カッリオ戦闘団の奮闘
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──カッリオ戦闘団の奮闘
「魔王軍め。勝ったと思ってやがったな」
ルオタニア陸軍のトイヴォ・カッリオ中佐は乗り捨てられた魔王軍のA-26軽戦車を見てそう呟く。
戦車の中からは砲弾の代わりにウォッカのボトルが積まれているものがあった。部下たちがそれを見つけて嬉々として回収している。
「ウォッカだけではなく修理できる車両は修理して回収しろ! 後方に送るんだ!」
カッリオ中佐は部下たちにそう命じる。
1台でも戦車が欲しいルオタニア軍にとっては鹵獲車両も貴重な戦力だ。
カッリオ中佐がそのような車両の回収を指示しているとき、黒い戦車兵の軍服を着た男がやってきた。
その軍服はルオタニア軍のそれではない。
「中佐。敵は撤退している。追撃すべきだ」
「ベルクフェルト少佐。助言には感謝するが、これは我々の戦争だ。そして、我々には我々のやり方がある」
黒い軍服の将校はアントン・ベルクフェルト少佐。
アルトライヒ帝国から派遣された義勇兵のひとりで、カッリオ戦闘団にて戦車中隊を指揮していた。
「しかし、ここで敵を逃せば君たちの首都ノルトハーヴンを救うことはできなくなるかもしれないぞ」
「まだ歩兵も十分に追いついていない。火砲だってまだだ。こんな状況で敵を深追いしたくはない」
カッリオ戦闘団は1個歩兵大隊を中核にした諸兵科連合だ。
旧式ながら口径75ミリ榴弾砲を装備した砲兵とベルクフェルト少佐が指揮する戦車中隊を含み、魔王軍への限定的な反撃に臨んでいた。
だが、今現在魔王軍を撤退に追い込んだ位置にいるのベルクフェルト少佐の戦車中隊にタンクデサントしてやってきた歩兵1個中隊だけで、残るはまだまだ後方にいる。
この状況で反撃のために前進し続けることをカッリオ中佐は拒んだ。
「敵は混乱している。この混乱を拡大させれば時間は稼げる」
「そんな賭けをして部下を失いたくない。少佐、議論は終わりだ」
カッリオ中佐はベルクフェルト少佐にそう言い、部下たちに友軍が到着するまでに塹壕を掘るように命じた。
ベルクフェルト少佐はため息をつくと彼の部下の下に戻る。
「どうでした、少佐?」
「全く戦車戦というものを理解していない。話にならんよ」
部下の問いにベルクフェルト少佐は首を横に振る。
「これからの戦いで機動力が重要だと言うのを理解している人間が少なすぎる」
ベルクフェルト少佐が今回ヴュルガー軍団に加わったのはアルトライヒ帝国製の戦車の性能を試すためだけではなく、戦車を含めた陸戦の新しいドクトリン開発のためでもあった。
現在、アルトライヒ帝国では砲兵出身のヨハネス・クレッチマー元帥が陸軍参謀総長を務めており、砲兵戦力の充実が図られていた。
しかし、それに対抗するようにしてカール・シュナイダー少将という若い将官が、戦車戦力の増強を求めていた。
シュナイダー少将はルミエール共和国との間で起きた戦争では前線指揮官と参謀を往復していた人間で、その際に塹壕戦を突破するために開発された戦車に夢中になった口であった。
シュナイダー少将は陸軍内に戦車派閥を作るために『戦車を先頭へ!』という著書を記し、軍の若手将校に配って回った。
曰く、次の戦争の勝敗を分けるのは戦車である。戦車のない軍隊は背骨の抜かれた存在になるであろう。ゆえに敵よりも優れた戦車を開発し、迅速に配備せよ。……ということであった。
しかし、多くの兵器がそうであるように兵器はそれを運用するドクトリンが確立されなければ価値を発揮しない。
シュナイダー少将はその点でも意欲的であった。
彼は戦車が歩兵に合わせるのではなく、歩兵が戦車に合わせるという発想を下にした新しい陸戦の在り方を発明していた。
しかしながら、そのようなシュナイダー少将の意欲はまだ報われていない。
陸軍内で戦車が本当に勝敗を決する兵器であると考えている人間は少なく、仮に戦車が役に立つを考えても戦車を軍の主柱に据えることには懐疑的であった。
古い将軍たちは戦争はやはり歩兵と砲兵によって決すると思っているのだ。
そのようなアルトライヒ陸軍の状況を変えるためにシュナイダー少将はヴュルガー軍団に無理やり自分の子飼いの部下であるベルクフェルト少佐をねじ込み、戦車とともにルオタニア共和国に送り出した。
この戦争で戦車が活躍すれば状況は変わるだろうと信じて。
ベルクフェルト少佐もその目的は知っていたので、シュナイダー少将の率いる戦車派閥の影響力拡大のためにこの戦争で活躍できるようにルオタニア軍と交渉した。
それで今、彼はこうしてカッリオ戦闘団にいるのである。
しかしながら、ベルクフェルト少佐は目的を果たせそうにないと思っていた。
カッリオ中佐は歩兵上がりの指揮官で、何でも歩兵に合わせようとする。
だから、こうして今も魔王軍に一定の打撃を与え、追撃による戦果拡大のチャンスを逃しているのだ。
「上空に敵機!」
不意にそう叫ぶ声が上がり、ベルクフェルト少佐は上空を素早く見上げた。
冬のルオタニアの空に4機の航空機が見えた。黒い星を翼に描いた機体──魔王空軍の急降下爆撃機だ。
「隠れろ!」
ベルクフェルト少佐は叫び、彼らは伏せて戦車の下に隠れる。
それから急降下爆撃機は戦車と歩兵を狙って爆弾を投下していき、落下してきた500キログラム爆弾が地上で次々に炸裂。
ルクス中戦車も被弾して1両が爆発炎上。残るは歩兵に降り注ぎ、負傷者が呻き声をあげて血の海に沈んでいた。
「クソッタレ! 空軍は何してやがる!」
カッリオ中佐は飛び去って行く魔王軍の急降下爆撃機を見て叫んだ。
フライング・ノースは一度は航空優勢を奪ったものの、魔王軍が物量を展開して航空優勢を取り戻した。
魔王軍はカッリオ戦闘団による反撃を大規模な反転攻勢の先駆けであると勘違いし、これを撃退しなければリンドホルム・ラインまで押し返されると誤認していた。
そのため魔王軍はあらゆる兵力を投入して、カッリオ戦闘団に襲い掛かったのだ。
「カッリオ中佐! 我々の位置がばれた。移動しなければ今度はもっと大勢で爆撃してくるぞ」
「分かっている! 塹壕を掘るのをやめろ! 全員戦車に乗れ! 移動だ!」
ベルクフェルト少佐が再びカッリオ中佐に意見具申し、カッリオ中佐は部下たちに再びタンクデサントするように命じた。
「南に移動するぞ。これが最善の策ではないが、このままだと魔王軍の砲兵に吹き飛ばされちまうからな」
負け惜しみのようにカッリオ中佐はベルクフェルト少佐にそう言い、カッリオ中佐たちを乗せた戦車は南に向けて移動する。
つまりは魔王軍が撤退してった方角へと進んだのだ。
意図せずして魔王軍を追撃する形になったカッリオ戦闘団。
彼らが前進してくるのを見て魔王軍は混乱の只中にあった。
「敵は反転攻勢を継続中。大規模な攻勢である可能性大」
魔王軍北西方面軍司令部はそう判断し、ザイツェフ上級大将は一度第7軍と第13軍を下げてから陣地を展開するように命じた。
彼らはカッリオ戦闘団をやはり大攻勢の先鋒であると勘違いし続けており、カッリオ戦闘団の戦車中隊が急速に迫るのにリンドホルム・ラインを超えて前進していた第7軍司令部が慌ててリンドホルム・ラインの後方に逃げ出す有様であった。
しかしながら、魔王軍はただ下がるわけではなかった。
彼らは待っていたのだ。彼らの崇める砲兵が展開するのを。
「中佐殿、前方に敵の塹壕陣地です」
「楽に進めるのはここまでか」
カッリオ中佐は部下からの報告を受けて、呟くようにそう言うと戦車から降りるように部下たちに命じた。
彼らはこれまで撃破された魔王軍の戦車やトラックの脇を通り抜けるだけの前進を行っており、これといった敵の抵抗に出くわしていなかった。
「ベルクフェルト少佐。聞くが、戦車兵ならここからどうする?」
「戦車を前に出して押し進みましね。そして、そのまま敵の後方を食い荒らします」
「なるほど。俺とはとことん考えが合わんな」
おいおい。ここまできて塹壕でも掘るつもりか? とベルクフェルト少佐はカッリオ中佐の言葉に眉間にしわを寄せ、眉をゆがめる。
「前進だ。戦車は歩兵を援護しろ。このまま敵地後方に抜けるぞ」
しかし、違った。カッリオ中佐は一応ベルクフェルト少佐の意見を採用したのだ。
「言っておくが戦車は歩兵の援護だ。勝手に行ってしまうなよ」
「分かっています」
もし、ここでカッリオ戦闘団が魔王軍が作った陣地を突破していれば、戦争はさらに長引いたかもしれない。
だが、そうはならなかったのだ。
集結した魔王軍の砲兵がカッリオ戦闘団を粉砕してしまったのだから。
「! 砲撃だ! 伏せろ!」
砲弾が飛翔する音を聞いたカッリオ中佐が叫び、歩兵たちが一斉に地面に伏せる。
カッリオ戦闘団を目視した塹壕の魔族が砲撃を要請し、魔王軍の砲兵はあらん限りの火砲で砲撃を浴びせた。
砲弾が次々にカッリオ戦闘団の頭上から降り注ぎ、兵士たちを吹き飛ばしていく。
「撤退! 撤退しろ!これ以上は持たん! 急いで──」
カッリオ中佐は副官に向けてそう叫んだが、彼は砲弾によって吹き飛ばされた。
「撤退だ、撤退! 下がれ!」
カッリオ戦闘団は砲撃によって粉砕され、辛うじてベルクフェルト少佐の戦車中隊だけが後方に下がって残る2個中隊と合流した。
しかし、指揮官であるカッリオ中佐を失ったことと魔王軍が大規模な攻撃に出たため、カッリオ戦闘団は解体されて再びルオタニア軍は遅滞戦闘に従事することになる。
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