始奏の子
夜はまだ冬の色をしていた。
雪が止み、空気が透き通り、世界が息をひそめている。
その静寂の中、二つの光が歩いていた。
新年・陽と新年・陰。
始まりを司る双子――「始奏の子」。
彼らの足音は、まるで時の針のように一定で、
一歩進むごとに、雪が音もなく形を変える。
「……姉さん、やっぱり何かおかしいよ。」
陽が口を開く。
息が白く光に変わり、夜に溶けた。
「風の流れが不自然ね。
季節の境が、少し軋んでる。」
陰の声は落ち着いていたが、その指先は微かに震えていた。
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二人が立つ場所は、
冬と春の境――世界の“継ぎ目”。
そこでは時間がまるで呼吸を忘れたように静まり返っていた。
音も、香りも、動きも、すべてが止まっている。
「……クリスマスの光が、強すぎたのかも。」
「それに、バレンタインの熱も混ざった。」
「ふたりとも悪気はないけど、
光と熱が残ると、影が伸びるんだ。」
陽は拳を握る。
「このままじゃ、“めぐり”が歪む。
始奏で整えなきゃ。」
陰は静かに頷く。
「でも焦らないで。
音を急がせると、世界がついてこられなくなる。」
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二人は向かい合い、鈴を合わせる。
陽の鈴は金、陰の鈴は銀。
ひとつ鳴らせば世界が震え、
もうひとつ鳴らせばその波紋が静まる。
それが双子の「始奏」。
始まりの音と、終わりの調律。
「いくよ。」
「ええ、陽。」
チリン――。
澄んだ二音が重なり、夜が息を吹き返す。
雪が光り、凍っていた川が音を立てて流れ出す。
けれど、その美しい音の中で、
ほんの一瞬――黒い影が揺れた。
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《また始めるの? どうせまた終わるのに。》
闇の底から、声がした。
双子のどちらにも似ていない、低く冷たい声。
雪の表面に黒い模様が滲むように広がっていく。
「……ネガティカ。」
陰が呟く。
「まだ残ってたのか……。」
陽は歯を食いしばる。
《光が強ければ、影も深くなる。
あなたたちが始めるたび、私は増える。》
「それでも、僕らは始める!」
陽の声が響いた。
鈴が再び鳴る。
それに合わせて、陰も鈴を合わせる。
「影を消さないで。
ただ、正しい場所に戻すの。」
二人の音が重なった瞬間、
光と影がひとつの輪となって空へ昇った。
夜空に描かれたその円は、
やがて淡い虹のように溶けていく。
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静寂。
雪は溶け、地面から草の香りが漂い始めた。
春の気配が、ようやく顔をのぞかせる。
「……ねぇ、姉さん。」
「なに?」
「怖かったけど、少しきれいだったね。」
陰は微笑んだ。
「始まりはいつも、少し痛いものよ。」
二人は手を取り合い、雪の坂道を下りる。
その背後で、冬の星々がゆっくりと瞬きを終えた。




