歴史ある都市にて
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──歴史ある都市にて
チェルノワ大使がレヒスタン共和国のマズール外務大臣と面会したのは、本国からの命令が出された翌日のことだった。
チェルノワ大使はもっと待たされるかと思ったが、マズール外務大臣は魔王国が何を提案しに来たか不安で早急に彼女に会うことにしたのだ。
「この度はこうして面会の場を設けていただきありがとうございます」
「我が国も魔王国の動向には注目しておりますのでね」
チェルノワ大使が丁重に挨拶するのにマズール外務大臣はじろりと彼女を見た。
マズール外務大臣は老齢の男性で、このレヒスタン第二共和国が成立したときからの外交官であった。
経験豊富な外交官である彼は魔王国についてもある程度理解しているつもりだった。
そう、彼らの蛮族染みた攻撃性について。
「我が国はレヒスタン共和国との共存を望んでいます」
チェルノワ大使はそう言い、魔王国が準備している友好のための外交カードを示し始めた。
「我が国とあなた方レヒスタン共和国との経済交流をのため、我が国は国境の一部を開放する準備があります。我が国がレヒスタンの豊富な農作物を輸入し、石油などの資源やトラックなどの重工業製品を輸出することで両国が互恵関係を築けるものと確信しておりますが、いかがでしょう?」
チェルノワ大使の申し出はマズール外務大臣にとって意外であったし、同時に魅力的なものであった。
レヒスタン共和国は国の産業のほとんどが未だに一次産業である農業であり、工業化は遅れていると言わざるを得なかった。
もし、魔王国との経済交流が始まり、農作物を輸出することで工業化に必要な資源と機材が手に入れば……この国は大きく発展するだろう。
しかし、これだけ上手い話を突然魔王国が提案してくるのが怪しいことも事実だ。
マズール外務大臣は申し出に即答せず、熟慮する姿勢を見せた。
「しかし、貴国は暴力でルオタニア共和国を襲い、彼らから領土を奪った」
「ええ。それを恥じるつもりはありません。そもそもの戦争の発端はルオタニア側からの攻撃です。我々は自衛措置を講じたにすぎません」
「では、お聞きしますがリヴィル地方について貴国はどうお考えか?」
鋭く目を光らせてマズール外務大臣がチェルノワ大使を見る。
リヴィル地方は魔王国の内戦のどさくさにレヒスタン共和国が奪ったものだ。
奪ったと言ってもこの土地の所有は有史以来、人類と魔族が奪い合ってきたとちであり、レヒスタン共和国が所有することに歴史的根拠がないわけではない。
だが、それと同様の経緯でルオタニア共和国の領土であったサルミヤルヴィ地方は魔王国から攻撃を受けて奪われている。
それにである。リヴィル地方はサルミヤルヴィ地方とは違ってすでに大勢のレヒスタン人が居住しており、農業を中心とした産業が展開されている。
もうレヒスタン共和国はここを手放すわけにはいかないのだ。
「我々はリヴィル地方の領有権を今も主張しています」
チェルノワ大使の言葉にマズール外務大臣は警戒の色を浮かべた。
「ですが、武力によって問題を解決するつもりはありません。この問題は話し合いで解決すべきでしょう。その点は本国も同意しています」
本国からの指令にはリヴィル地方の所有権は主張していいが、武力による解決はほのめかすなと厳命されていた。
「ふむ。貴国は随分と変わったように思える」
マズール外務大臣は素直にそう思ったことを口にした。
以前の魔王国であれば威圧的にリヴィル地方を返還しなければ軍事行動をとると脅してきただろう。
それがどうだろうか。そのような恫喝の文句はひとつもなく、少なくとも話し合いの姿勢を見せている。
「ええ。我々も変わらなければならないと思っているのです」
チェルノワ大使はそう言って出された紅茶に口を付けた。
「もし、そちらが望まれるのならば魔王陛下がヴァルシャを訪問することもできます。そこで正式に経済交流について話し合うのはいかがでしょうか?」
「ほう。魔王が我々の首都に?」
「ええ」
マズール外務大臣はチェルノワ大使の申し出に再び考え込んだ。
魔王は滅多なことでは国外に出ないと聞いている。
それは魔王の身の安全のためであるし、また魔王国の政治構造によるものであった。
政治構造の問題とは魔王という独裁者が不在になると国が回らなくなってしまうか、留守中にクーデターが起きる可能性があるということだ。
そんな魔王がわざわざレヒスタン共和国までやってくることを約束すると言うのは、チェルノワ大使が言っている経済交流の言うのは全くの出まかせというだけでもなさそうだとマズール外務大臣は感じた。
「それは素晴らしいことですな。一度持ち帰って検討しても?」
「ぜひ」
マズール外務大臣はこの経済交流と魔王のヴァルシャ訪問をレヴァンドフスキ首相に相談することにした。
彼らが結論を出したのは7日後で、経済交流の実現に向けた話し合いと魔王ヴァヴェルの訪問を歓迎するとチェルノワ大使に伝えたのだった。
* * * *
ヴァヴェルを乗せた魔王空軍の専用機はヴァルシャの空港に降り立った。
タラップが機体に設置されると空軍将校が扉を開き機内のヴァヴェルに敬礼。
それからヴァヴェルはゆっくりと専用機の中から姿を見せ、出迎えに集まったレヒスタン共和国の人間たちを見渡して笑みを浮かべて見せる。
レヒスタン共和国は歓迎ムードであった。
レヒスタン陸軍の儀仗隊がずらりと整列し、赤絨毯がこれからヴァヴェルを乗せることになるVIP用の車両まで伸びている。
その赤絨毯の上で待つのはレヒスタン共和国大統領のオストロフスキとその妻だ。
「ようこそ、ヴァヴェル王。レヒスタン共和国へ」
オストロフスキ大統領は柔和な笑みを浮かべて、タラップを降りてきたヴァヴェルを歓迎し、握手を求めて手を差し出す。
「出迎えに感謝します、オストロフスキ大統領」
その手をヴァヴェルが握ると集まった報道陣が一斉にカメラのフラッシュを炊く。
これは歴史的な瞬間であった。
これまでいがみ合ってきた人間と魔族の融和の先駆けとなる瞬間であり、東から常に魔王国に脅かされて来たレヒスタン共和国にとって歴史の転換点となる瞬間だった。
ヴァヴェルとエレーナは同じVIP用の黒い車両に乗り込み、それに続く経済評議会議長をはじめとする経済交流団もあとから来た車両に乗り込んだ。
今回の目的は魔王国とレヒスタン共和国の経済交流に関する話し合いと魔王ヴァヴェルとレヴァンドフスキ首相の会談である。
さて、レヒスタン第二共和国は当初は大統領制として大統領が強力な権限を持つ国家だったが、その後の改革で首相と議会の権力が増す議院内閣制が採用され、大統領は国家元首として象徴的なものにとどまることになった。
そのため歓迎にはオストロフスキ大統領が現れたが、実際にヴァヴェルの相手をするのはレヴァンドフスキ首相だ。
「エレーナ。不満そうだな」
ヴァヴェルは今日のエレーナが少しばかり無口で無表情なのに気づいた。
「私はリヴィル地方の生まれですから」
「……ああ。そうだったな……」
エレーナはレヒスタン共和国に祖国を追われた魔族のひとりだ。
レヒスタン共和国には決していい印象を持っていない。
「だが、ここの来た目的は友好のためだ。これからお前のような不幸になる魔族を出さないために我々はこの国との友好関係を築かなければならない」
「分かっています。こんな暗い顔してたらダメですよね」
「ああ。元気を出してくれ」
ヴァヴェルはそうエレーナに笑いかけ、エレーナもぎこちなく笑った。
ヴァヴェルのレヒスタン訪問には多くの人間が動いた。
リュドミラの国家保安委員会はレヒスタン国内での不穏な動きがないかを把握し、さらにはヴァヴェルの留守中に軍が勝手に動かないように目を光らせている。
モロゾヴァ外務大臣も訪問の日程調整や警備計画などでレヒスタン外務省と何度の折衝しあった。
そのうえでこのヴァヴェルのレヒスタン訪問はなされたのだ。
ヴァヴェルは初日はレヴァンドフスキ首相と会談し、その翌日はレヒスタン共和国議会で挨拶することになっている。
そこからはレヒスタン国内をいろいろと案内される合計4日の日程が組まれていた。
ヴァヴェルたちを乗せた車両はレヒスタン警察のオートバイに護衛されながら、首都ヴァルシャの首相官邸に向かう。
このヴァルシャは歴史ある都市であり、古い町並みが多く残っている。
内戦で多くの歴史的な建造物が失われた魔王国とは異なる街並みに、ヴァヴェルは車両の中からじっとそれを見つめる。
できることならばこの街を戦場にはしたくないものだと思いながら。
「陛下。到着いたしました。首相官邸です」
「ありがとう」
レヒスタン人の運転手が車を止めてそう言い、ヴァヴェルは車を降りた。
彼の前に古いが美しい建造物がそびえていた。
ここがレヒスタン共和国の首相官邸だ。
「ようこそ、レヒスタン共和国へ。どうぞ中にお入りください」
そしてそこでヴァヴェルたちを出迎えたのはレヴァンドフスキ首相だった。
歴史的な会談に相応しいだけの報道陣がこの場にはカメラを構えて並んでいる。
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