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戦車戦闘

……………………


 ──戦車戦闘



 魔王陸軍北西方面軍隷下第7軍と第13軍が再編成を終えたのは、リンドホルム・ラインを突破してから2日後のことだった。


 この間にも前線では激しい戦闘が繰り広げられていた。

 ここでもルオタニア軍のスキー部隊が魔王軍を撹乱し、さらにリンドホルム・ラインの付近に身を潜めた狙撃手たちが、魔王軍の将校を主に狙撃していたのだ。


 ルミエール軍は一日でも長く魔王軍の攻勢を遅らせて、ノルトハーヴン防衛のための時間を稼ごうとしていた。


 だが──。


「ザイツェフ上級大将閣下。我々は前進可能になりました」


 そんな流血の中で魔王軍は再編成を終え、次の戦略目標であるノルトハーヴンへの突撃にかかろうとしていた。


「よろしい。万難を排して前進せよ。7日後にはノルトハーヴンだ」


 ザイツェフ上級大将はそう明白に指示を下した。


 魔王軍は前進を始め、ルオタニア軍はその圧力を受け始めた。


 いつものように大規模な砲撃から攻勢は開始された。

 無数の火砲が一斉に火を噴き、ルオタニア軍が築いた第二防衛線に向けて砲弾を降り注がせる。

 その砲撃は前線部隊を粉砕するだけではなく、後方の予備陣地をも叩くものだ。

 魔王軍の前進観測班(FO)は依然として敵地後方に浸透しており、彼らが長距離砲撃を誘導した。


 そして、魔王軍は攻撃発起点から出撃。


 ソコロフスキー大将が見れば相変わらずの徒歩で進む歩兵に合わせたのろのろとした進軍であったが、ザイツェフ上級大将は無理な突撃を指示ていないので仕方がない。


 A-26軽戦車は歩兵に援護されながら楔型の陣形を描いて前進していた。

 この陣形は単純に横一列に並ぶより、お互いの車両が援護しやすいということを魔王軍は学んでいたのだ。

 特にルオタニア軍は戦車を撃破するのに対戦車地雷や火炎瓶で肉薄攻撃を仕掛けてくる。それを撃退するには歩兵との連携だけではなく、戦車同士の連携も必要だ。


 そんな様相で第7軍はリンドホルム・ラインの向こうに広がる湿地帯を進んでいた。

 まだ多くの森が残り、雪が積もった場所を魔王軍は前進する。


「随分と静かだ。敵は撤退したのか?」


 第7軍の先頭を進むA-26軽戦車の車長であり人狼のアルカジー・イサーコヴィチ・レーベデフ中尉はキューポラから身を乗り出して周囲を観察していた。


 敵の塹壕はそろそろのはずなのだが、前線は酷く静かで不気味だ。

 人狼の鼻で獲物の匂いをかぎ取ろうとするが、戦車の匂わせるガソリンの臭いと辺りに立ち込める硝煙の臭いがそれを遮っている。


「車長、あまり身を乗り出さないでくださいよ」


 レーベデフ中尉に砲手の軍曹が渋い顔をしていた。砲手はやはり人狼だ。


「何を言うか。俺がしっかり外を見ておかないと奇襲されてしまうぞ」


 砲手の言葉にレーベデフ中尉は逆に彼をしかりつけた。


 さて、A-26軽戦車はそのやや狭い砲塔に3人の人間がいる。

 戦車の指揮を執る車長、狙いを定めて砲撃を行う砲手、砲弾を込める装填手だ。

 さらに車体には通信手と操縦手がそれぞれ配備された5人乗りである。


 この配置にはヴァヴェルの指示があったとかなかったとか。

 しかし、この配置のおかげで車長は指揮に専念でき、他国の戦車と比べると余裕が生まれていることは事実だ。


「しかし、本当に静かだな……」


 レーベデフ中尉が不穏なものを感じながら、戦車を前進させていたときだ。


 突然砲声が響き、隣を進んでいた友軍車両が爆発した。レーベデフ中尉の戦車にも砲弾がかすめていき、彼は大慌ててハッチの中に身を滑り込ませる。


「敵だ! 方角は正面12時!」


 今度はレーベデフ中尉は車内のキューポラから敵の位置を探った。

 間違いなく敵は正面から撃ってきた。それは確実だが、問題は正面のどこに敵がいるのかである。


 雪に覆われた雪原と森のある林道には一見して何もないように見えるが──。


「いたぞ。対戦車砲じゃない。あれは戦車か……?」


 前方の塹壕から砲塔だけを覗かせていたのは、間違いなく戦車だった。

 白く塗装された戦車が方向をレーベデフ中尉の戦車に向けて発砲し、その際に砲口から炎が噴き出すのがはっきりとレーベデフ中尉に見えた。


「右に曲がれ!」


 レーベデフ中尉はすぐさまインカム越しに指示を飛ばし、戦車は右に急カーブする。敵戦車の放った砲撃は辛うじて回避され、レーベデフ中尉は冷や汗をかく。


「クソ。ルオタニア軍に戦車がいるとは」


 レーベデフ中尉はそう悪態をつくが、正確には彼を狙ってきた戦車はルオタニア軍の戦車ではなかった。


 敵戦車の正体はアルトライヒ帝国の送り込んだ義勇兵──ヴュルガー軍団のルクス中戦車であった。

 ルクス中戦車は口径37ミリ砲を主砲として備えた戦車で、性能だけで言えばA-26軽戦車より車体がやや大きく、僅かに装甲が厚いという違いがある。


「目標前方の敵戦車! 弾種、徹甲弾!」


 レーベデフ中尉は次に敵が撃ってくる前にこちらから攻撃を叩き込もうと砲手と装填手に指示を飛ばす。


 素早く装填手が口径45ミリの徹甲弾を装填し、砲手が狙いを前方の敵戦車に定める。


「撃て!」


 そして砲声が響いた。


 放たれた砲弾はルクス中戦車の正面装甲を貫き、敵戦車は炎上。

 燃える戦車から戦車兵たちが慌てて脱出していくのがレーベデフ中尉に見えた。


「いいぞ。このまま塹壕を制圧する!」


 レーベデフ中尉の戦車に続いて魔王軍の歩兵がルオタニア軍とヴュルガー軍団の塹壕陣地に突撃していく。

 戦車以外の重装備を魔王軍の念入りな攻勢準備射撃で喪失していたルオタニア軍とヴュルガー軍団は塹壕をあっけないほどあっさりと奪われてしまった。


 それもそのはず。今、ルオタニア軍は撤退戦の最中なのだ。

 志願した少数の兵士たちが遅滞戦闘に従事しているが、ルオタニア軍全軍そのものは、ここからさらに後方の陣地に移動していた。


「中尉殿。中隊本部より前進を継続せよとのことです!」


「了解した。前進再開だ」


 レーベデフ中尉の指揮する戦車小隊は1両の損害を出したままに前進を継続。

 戦車は塹壕を乗り越えて進み、歩兵とともに前進していく。


 しかし、とレーベデフ中尉は思う。

 自分を含めた5名の乗員には明らかに不安の色があった。

 原因は先ほどの戦車で間違いないだろう。


 A-26軽戦車はその名の通り軽戦車である。

 装甲は薄いし、火力は低い。機動力はあるものの、歩兵に随伴しているのではその機動力もさっぱり生かせない。


 ルクス中戦車の口径37ミリ砲であっけなく友軍車両が撃破された通り、敵戦車の火力は自分たちを撃破しえる。

 それはこれまで交戦したルオタニア軍の対戦車砲も同じだったが、牽引式の対戦車砲に装甲がないのに対して戦車には装甲が存在する。


 先ほどの交戦では自分たちの火力が敵に通じたが、次も同じように成功する保証はなかった。

 次は貫通できず、敵に反撃を許して撃破されてしまうかもしれない。


 そう考えると彼らにとって戦争はもはや楽な仕事でなくなってしまったのだ。


 レーベデフ中尉の戦車小隊が前進する中で、ルオタニア軍は未だ構築途中の予備陣地の設置するための時間稼ぎのために部分的な攻撃に出ることを決定していた。


 航空優勢をフライング・ノースが一時的に奪取した下で、ルオタニア軍の1個大隊の歩兵がヴュルガー軍団の将兵とともに前進する魔王軍を待ち伏せて奇襲したのちに僅かにでも押し返そうというのだ。


 そのために編成されたトイヴォ・カッリオ中佐指揮するカッリオ戦闘団はすでに配置についていた。


 そのことを知らないレーベデフ中尉たちは前進を進め──襲撃された。


 最初にレーベデフ中尉の戦車小隊を襲ったのは、やはりヴュルガー軍団のルクス中戦車であり、口径37ミリ主砲が彼の部下の車両を屠り、それによって炎上する戦車から友軍が脱出していく。


 しかも今回は敵の方が数が多い。レーベデフ中尉のそばには彼の部下の戦車2両と友軍の戦車6両しかいないのに対して、敵は14両もの戦車を投入している。


「後退、後退! 引け!」


 勝ち目がないと悟ったレーベデフ中尉は撤退を命令し、歩兵の援護の下で後方に下がっていく。

 しかし、敵はそれを追撃し、レーベデフ中尉の戦車も命中弾を浴びた。


「履帯をやられた!」


「脱出しろ!」


 砲撃によって履帯を引きちぎられた戦車からレーベデフ中尉たちは脱出。


 レーベデフ中尉たちは戦車兵に与えられた自衛用の拳銃のみを有して押し返される友軍とともに後方に下がっていった。


 ルオタニア軍の部分的な反撃は魔王軍に動揺を与えている。



 * * * *



「敵が反撃に出ただと?」


 ルオタニア軍の反転攻勢の報告を受けたザイツェフ上級大将はぎょっとした表情を浮かべていた。


「はい、閣下。第7軍の先鋒が大規模な反撃に遭い、撤退を開始しました」


「敵は遅滞戦闘のみに従事しているのではなかったのか?」


「そのはずでしたが……」


 敵は守りの要であったリンドホルム・ラインを喪失し、首都ノルトハーヴンまで遅滞戦闘を繰り返すだけだろうと言うのが、今までの戦況の分析だった。


 しかし、敵は唐突に反撃に出た。

 このことによって魔王軍の中である憶測が生まれる。


「まさかアルトライヒ帝国などが参戦したのではないか?」


 前線ではすでにヴュルガー軍団の装備する戦車などについて報告が上がっており、数名のヴュルガー軍団の将兵も捕虜になっている。

 そのことがアルトライヒ帝国がこの戦争に参戦してきたのではないかという憶測を呼んだのだ。


「それならば大本営から知らせがあるはずです」


「そうだな。敵の反撃がこれから拡大する可能性もあるが、我々は歩みを止めるわけにはゆかない。敵の反撃を徹底して粉砕し、ノルトハーヴンへ進め」


「了解」


 こうして限定的な反転攻勢に出たカッリオ戦闘団を魔王軍は叩き潰そうとする。


……………………

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