外交努力
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──外交努力
ヴァヴェルの今日の午前中の予定は国家保安委員会から国内外の状況について報告を受けることだった。
いつものようにエレーナとの朝食を終えたヴァヴェルはリュドミラと数名の国家保安委員会の将校たちを執務室に招いた。
「国内の情勢ですが、先に併合したサルミヤルヴィ地方とアークティラにてルオタニア軍が支援していると思しき抵抗運動の活動が確認されています。我々は軍と協力してこれを鎮圧中です」
「ふむ。アークティラからは市民が退去したが、サルミヤルヴィ地方にはまだまだルオタニア人が残っていると聞く。彼らの扱いには慎重になりたい」
リュドミラの報告にヴァヴェルがそう言う。
「占領地をモデルに我々が人類と共存しえることを示したいのだ。我々は恐れられるだけでは、これから存続していくことはできない」
ヴァヴェルはルオタニア戦争において武力で魔王国の立場を示した。
魔王国は決して侮れない国家であるということを示したのだ。
だが、同時に彼にはもうひとつの考えがあった。
それは魔王国と魔族は恐ろしい人類の敵という従来の考えを払拭するための、宣伝工作を行うということだ。
「決してサルミヤルヴィ地方のルオタニア人を過度に弾圧せず、魔王国の一員として組み込みたい。できるか?」
「ご命令とあらば努力いたします」
「うむ。では、命じよう。頼むぞ」
魔王国には多種多様な魔族が暮らす。
そこに人間も加わり、それが成立するならば諸外国が過度に魔王国を恐れる必要もなくなるだろう。
そのことにヴァヴェルは期待していた。
「国外についてですが、やはり緊張状態と思われます。国家保安委員会の諜報にアルトライヒ軍の情報が極めて限定的にしか入らなくなって1か月が過ぎています。政財界の動向を見ると軍需関係の企業に大きな動きが見られるところからも、彼らが戦争を準備している可能性は極めて高いものです」
国家保安委員会と陸軍参謀本部情報総局のスミルノフ少将が密会してから1か月が過ぎたが、やはりアルトライヒ軍に立てていた聞き耳からは何も聞こえなくなっていた。
「汎人類条約機構からの先制攻撃の可能性があると?」
「あるいはアルトライヒ帝国単独での攻撃です」
「それは難しいだろう。我が国とアルトライヒ帝国の間にはレヒスタン共和国が存在している」
西のアルトライヒ帝国と東の魔王国の間にレヒスタン共和国が位置していることは前にも記した。
当然、アルトライヒ帝国が魔王国に対する軍事作戦を展開するならば、レヒスタン共和国の領内を通過しなければならない。
それを飛び越そうと言うならば冬は凍結してしまう琥珀海から上陸作戦を仕掛けるしかないのだ。
「地上軍の侵攻が伴わない爆撃のみの可能性もあります」
「その場合、目標となるのは?」
「ネヴァグラードやセヴァストラの艦隊や造船施設。あるいはバクラトの油田などの資源地帯でしょう。内陸部に深く入り込む目標は避けるはずです」
爆撃のみで地上軍を侵攻させないというのは、この世界ではあまり見ない形の戦争であるが現状地上軍が越境不可能であると考えるならば、軍事攻撃として考えられるのはこれぐらいであった。
「ふむ……」
ヴァヴェルは考え込む。
大規模な軍事作戦の最初の攻撃として港湾施設を襲撃し、艦隊を無力化するというのはヴァヴェルにも分かる。
かつて彼の祖国であった日本も真珠湾を奇襲攻撃している。
だが、最初の爆撃のみで終わり、地上軍の侵攻も何もないというのは考えにくい。
「もしかするとレヒスタン共和国が秘密裏に領内通過を許可しているのか──あるいはレヒスタン共和国も攻撃に加わるのではないか?」
ヴァヴェルは想定するならば最悪を想定すべきと考えていた。
そして、今の状況での最悪というのはレヒスタン共和国がアルトライヒ軍を通過させるということであった。
「しかし、それではレヒスタン共和国が汎人類条約機構において攻守同盟を否定し、防衛同盟にしたことと矛盾してしまいます」
「ルオタニア戦争で我々が野心を見せたことで、レヒスタン共和国は我が国を必要以上に恐れるようになったのかもしれない。だが、どうあれ我々とアルトライヒ帝国が交戦するならば、レヒスタン共和国かヴァラキア王国は参戦するはずだ」
そうでなければアルトライヒ帝国はまともな軍事行動はできないとヴァヴェル。
「この最悪の事態を防ぐには軍事力だけで恫喝するのは逆効果だろう。我々は外交努力をすべきなのかもしれない」
魔王軍の軍事力による侵攻を恐れてアルトライヒ帝国の側についたであろうレヒスタン共和国とヴァラキア王国を軍事力を持って恫喝するのは無意味だ。
彼らをなだめるには恫喝ではなく、説得という搦め手を使わなければならない。
「あとでモロゾヴァ外務大臣と会って話をする。国家保安委員会は引き続きアルトライヒ帝国についての情報収集と外交作戦への支援を頼む」
「畏まりました、陛下」
* * * *
レヒスタン共和国内に魔王国は一応大使館を置いている。
それはレヒスタン共和国の首都ヴァルシャの一角にある小さな建物で、数名の大使館員が勤務していた。
「チェルノワ大使閣下。本国からの暗号通信の解読が終わりました。どうぞ」
大使館員がそう言って文章を手渡すのはゾーヤ・セルゲーエヴナ・チェルノワ大使。
彼女は夢魔の女性で、夢魔の多くがそうであるように美しく、女性的な魅力的な外見をしている。
「ありがとう」
美しいブロンドの髪を編んでまとめ、桃色の怪しく輝く瞳を持った彼女が微笑むと誰であろうとドキリとするものだ。
魔王国の外交官に夢魔が多いのは彼女たちが人間を操る手段に秀でているからという理由があった。
威圧的な人狼や吸血鬼と違って彼女たちは人に親愛の情を抱かせる。
その美貌と巧みな言葉遣いで攻められては、男性が多い人類国家の外交官は丸め込まれてしまうというものだ。
「ふむ。本国はレヒスタン共和国との関係改善を目指せ、と」
本国から暗号通信で送られて来たのは、新しい魔王国の外交方針のもとに発令された命令であった。
内容はレヒスタン共和国を現在のアルトライヒ帝国寄りの状態から、可能な限り中立にすることを目標としたものだ。
その大きな目標のためにチェルノワ大使に与えられる外交カードもそれなりに充実していた。
経済交流の活発かや軍同士の相互理解のための会談の場の設置、それにレヒスタン共和国大統領イェジ・オストロフスキと魔王ヴァヴェルの直接会談などなど。
「本国も急な方針転換になりましたな」
「そうですね。これでは外交方針がぶれていると思われても仕方ないのですが」
ルオタニア戦争では人類国家との明確な対立を示しながらも、今度は唐突に融和を示すような本国の方針転換にチェルノワ大使と大使館員は戸惑う。
しかも本国はレヒスタン共和国との友好は目指すが、先のルオタニア戦争で得た軍事的優位については示し続けろと言っている。若干、支離滅裂だ。
軍事的な恫喝を行うのならばそれを徹底すればいいだろうに、ここにきて外交での融和を目指したのには何があるのだろうかとチェルノワ大使は考え込んだ。
彼女が疑問に思うのも無理はない。
本国からの通信にはアルトライヒ帝国に怪しい動きがあることやレヒスタン共和国が軍の通行許可を出しているのかもしれないという本国が持っている情報は一切記されていないのだから。
というのも、ヴァヴェルは常に暗号通信が傍受され、解読されている可能性を恐れていた。
魔王国はエニグマ暗号に似た暗号を利用している。
これは組み合わせが天文学的な非常に高度な暗号であり魔王国ではそれを解読することは不可能だと思われていた。
しかし、ヴァヴェルは知っている。
第二次世界大戦においてナチス・ドイツのエニグマ暗号がイギリスに解読されていたという事実を。
今世紀中に絶対解読不可能な暗号を作るのは不可能だとヴァヴェルは見ていた。
魔王国科学アカデミーではヴァヴェルの指示で初期のコンピューターが建造されつつあり、それを使ってもし魔王国の暗号が解読できればヴァヴェルの心配が杞憂ではないと証明される。
これから人類国家がコンピューターを開発すれば、それによって魔王軍の暗号は解読されるのだ。
いや。ヴァヴェルはすでに人類国家がコンピューターを実用化し、暗号解読に利用している可能性すら恐れていた。
だから、各国にいる外交官に本国の得ている情報が十分に通達されていないのだ。
魔王国がアルトライヒ帝国を警戒していることがばれれば、アルトライヒ帝国内にいる国家保安委員会や陸軍参謀本部情報総局の工作員を危険にさらすことになってしまう。
「カジミェシュ・マズール外務大臣に面会を申し込んでください。事情は分かりませんが祖国はこのレヒスタン共和国との友情と平和を求めています」
「畏まりました、閣下」
何はともあれ指示は下された。
チェルノワ大使はそれを忠実に果たすのみだ。
彼女はレヒスタン共和国のカウンターパートであるマズール外務大臣に面会を申し込み、夢魔としての魅力を生かして外交交渉に臨むことになる。
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