講和交渉
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──講和交渉
王都バビロンの大本営はルオタニア軍が一時反撃に出たとの知らせを受けて動揺していたが、ザイツェフ上級大将より無事に反撃は粉砕し、再び首都ノルトハーヴンを目指して前進中であるとの報告を受けて安堵していた。
「しかしながら、敵はゲリラ戦に転じており予定通り7日でノルトハーヴンが陥落する可能性はかなり怪しくなっております」
ジューコフ元帥はカッリオ戦闘団撃退のニュースの次にそう述べて着席。
「ノルトハーヴンを落とすことには慎重になりたい」
ヴァヴェルはそこでそう言いだした。
「無論、今も進軍する軍に止まれとは言わない。だが、敵はノルトハーヴンが落ちたことで降伏するのか、それとも過激化してより一層のゲリラ戦に転じるのかを早急に見極めたいのだ」
ヴァヴェルはルオタニア共和国との戦争が長期化する可能性を恐れていた。
現在のルオタニア軍はゲリラとして強硬に抵抗しえる条件を満たしている。
それは広大な国土と国外からの支援という条件だ。
ルオタニア軍はブリタニア連合王国・ルミエール共和国・アルトライヒ帝国から軍事支援を受けている。
武器弾薬があり、それを使って戦う人間が存在する限りゲリラ戦は終わらない。
事実、ヴァヴェルの知るベトナム戦争がそうであった。
ベトナムはソ連と中国からの支援を受けて武器弾薬を供給され、さらにはソ連・中国領内で訓練施設を設置するなどして聖域を有していた。
ルオタニア軍も恐らくは供与された戦闘機などの訓練を国外で受けているとヴァヴェルは見ていたし、それは当たっている。
ヴァヴェルにはルオタニア共和国を滅ぼし、その全土を征服する意図はない。
まずは人類国家に対して宣伝したいのだ。『魔王国は決してひと蹴りして倒れる腐った納屋でなどではない』と。
ゆえに戦争が長期化し、いつまでも兵力をルオタニア共和国に展開しなければならなくなるのは困るのだ。
魔王軍の西部にはルオタニア共和国との国境以外にも守らなければならない国境線はあり、いつ人類国家がその国境を越境してくるのか分からないこともある。
副次的な目標として人類国家との緩衝地帯としてサルミヤルヴィ地方を入手したいという意図はあったが、すでにそのサルミヤルヴィ地方はほぼ魔王軍が征服している。
これ以上戦争を長期化させる必要はない。
「ですが、陛下。講和交渉のためにはノルトハーヴンを奪取したという戦果があった方がいいのでは?」
「いや。逆に交渉に支障が生じる可能性もある。ノルトハーヴンが落ちる前には交渉をまとめたい」
政府首脳部が首都陥落の際に死傷すれば、講和交渉の交渉相手がいなくなってしまう可能性もあった。
そうでなくとも通信などに影響があれば、第三国で交渉を打診している外務省の努力が無意味なものになってしまう。
「しかし、陛下。保証はできませんぞ。今も軍は前進中です」
「分かっている。軍事上、必要な措置を妨害するつもりはない。これからも最善を尽くしてくれ」
「畏まりました」
軍への過度な干渉に懸念を示すジューコフ元帥を安心させて、ヴァヴェルはモロゾヴァ外務大臣の方を見る。
「迅速に交渉を纏めてくれ。我々の要求はサルミヤルヴィ地方とアークティラの割譲だけだ。いいか?」
「はい、陛下。すでにルオタニア共和国とはアルペニア連邦で接触しております。アルペニア連邦には我々の大使館もありますので」
アルペニア連邦は大陸真ん中を横たわる山脈に抱かれた永世中立国だ。
彼らは魔王国に対しても中立に、そして差別なく大使を受け入れていた。
そこで魔王国はルオタニア共和国との交渉を開始している。
「軍事的勝利と外交的勝利のふたつがなされて初めて我々は勝利できる」
ヴァヴェルは大本営の列席者たちにそう述べた。
* * * *
ルオタニア共和国の駐アルペニア連邦大使であるリスト・ペルトネンは忌々しげに目の前の女性を見ていた。
「では、そちらの要求を聞きましょう」
前の前には魔王国の駐アルペニア連邦大使であり夢魔であるイリーナ・ボリソヴナ・レーベデヴァがいた。
美しい女性外見をした大使は少しばかり申し訳なさそうに微笑んで見せる。
「貴国にとってこれが苦しい選択になることは分かっています。ですが、その上でも要求しなければなりません」
レーベデヴァ大使の言葉に余裕ぶりやがってとペルトネン大使は内心で悪態をつく。
祖国ルオタニア共和国から魔王軍が首都ノルトハーヴンに迫っており、一刻も早い講和が必要だということは聞かされていた。
もはや軍事的に祖国はほぼ完全に敗北した状況であるとも。
リンドホルム・ラインが予想以上に素早く突破され、さらにはその前にアークティラが陥落している。
このままノルトハーヴンまで陥落すれば、いよいよノルドリク王国が軍事物資の通貨を許可しなくなるだろう。
そうなれば祖国は平和が得られる前に力尽きる。
リンドホルム元帥も軍がまだ力のあるうちに講和しなければ無条件降伏になるだろうと警告しており、その重責はペルトネン大使の肩にずっしりとのしかかっていた。
「我々の要求はこちらに」
レーベデヴァ大使はペルトネン大使に書類を手渡す。
事前にルオタニア語に翻訳されてタイプされたそれをペルトネン大使は受け取り、その内容を読んでいくと思わずため息が出た。
「これを受け入れろと」
「そうしなければ軍はノルトハーヴンに乗り込むと言っています」
書類にはサルミヤルヴィ地方とアークティラの割譲が要求されていた。
サルミヤルヴィ地方は確かに魔王国の内戦に乗じて奪ったものだが、歴史的に全くルオタニア共和国に縁もゆかりもない土地だったわけでもない。
それにアークティラはこれこそルオタニア共和国の歴史的な固有の領土だ。
アークティラはルオタニア共和国の人間が建造し、発展させてきたのだから。
そしてアークティアを失えばルオタニア共和国は北極海への出口を失うことになる。
「分かりました。本国に打電しましょう」
「ぜひとも受け入れるように説得をお願いします。我々としてもこれ以上の戦争の犠牲者が出ることは望んでいないのです」
ふむとペルトネン大使は考える。
魔王国は、少なくとも目の前の夢魔の大使はどういうわけかノルトハーヴンに乗り込む前に戦争を終わらせたがっている。
もしかすると連中は何かしらの問題を抱えているのではないだろうか?
いや。それはあり得ない。
現に軍が大損害を出していて、ノルトハーヴンを守り切れないと言っているのだ。
何かあるにせよ魔王国内のことであり、講和条件をはねつければ連中は宣言したとおりにノルトハーヴンに乗り込み、破壊の限りを尽くすだろう。
「確かにお伝えしましょう。では、今日はこの辺でお引き取りください」
祖国には平和が必要だ。それがいくら苦かろうと。
* * * *
ルオタニア共和国のコルホネン大統領は沈痛な面持ちでアルペニア連邦から打電された魔王軍の要求について読んでいた。
「リンドホルム元帥。本当にもう我々は戦えないのか?」
サルミヤルヴィ地方とアークティラの割譲はコルホネン大統領にとって重々しいものであった。
祖国が、先祖たちが培った歴史がたったひとつの戦争で否定されてしまうのだから。
「まだ戦うことはできます、閣下」
「では」
「ですが、勝てはしません。軍を全滅させることになります。そうなれば魔王軍はノルトハーヴンを制圧し、さらに苛烈な要求を突きつけてくるでしょう。それどころかこの国の今ある政府を打倒して自分たちの傀儡政権を作りかねません」
リンドホルム元帥は静かに告げる。
「この国にとって最善の選択は軍がまだ存在しているうちに講和することです。未来ある若者たちをこの国はすでに多く犠牲にしました。これ以上の流血は我々にとって無意味であるどころか不名誉なものとなります」
彼はそう言ってコルホネン大統領に講和を飲むように待った。
「……分かった。この条件で魔王軍と講和しよう」
「ご英断に感謝します、閣下。我々も軍使を送り魔王軍に停戦を申し入れます」
こうしてルオタニア共和国首脳部は講和に同意した。
ルオタニア軍は前線の魔王軍に軍使を送り、講和交渉を受け入れることとそのために休戦を行うことを申し入れ、北西方面軍司令官のザイツェフ上級大将がそれを受諾した。
そのとき魔王軍は多くの損害を出しながらもノルトハーヴンに確実に迫っており、このまま休戦がなされなければノルトハーヴンは戦火に包まれていただろう状況であった。
「休戦だ!」
ラジオから知らせれたその知らせを聞いた人間は大勢いた。
「休戦か……」
「俺たちの祖国はどうなっちまうんです、中尉殿……?」
「分からん。だが、俺たちはまだ生きている」
リンドホルム・ラインから逃げ延びたマケラ中尉たちは今も前線で遅滞戦闘の準備を進めているところだった。
大量の火炎瓶が準備され、魔王軍の戦車への肉薄攻撃を準備していたときに停戦を知らせるラジオ放送が聞こえ、マケラ中尉の部下たちは唖然としていた。
マケラ中尉はただ戦争がようやく終わったということに安堵している。
唖然としていたのはマケラ中尉の部下たちだけではない。
ヴュルガー軍団のベルクフェルト少佐も休戦を知らせるラジオ放送に信じられないという顔をしていた。
「またノルトハーヴンが落ちたわけでもないのに……」
「魔王軍の宣伝工作では?」
ベルクフェルト少佐の言葉に若い戦車兵がそう尋ねる。
戦車兵の名はハインリヒ・フォーゲル軍曹といった。
「前線の状況を確認させよう。ただし、非武装でだ。休戦が本当なら我々がそれを破るようなことがあってはならない」
「了解です、少佐殿」
それからベルクフェルト少佐は非武装の兵士を前線に送って確認したが、魔王軍は休戦協定を守っているのが確認された。
「なんてことだ。本当に戦争が終わったぞ……」
義勇軍という指揮系統上において不確かな立場のため、友軍であるルオタニア軍がもはや限界であることを知らないベルクフェルト少佐はそう呟いてしまった。
魔王国とルオタニア共和国の戦争は、魔王国が当初予定したよりも僅かに時間を超過したものの、終結に向かいつつあった。
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