商業都市カーステンでの最初の買い物
トウヤは、エリーに地味な変装を施し、「病弱な従妹」という設定を厳守させながら、初めてカーステンの賑やかな市場へと連れ出した。
エリーは、大公爵令嬢として生きてきた過去とは全く違う、この市場の喧騒に目を輝かせた。彼女の周囲には、新鮮な野菜の瑞々しい匂い、焼きたてのパンの香ばしい匂い、そして活気ある人々の声があふれていた。
エリーは興奮を隠せない様子で
「わあ、トウヤ! 見てください、この色鮮やかな野菜! 今までわたくしは調理された状態でしか見たことがありませんでしたわ。このリンゴ、こんなに甘い香りがするのですね!」
トウヤは周囲を警戒しつつ、内心安堵しながら
「ああ、そうだな。あまりはしゃぎすぎるなよ。この平民の生活を体験するのも、きっと君の復讐には必要だ。この新鮮な食料で、まずは君の体力を完全に戻すぞ。」
エリーは、トウヤの指示を仰ぎながら、初めて自分でチーズを選び、パンを買い、生活に必要な備品を選んだ。その表情は、貴族の義務に縛られていた頃よりも、ずっと明るく、楽しそうだった。
近所のマダムたちの誤解
市場の片隅で井戸端会議をしていた近所のマダムたちは、トウヤとエリーの様子を、目を細めて見ていた。彼らは、エリーが「病弱な従妹」であるという設定を知る由もない。
マダム Aは温かい目で見つめながら
「あら、あそこの二人、見なさいよ。初々しい新婚さんみたいね! 旦那さんが奥さんの買い物に付き合ってあげるなんて、優しくていいわねぇ。」
マダム B「ねぇ! あの娘さん、顔色はまだ少し青白いけれど、旦那さんの傍にいるのが嬉しくてたまらないって顔をしているわ。きっと、貧しいけれど愛し合っている夫婦なのよ。」
マダム C「旦那さんが、奥さんが病弱だからって、自分で重い荷物を持ってあげて……。ああ、こんな風に愛されたいわ! 見ていて微笑ましいこと!」
マダムたちの温かい、しかし決定的な誤解は、トウヤとエリーには届かなかった。二人は、周囲の好意的な視線に気づきもせず、「兄と病弱な従妹」としての設定を粛々と守りながら、新たな生活のための物資を調達し続けた。
こうして、トウヤとエリーの「命がけの逃亡生活」は、知らぬ間に「愛し合う初々しい夫婦の日常」として、この商業都市カーステンの住民に受け入れられていった。




