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陰謀と論争

……………………


 ──陰謀と論争



「お帰りなさいませ、魔王陛下」


 王都バビロンの空港では国家保安委員会(CSS)議長であるリュドミラと軍関係者がヴァヴェルを出迎えた。


「レヒスタンはどうでしたか?」


「いい国だった。我々の外交にとって大きな成功だ」


「それは何よりです」


 リュドミラはヴァヴェルの言葉に頷く。


「ところで、聞きたいことがあるのだが」


「何でしょう、陛下?」


 ヴァヴェルは視線だけをリュドミラの方に向けて尋ねる。


「軍人墓地での暗殺未遂騒ぎ。国家保安委員会(CSS)は関与していないな?」


 彼がこう尋ねるのには理由があった。

 リュドミラは今でこそヴァヴェルの忠実な部下だが、すでに彼女は一定の権力と権威を握っている独裁国家のナンバー・ツーだ。

 ナンバー・ワンであるヴァヴェルが消えれば彼女がトップになれる。

 高位悪魔ではないから魔王とはなれないだろうが、魔王ではなくともトップとして君臨する方法はいろいろとある。


 ヴァヴェルは考えたくなかったがレヒスタン共和国攻撃の名目作りとヴァヴェル排除のためにリュドミラがあの暗殺を考えた可能性は皆無ではない。


「陛下。我々は一切関与しておりません」


「そうか。疑って悪かった」


 リュドミラは真っすぐヴァヴェルを見てそう言い、ヴァヴェルもそれ以上リュドミラを追求することはなかった。


 このヴァヴェルの帰国ののちに魔王国外務省とレヒスタン外務省は協議を重ね、経済交流条約と同時に不可侵条約を締結した。


 経済交流条約では魔王国リガンとレヒスタン共和国のルブリネツを経済特区とし、それぞれの都市の市場をお互いに開放するということが決定された。

 リガンとルブリネツの往来は最低限の手続きだけで行えるようになり、これからの本格的な市場開放に向けた実験場となる予定だ。


 不可侵条約についてもレヴァンドフスキ首相が議会で賛成多数という結果を受けて締結が決まり、不可侵条約の調印はレヒスタン共和国の首都ヴァルシャで行われた。


 全てが上手く回りつつあるように思われている。



 * * * *



 アルトライヒ帝国にとってレヒスタン共和国と魔王国の不可侵条約締結は忌々しい事実であった。

 彼らは未だに予防戦争の構想を考えていたからだ。


「魔王国は次にヴァラキア王国との不可侵条約締結を目指しているようです」


 国防情報局局長であるベルンハルト・ヴァイスマン海軍少将は陸軍参謀本部の主であるクレッチマー元帥に対してそう報告した。


「我が軍の進撃路は戦わずして封じられているというわけか」


「ええ。魔王軍は一発の銃弾も砲弾も使うことなく我が軍の攻撃を阻止しました。実に見事ですな」


「全く喜べない話だ」


 ヴァイスマン少将が皮肉げに笑うのにクレッチマー元帥は不快そうに鼻を鳴らす。


「さらに悪い知らせがあります。これは大蔵省の試算ですが、このままレヒスタン共和国と魔王国の交流が進み、彼らの言う経済交流が進んだ場合、3年以内にレヒスタン共和国は魔王国の経済ブロックに従属することになるだろうということです」


「……それはどういうことだ?」


「レヒスタン共和国の工業化が遅れていることはご存じでしょう。かの国の工業化は彼らの願いです。しかしながら、彼らにはそのための資産も機材も技術もない。我が国も我々の工業製品を売り、彼らから農作物を買うだけです」


「その話とどう関係がある?」


 クレッチマー元帥は軍人であってビジネスマンではない。

 兵站上に必要な数字の話は分かっても経済の話は専門外だし、参謀本部ではそれが当たり前であった。


「彼らが市場を開放したルブリネツでは急速に工業化が進みつつあります。魔王国の資本が進出しているのですよ。魔王国はトラックや工作機械を販売し、石油を売り、金を出してルブリネツを工業化しているのです」


「そんなことをしてやつらに何のメリットがあるんだ?」


「レヒスタン共和国に我々アルトライヒ帝国と取引するより魔王国と取引した方が利益になると思わせることができます。それによってこのままルブリネツ以外でも市場が解放されれば、次々に魔王国資本が進出してレヒスタン共和国の経済は魔王国にの資本よって左右される状態になり、彼らの経済ブロックに従属することになるのです」


 いわば経済侵略ですなとヴァイスマン少将。


「なんてことだ。そうなれば……」


「ええ。魔王国の感心を買うために汎人類条約機構からの脱退もあり得ます」


 魔王国は一発の弾薬も使わずアルトライヒ帝国の進撃路を封じたばかりか、レヒスタン共和国への侵略まで完成させようとしているのである。


「どうすれば止められる?」


「そうですな。我が国も対抗して資本を出し、レヒスタン共和国に投資することでしょう。我々軍人が関わる話ではありません」


「それは確実に阻止できる話には思えないな」


「ええ。アルトライヒ国内の産業は現在の政策では国内需要ばかりに向いていて、他国を支援しているような余裕はありませんから」


 アルトライヒ帝国が国内開発にその資金を投じしていた。

 大規模な高速道路建設や鉄道建設、魔王国をライバル視した国内の自動車化(モータリゼーション)の推進など大金をかけている。

 そのためレヒスタン共和国だろうとヴァラキア王国だろうと外国に出資できるような余裕は存在しなかった。


「軍事的には5年、経済的には3年。それだけで魔王国は我々を危機に立たせるわけだ」


 クレッチマー元帥はそう呟くように言う。


「レヒスタン共和国は我が国の貴重な緩衝国家だ。敵の手に渡すわけにはいかない」


 それからクレッチマー元帥は他国の内政に干渉するようなきわどい言葉を口にした。


「国防情報局としてはレヒスタン政府に対してできることはありません」


 ですが、とヴァイスマン少将は続ける。


「対外諜報庁の方はそうでもないようです」


 対外諜報庁は帝国宰相府傘下の情報機関であり、国防情報局や外務省の情報部門と協力して行動することで帝国内のインテリジェンスコミュニティを形成している組織だ。

 その対外諜報庁に動きがあることをヴァイスマン少将は知っていた。



 * * * *



 対外諜報庁の長官であるヴィルヘルム・ベッカーはヴェーバー宰相が檻に閉じ込められたクマのように左右に行ったり来たりしているのを見た。


「つまり、だ」


 そして、まだヴェーバー宰相は同じことを言う。


「我々がレヒスタンへの内政干渉を行うべきだと?」


「その通りです、閣下。その必要があるでしょう」


 それからまた同じ質問が行われるのにベッカー長官は頷いて返す。


「信じられない」


 ベッカー長官には何度も質問すれば答えが変わるのではないかとヴェーバー宰相は期待しているように見えた。


「状況は危機的です。3年で経済的にレヒスタン共和国は魔王国に隷属します。それから2年後には魔王国は軍事的に我が国を上回るのです。その結果次の都市に起きるのが、戦争である可能性は十分にあり得るのです」


 報告者の名前を取ってミュラー報告と呼ばれる報告書は、国防情報局だけではなく対外諜報庁にも渡されていた。

 残されたタイムリミットは3年という時限爆弾の存在を知らせる報告書にアルトライヒ政府はパニックに陥りかけていた。


「我々アルトライヒ帝国は他国の選挙に干渉したことはない。それは不名誉な行為であると自重しているのだ。まして──」


 ヴェーバー宰相はベッカー長官から渡された報告書に目を落とす。


「他国でクーデターを画策するなど……」


 ベッカー長官が示したレヒスタン共和国への内政干渉。

 それは現在のレヴァンドフスキ政権を軍事クーデターによって転覆させようというものであった。


「これを行えばレヒスタン共和国が経済的に陥落することは避けられます。彼らを汎人類条約機構にとどめることもできるでしょう。それは間違いなく我が国の利益につながると思いますが」


「もし、我々が関与したと発覚すれば即座に彼らを魔王国側に付かせることになるぞ」


「発覚はしません。その点は厳重に準備しております」


 ベッカー長官には自信があった。

 というのも、対外諜報庁ではこの手の作戦が常に想定されているのだ。

 レヒスタン共和国、ヴァラキア王国といった東部諸国への干渉からブリタニア連合王国やルミエール共和国への干渉。

 そういうものが常に想定され、計画されていた。

 陸軍が戦争に備えるようなもので、いきなり命令されて稚拙な作戦を実行してしまうより常に対外工作を想定して準備しておくというのが対外諜報庁の仕事でもあった。


「ダメだ。やはりダメだ」


 しかし、ヴェーバー宰相は首を縦に振らない。


「リスクが大きすぎる。我々も外交努力をすべきだ。彼らに汎人類条約機構に残った方が得策であると彼らに思い出させるんだ」


 ヴェーバー宰相はそう言い、ようやく席に座る。


「ご苦労だった、ベッカー長官。しかし、作戦は許可しない。これまで通り君たちは外務省の行動を支援してくれ。その点には期待している」


「畏まりました、閣下」


 やれやれ残り5年しかないのに悠長なものだとベッカー長官は思った。

 レヒスタン共和国に恵んでやる金のないのにどうやって魔王国より自分たちと同盟していた方が利益になると示すんだ? そう思いながらも、ベッカー長官は頭を下げて宰相官邸をあとにした。


……………………

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