義勇兵
……………………
──義勇兵
ようやくノルドリク王国が部分的な軍事物資の通貨を許可した。
ブリタニア連合王国・ルミエール共和国・アルトライヒ帝国はそれぞれ軍事物資をノルドリク王国経由で送り込み始める。
ノルドリク王国から鉄道輸送で運ばれる物資もあれば、凍った氷上をトラックで輸送されるものもあった。
魔王国はこのような第三国の干渉を批判したし、ルオタニア領内に入れば鉄道やトラックに攻撃を加えた。
だが、それ以上に攻撃をエスカレートさせることもなかった。
ルオタニア共和国が一番に望んだのは火砲、次に戦車であり、最後に航空機だ。
ルオタニア軍にとって火砲は欠乏は深刻だった。高射砲から榴弾砲までリンドホルム・ラインで喪失した火砲の数は数えきれず、そしてそれを補える予定もなかった。
戦車と航空機に関してはルオタニア軍はそこまで大きな数を望んではいなかった。
というのも、国内でそれを扱える人間が限られているからだ。
戦車はともかく戦闘機や爆撃機となると完全な専門職である。そう簡単にその手の人材は育成できない。
それを支援国も知っており、彼らは武器だけではなく人間も送り込んでいた。
つまりは義勇兵だ。
ブリタニア連合王国とルミエール共和国は戦闘機パイロットを義勇軍として送り出し、それによって義勇航空隊フライング・ノースが組織された。
アルトライヒ帝国は空軍パイロットはもちろん陸軍からも戦車兵を中心にした兵員を出し戦車を扱う義勇兵を以てしてヴュルガー軍団を組織した。
フライング・ノースとヴュルガー軍団は支援国からの応援であったが、彼らが意図するのはそれだけではなかった。
支援国は実戦における自分たちの軍隊の能力を確かめ、さらには魔王軍の能力を確かめるという意図があった。
そんな意図で送り出された義勇兵たちは、実戦へと初めて参加した。
現在、ルオタニア軍はかつてのリンドホルム・ラインからノルトハーヴンまでの遅滞戦闘を繰り広げている。
リンドホルム元帥は第二防衛線を急遽作り上げ、塹壕陣地からなるそれが今はまだ辛うじて魔王軍の突破を防いでいた。
だが、実際には魔王軍はリンドホルム・ラインを突破したあとに再編成を行っており、本格的な攻撃がまだだからこそ第二防衛線が維持できていると言えた。
魔王軍の中で動きが活発なのは再編成中の陸軍ではなく空軍だ。
魔王空軍の戦闘機は航空優勢確保のための戦闘と爆撃機護衛任務ついていた。
前にも言った通り魔王空軍には戦略爆撃機と呼べる大型機は僅かにしか存在しない。
だが、せっかくの機会だとばかりに魔王空軍はその大型機を投入した。
その4発エンジンの大型機は魔王国のクラフツォフ設計局がヴァヴェルの命令で、戦略爆撃の他に偵察や海上哨戒の任務にも使える多用途大型機として開発された。
今は戦略空軍はさほど必要ないが将来的に大型機の開発経験があった方がいいだろうという意図で命じられたことであった。
そういう意図で開発された爆撃機はKrA-2戦略爆撃機と命名され、8機がノルトハーヴン付近の空港と空軍基地を爆撃するために投入された。
それを護衛するのはこれまでは優秀な成績を示している魔王軍の単発レシプロ戦闘機──ChE-3戦闘機で編成された飛行隊だ。
チェルノフ設計局が開発したこの機体には1240馬力の液冷式レシプロエンジンが搭載されており、武装として口径20ミリ機関砲と口径12.7ミリ重機関銃を装備する。
またこの時代の戦闘機としては珍しいことに任務に応じて落下式増槽を積んでいた。
そのような航空機が飛ぶ空では──。
「今日は快晴だな」
『絶好の爆撃日和だ』
「たっぷり爆弾をお見舞いしてやろうぜ」
そのChE-3戦闘機のパイロットである吸血鬼のパーヴェル・セルゲーエヴィチ・クズネツォフ中尉は隣を飛行するKrA-2戦略爆撃機のパイロットに無線でそう呼びかける。
これまでルオタニア空軍は大した行動をしていなかった。
魔王空軍の爆撃機が上空を飛び回るのに僅かな機体が出撃しただけであり、それらもクズネツォフ中尉たち戦闘機パイロットによって駆逐されている。
ルオタニア空軍の機体は旧式で、パイロットの練度も低く、敵ではなかった。
そうであるがゆえにクズネツォフ中尉たちがいささか気を抜いているのも仕方のないことであった。
『各機。飛行場から要撃機が上がってくる。警戒しろ』
「了解」
気のゆるみは生じていたが、彼らも職業軍人で命を懸けて戦っている。
そうであるがゆえに指揮官からの命令にすぐさま彼らは気を引き締めた。
今回のクズネツォフ中尉たちの仕事は爆撃機の護衛だ。
さらにはネヴァグラードの基地からノルトハーヴンまでの300キロもの長距離飛行でもある。
これは北フランスからロンドンを爆撃するバトル・オブ・ブリテンのドイツ空軍並みの長距離飛行であった。
『パーヴェル。敵機は新型だぞ!』
クズネツォフ中尉と組んでいる戦闘機パイロットであるレオニード・イワノヴィチ・ジューリン少尉からそう報告が上がる。
魔王空軍は今は2機1組のロッテ戦術を基本にしていた。
「何だって?」
クズネツォフ中尉はジューリン少尉からの報告に迫る敵機を見る。
確かに要撃のために上がってきたのはいつもののろのろとしたルオタニア空軍の戦闘機ではなかった。
明らかにそれよりも素早く上空に上がってきている。
「上昇性能がいい。これまでの連中とは違うな」
『用心してかかろう』
「ああ」
クズネツォフ中尉は操縦桿を握りしめ、迫る敵戦闘機の方に向かう。
今回のクズネツォフ中尉の目的は爆撃機を守ることであり、敵戦闘機を駆逐することではない。爆撃機から要撃機を追い払えば彼らの勝ちだ。
それに片道300キロもの長距離飛行とあっては、敵機と上空であれこれ遊んでいる暇などない。
それにまだ燃料の入っている落下式増槽もドッグファイトの邪魔になるので切り離してしまうのだ。
クズネツォフ中尉たちが接触した要撃機──それはフライング・ノースに配備されているケストレルMk.II戦闘機であった。
ブリタニア連合王国の航空機開発企業たるキングスフォード航空開発社によって開発された単発レシプロ戦闘機だ。
クズネツォフ中尉たちは慎重に敵の戦闘機の編隊に迫る。
敵機の編隊は12機、クズネツォフ中尉たちの編隊は数の上では優る20機だ。
彼らはお互いを撃墜するために急速に接近していく。
先手を打ったのはフライング・ノースの編隊で彼らは魔王空軍の戦闘機編隊を相手にドッグファイトを挑んできた。
相手もやはり2機1組を基本としたロッテ戦術で戦っており、魔王空軍の戦闘機は彼らを爆撃機から追い払うために彼らを追う。
「クソ。相手の戦闘機は旋回性能がいいぞ!?」
『パーヴェル! ケツに付かれそうだ! 助けてくれ!』
「待っていろ! 今助ける!」
ケストレルMk.II戦闘機の最大の性能はその旋回性能の良さだった。
魔王空軍の戦闘機もドッグファイトにおける性能は悪くないはずなのだが、フライング・ノースのケストレルMk.II戦闘機はそれを上回っている。
クズネツォフ中尉は僚機を助けるために敵戦闘機を追うがすぐに追いつけなくなる。
いや、追いつけなくというよりいつまでも背後にいられないのだ。
旋回性能で突き放されるか、またはオーバーシュートしてしまうのである。
これは魔王軍のChE-3戦闘機の速度が速すぎたことによって生じたものだ。
速度が速く、旋回性能で敵に劣るChE-3戦闘機はケストレルMk.II戦闘機とのドッグファイトに致命的に向いていなかった。
『ああ! 被弾した、被弾! エンジン停止!』
「クソ!」
ジューリン少尉がそう叫び、彼の機体は炎に包まれて琥珀海に墜落していく。
『全機! 敵戦闘機を撃墜しようとするな! 追い払うだけでいい!』
「了解!」
編隊長からの命令にすぐさまクズネツォフ中尉は敵戦闘機とのドッグファイトをやめて、爆撃機の下に戻る。
KrA-3戦略爆撃機はどさくさに紛れて迫る敵戦闘機を自衛用に装備されている旋回機関銃座の重機関銃で迎撃しているところであった。
「落ちろ、クソ野郎!」
敵機が戦略爆撃機を狙っているのを横からクズネツォフ中尉が銃撃。
口径20ミリ機関砲の射撃は敵機を炎上させて撃墜した。
それから魔王空軍は必死に敵の要撃機を爆撃機の周りから追い払い続け、戦略爆撃機はついに敵飛行場上空に達した。
『爆撃開始! 爆弾投下、爆弾投下!』
戦略爆撃機は次々に爆弾を飛行場に向けて投下していく、地上で爆炎が生じる。
『よし、全機このまま撤収だ。これ以上敵機を追うなよ』
「了解です」
魔王空軍は任務を達成したが、不安も生まれた。
敵は魔王空軍の戦闘機に対抗できる戦闘機を繰り出してきたのだ。
俺たちはこれにどう対応すればいいんだ? とそうクズネツォフ中尉たちは暗澹たる気持ちになっていた。
この報告を受けた空軍参謀本部でも対策を急ぐことになり、新しい空戦ドクトリンの開発が急がれたのであった。
……………………




