甘い侵略
北の王国。
雪の静寂を破るように、花の香りが漂った。
振り向くと、そこにいたのは艶やかな赤のドレスを纏う女――バレンタイン。
「へぇ。相変わらず支配的ね、あなた。」
「……早いな。まだ出番じゃないはずだ。」
白銀の王、クリスマスはため息をつく。
「だって、恋はいつだって予定外に咲くのよ。」
彼女が指を鳴らすと、雪の結晶がハート型に変わった。
冬の空気に、淡い香りと熱が混じる。
「やめてくれ。僕の冬に甘ったるさは似合わない。」
「でも、人は寒い冬にこそ、ぬくもりを求めるものよ?」
赤い唇が近づく。
「あなたの白銀の王国にも、少しくらい赤を差してあげるわ。」
氷のように冷たかったクリスマスの瞳が、一瞬だけ揺れた。
だが、その心を誰も見抜けない。
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その時、雪の帳の向こうで鈴の音がした。
――澄んだ音と、柔らかな和音。
二つの音が重なって世界を震わせる。
「……また“あの双子”の目覚めか。」
クリスマスが小さく呟く。
雪の丘を越えて現れたのは、
白い衣をまとった少年と少女。
「――あけまして。」
少年が笑顔で手を振る。
「――おめでとうございます。」
少女がその言葉を静かに結ぶ。
二人の声が響いた瞬間、
雪の空に細い亀裂が走った。
新年・陽と新年・陰。
始まりを司る双子の“始奏の子”たち。
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「また来たのね、はじまりの子たち。」
バレンタインが微笑む。
「季節の交代は順調?」
「まだ揺れています。」
少女・陰が答える。
「冬の静けさの中に、わずかな“歪み”が。」
陽は頬をかきながら言った。
「でも大丈夫! ちゃんと見張ってるよ。
……ただ、ちょっと変なんだ。
光がまぶしすぎて、影が濃くなってる。」
クリスマスが眉を寄せる。
「……つまり、私の光が闇を作っていると?」
バレンタインが肩をすくめた。
「そう言ってるわけじゃないでしょう?
けど、確かに“境”が少し揺れてるわ。」
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四人が立つその地の下――
遠くの路地で、黒い霧がほんの少しだけ動いた。
誰もまだ、それを“ネガティカの残り香”と呼ぶことを知らない。
世界は美しく見えて、
その中心で、わずかに軋んでいた。
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「行こう、姉さん。」
「ええ、陽。始奏の調律を始めましょう。」
二人は手を重ね、鈴を合わせる。
澄んだ音が重なり合い、雪の空に溶けていく。




