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暗殺未遂

……………………


 ──暗殺未遂



 ヴァヴェルは2日目の議会での演説を終えて3日目の日程に入っていた。

 彼はレヒスタン共和国の地方の農場や都市部のウィンナー工場などを見学することなっている。


 当初は魔王の訪問に疑問的だった人々もあちこちでヴァヴェルが友好的に、そして人間のように振舞ったことから魔王国は本当に友好を求めていると感じ始めていた。


 ヴァヴェルも可能な限りレヒスタン国民の魔王国への猜疑心が晴れるように努力していた。

 当初は国家保安委員会(CSS)が大規模な護衛を付け、レヴァンドフスキ首相との会談と議会での演説のあとには帰国するだけの計画を立てていたのを却下し、彼は少数の護衛とともに可能な限りレヒスタン国民と触れ合う機会を作った。


「うん。このウィンナーは絶品だね」


 ウィンナー工場で作られたホットドッグを頬張ってヴァヴェルはにこり。

 付き添いのエレーナもヴァヴェルの隣で大きなホットドッグを美味しそうにもぐもぐと食べている。


「我が国にはここまで美味しいホットドッグは存在しない。ぜひとも我が国の国民も美味しいホットドッグが食べれるようにこれを輸出してもらいたいものだ」


「ははは。ぜひとも魔王国の方々にも食べていただきたいですね」


 ヴァヴェルがホットドッグを絶賛するのにウィンナー工場の所長たちが満足の笑み。


 このようにヴァヴェルはレヒスタン国民に親しまれるように冗談を飛ばし、レヒスタン国民もヴァヴェルを悪の国家の独裁者ではなく親しい友人のように感じ始めていた。


 当然ながらそのようなヴァヴェルであるのでマスコミの取材にも喜んで応じていた。

 彼は3日目の日程が終わり、レヒスタン外務省が管轄する迎賓館に戻るとマスコミに対する会見に臨んだ。


「陛下。今回の視察ではどのような点に注目されましたか?」


 記者は敬意を持ってヴァヴェルに質問を飛ばす。


「我が国とレヒスタン共和国で助け合えることだ。我が国の農業は量はあれど質がいまいちである。一方でレヒスタンの酪農家は質のいい作物を作っているが、それを流通させる手段に欠けているように思えた」


 ヴァヴェルは何もただレヒスタン観光を楽しんでいたわけではない。

 彼はレヒスタン共和国と魔王国が少しでも協力できることがないか、それを模索していたのである。

 経済交流は絶対に戦争を抑止するものではないことをヴァヴェルは知っていた。

 第一次世界大戦前にも経済交流があるから戦争は起きないと言われていたし、第二次世界大戦前の日本もアメリカからものを輸入していたのに真珠湾を攻撃した。

 だが、全く経済交流がないよりも効果があることも彼は知っている。


「我々はそのような農家にトラックを輸出したい。我が国は自動車化(モータリゼーション)で物流が盛んになり、地方都市も栄えるようなった。自動車化(モータリゼーション)は様々な世界を結びつけるものだ」


 ヴァヴェルはそう記者に語る。


「それに魔王国製のトラックは頑丈だ。オークが運転しても壊れないのだから」


 そこで記者たちから笑い声が漏れる。嘲笑するものではなく、冗談に対する笑いだ。


「陛下。大勢の市民が歓迎の声を上げているのをどう思われましたか?」


 記者たちはまずは無難な質問をしていく。

 恐らくそこには一種のレヒスタン政府の情報統制があるのだろうとヴァヴェルは思っていた。

 無礼な質問をしてヴァヴェルを怒らせてしまえば、現在進んでいる経済交流協定は不可侵条約の締結に影響が生じる。


「とても嬉しく思ったよ。同時に我が国にもしオストロフスキ大統領やレヴァンドフスキ首相が魔王国を訪れるならば、同様の歓迎をしなければと思っているところだ。魔族たちもきっとあなた方の指導者を丁重に出迎えるだろう」


 にこりと笑ってヴァヴェルはそう答えるのに記者たちは少しざわめいた。

 魔王国は謎に包まれた国家であり、外国からの要人を出迎えたことは少ない。

 しかし、ヴァヴェルは将来的にそれがあり得ることを示唆したのだ。


「陛下!」


 ここで若い記者が手を挙げた。


「リヴィル地方についての意見をお聞きしたい! リヴィル地方は今も魔王国のものであるとお考えか?」


 記者がそう質問するのに会場は大きくざわめき、警備に配置されているレヒスタン警察がとんでもない質問をした記者をつまみ出そうと急ぐ。


「お答えしよう」


 だが、ヴァヴェルはその動きを手で制し、ゆっくりと語り始めた。


「私は今もリヴィル地方は魔王国の歴史的な領土であると思っている」


 ヴァヴェルのその言葉に記者たちが息を飲む。

 下手をすればこれまでの友好ムードが一瞬で霧散するかもしれない危険な発言だ。


「だが、私は土地よりも民を重んじる。我が国の民だけではない。レヒスタンの民のことも私は重んじている」


 慎重に言葉を選んでヴァヴェルは発言していく。


「ゆえに私が魔王である限りリヴィル地方を得るために流血が伴うことは許容しないとお約束しよう。これで納得していただけたかな?」


 ヴァヴェルはそう言って質問をした若い記者を見る。

 記者は小さく頷き、ヴァヴェルの発言を一語一句漏らさず書き取った。


「さて、他に何か質問は?」


 ヴァヴェルはそう言って記者たちを見渡すが、彼らはもう満足したようだ。

 今ので明日の朝刊の見出しになるニュースは決まったのだから当然だろう。



 * * * *



「陛下。あのようなお約束をされてよかったのですか?」


 エレーナは迎賓館の部屋でヴァヴェルにそう尋ねる。

 迎賓館の部屋は国家保安委員会(CSS)から派遣された人狼とレヒスタン警察の警官たちによって警備されており、盗聴などの心配がないことは国家保安委員会(CSS)の技術将校が確認している。


「ああ。嘘をついたつもりはない」


「しかし……」


「気持ちはわかる、エレーナ。故郷が奪われたままだというのは辛いだろう」


 ヴァヴェルは慰めるような口調でそういう。


「だが、今は人間しか暮らしていないレヒスタン共和国が魔族を受け入れ始めたら、事情は変わる。リヴィル地方は武力と流血によって奪わずとも、書類にサインするだけで行き来できる土地になるだろう」


 このヴァヴェルのいうことの難しさについて説明しよう。

 まず人類国家側は魔族を大使などの外交使節を除いて受け入れていない。

 そして、魔王国側も国外旅行を自由化しておらず、国家保安委員会(CSS)の許可などが必要になる。

 つまり受け入れ側も、送り出す方も魔族の移動を制限しているのだ。

 その状況を変えなければヴァヴェルの語ることは実現しえないのだが……。


「今はまだお互いの理解が進んでいない。だからこそ友好が必要なのだ」


 人類と魔族の相互理解が進み、昔からの迷信ような価値観が崩れれば、もしかしたら魔族が自由にリヴィル地方を旅行したり、定住したりすることができるようになるかもしれなかった。


「分かりました。陛下の仰ることを信じます。陛下は私を救ってくださいましたから」


「ありがとう、エレーナ。その信頼には応えるつもりだ」


 エレーナがそう言って微笑むのにヴァヴェルの笑い返した。



 * * * *



 ヴァヴェルのレヒスタン訪問4日目にして最終日。


 彼はレヒスタン軍の軍人が埋葬される軍人墓地を訪れていた。

 その墓地に眠る人間の中には魔王軍との戦いで死んだ者もいるし、それとは関係なくアルトライヒ帝国やヴァラキア王国との戦争で死んだ者もいる。

 彼らに敬意を示すためにヴァヴェルは最終日にこの地を訪問することを選んだ。


 ヴァヴェルを乗せたVIP用車両はレヒスタン警察のオートバイに護衛されて軍人墓地に入った。

 国家保安委員会(CSS)の警備要員も別の車両で先に現地入りし、爆発物など何かしら不審な点がないかを確認している。


 しかし、事件は起きた。


 ヴァヴェルがVIP用の車両を降りたときだ。

 突然銃声が響いた。


「陛下!」


 国家保安委員会(CSS)の警備要員がすぐさまヴァヴェルの周りに立ち、そのうちひとりが肩に銃弾を受けた。


「そいつだ! 取り押さえろ!」


 よりによって発砲したのは警備に当たっていたレヒスタン警察の人間であった。

 その人物は38口径のリボルバーをヴァヴェルの方に向けてもう一度引き金を引こうとし、人狼の警備要員によって取り押さえられた。


「レヒスタン共和国万歳! 我々は魔族には騙されないぞ!」


 取り押さえられた人間はそう叫ぶ。

 すぐにその人物の下にレヒスタン警察もやってきた。

 レヒスタン警察の人間は皆が顔を青ざめさせている。

 彼らは警備に穴が開いてたどころか、身内から暗殺未遂犯を出してしまったのだ。


「陛下。迎賓館にお戻りください。安全が確認できません」


「すまないが献花だけはやらせてくれ」


「……畏まりました」


 国家保安委員会(CSS)から派遣されていた人狼が警告するが、ヴァヴェルはそう押し切って祈りとともに献花を行った。


 このとき起きた暗殺未遂事件の調査はレヒスタン警察に委ねられることになる。

 誰がこの暗殺未遂の裏側にいるのか……。


……………………

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