタンが汎人類条約機構から脱退する可能性を」
リュドミラはそう報告する。
「やつらは軍事力でレヒスタンの汎人類条約機構の離脱を阻止していると?」
「ええ。いざとなれば駐留軍は一気に占領軍に変わる可能性もあると見ています」
「そうか。アルトライヒ帝国も随分と荒っぽい手段を考えたものだな……」
ヴァヴェルはリュドミラの話にふと考え始める。
「レヒスタンの現在の政権はアルトライヒにとって好ましくないのだろう。もしもの場合、アルトライヒがレヒスタンの今の政権を転覆させるために、駐留軍を使う可能性はあり得るのだろうか?」
ヴァヴェルの言葉にリュドミラは深い理解を表情で示した。
「あり得ます。しかしながら、我々がそれを察知して完全に阻止することは難しいでしょう。アルトライヒ軍部とレヒスタンの右派勢力には地下で繋がりがあるようですから」
「我々が介入するのは難しいか。……では、我々は最悪に備えるだけだな」
リュドミラのその報告にヴァヴェルはそう言う。
「つまりは戦争にだ」
レヒスタンの現在の魔王国に融和的な政権が倒れ、不可侵条約が破棄されればそこから先の結果として予想されるのは戦争だ。
「ジューコフ元帥。レヒスタン情勢に注目を。だが、こちらからやつらを挑発するようなことは決してないように」
「はい、陛下」
レヒスタンにアルトライヒ軍が駐留している今においてはレヒスタンとの国境は政治的に危険な状態だ。
砲弾の一発、銃弾の一発で戦争が勃発しかねない。
ヴァヴェルもそのことを理解しているので慎重であった。
* * * *
レヒスタン駐留軍の役割はレヒスタン軍との共同作戦が可能なように訓練をすることも含まれていた。
実戦の際にぶつけ本番で共同作戦をすることは難しい。
そのためにはお互いの装備やドクトリンを十分に理解しなければならないのだ。
ゆえにまさに今レヒスタン駐留軍はレヒスタン軍と合同演習を行っている。
「流石はアルトライヒの軍隊だ」
そういうのはレヒスタン陸軍参謀次長のカミンスキ大将である。
彼はレヒスタン駐留軍司令官のシュタインバッハ大将と並んでともに演習を行っているアルトライヒ陸軍とレヒスタン陸軍の部隊を見ていた。
「レヒスタン陸軍の練度も高いですな。同盟国として心強い」
シュタインバッハ大将はレヒスタン陸軍の部隊を見ながらそういう。
ふたつの軍隊は陣地構築による防衛作戦とそこからの機動を行っている。
アルトライヒ軍とレヒスタン軍の精強な兵士たちは素早く塹壕陣地を構築し、さらにそこから飛び出して突撃していく。
それは実にスムーズな動きであり、力強いものだった。
「我が軍の兵士たちは厳しい訓練に耐え続けている精鋭だ。しかし、装備の面ではやはり敵に劣ると聞いている。特に戦車に関しては我が国には旧式のそれしかない。できれば、もっとアルトライヒから優れた兵器を輸入したいものだな」
「それについては両国の国防大臣の間で協議が進んでいる。我が国も同盟国に武器を供与することには反対していない」
「それは何より」
シュタインバッハ大将が言うのにカミンスキ大将が頷く。
演習には配備が始まったばかりのルクスII中戦車も参加しており、カミンスキ大将にはそのような重装備が自分に軍隊に必要だと思っていた。
「カミンスキ大将閣下」
ここでカミンスキ大将を呼ぶ声が聞こえる。
それはアルトライヒ陸軍の軍服を纏っていたが、シュタインバッハ大将が知らない人間であった。
確か大使館から派遣されて来た人間らしいが……。
「ご紹介したい人間がいます。よろしいですか?」
「ああ。話を聞くとしよう」
その人物に言われてカミンスキ大将がシュタインバッハ大将の隣から去る。
シュタインバッハ大将は怪訝そうにその後姿を見ていた。
シュタインバッハ大将はあとから知ったことだが、彼がその所属を知らなかったアルトライヒ陸軍の将校は国防情報局の所属であったらしい。
だが、その国防情報局の将校はどういう理由でカミンスキ大将との第三者の密会を求めたのか。
そのことまではシュタインバッハ大将も知ることはなかった。
ただ、確実に陰謀だけが動き出していた……。
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