主役交代の日
十月三十一日の夜。
街はオレンジと紫に染まり、仮装の子どもたちが風のように駆け抜けた。カボチャの灯りが浮かんでは溶け、笑い声が空に弾む。
中央のステージで、黒いマントの青年がマイクを握りしめる。
ハロウィン――混沌と解放の祝祭。舞台の王は、今日ばかりは世界の王だ。
「さあみんな!最後まで騒ごうぜぇぇぇ!! 10月はオレの月だーー!!」
「ハロウィン最高ーーー!!」群衆の歓声はより一層大きくなり、祭りの熱は最高潮に達していた。
「いつ見ても派手ねぇ。あなたって本当に注目の浴び方を知ってるわ。」後方から乾いた拍手とともに足音が近寄る。
ハロウィンが目を凝らすと、群衆の隙間を歩く紅の影があった。
艶やかなドレス、手には細いチョコ色の手袋。
彼女は軽やかに歩き、群衆のど真ん中で立ち止まる。
その声に、ハロウィンがにやりと笑った。
「おっと、こんな夜に“二月の女王”とは珍しいじゃねぇか。
迷子か? それとも、場違いの見物人か?」
バレンタインは肩をすくめ、唇の端を上げる。
「お祭り騒ぎが聞こえたから。少しだけ甘い香りを足してあげようと思って。」
「そのチョコ、危険すぎるな。」
「あら、“愛”は、少しだけ苦くて、でも癖になる匂いなの。そういう魔法なの。」
「まったく、派手な乱入者だな。けど――」
言葉の続きを探すように、彼は少しだけ笑った。
“けど、こうして騒げる夜は嫌いじゃない”――
そんな軽口を吐くつもりだった。
――その瞬間。
観客の奥から、地鳴りのような声が上がる。
「10!9!8!…」
群衆のカウントダウン。
年を越すのではない。
“季節の交代”の合図だ。
ハロウィンの表情が一瞬で凍る。
「……マズい!」
彼が慌ててマントを翻すよりも早く――
風が変わった。
空から舞い降りる無数の光。
冷たい空気。鈴の音。
――カチリ。
真夜中を告げる針の音が、街の奥へ沈む。
オレンジの光がゆるやかに退き、赤と緑のきらめきが世界を塗り替えた。
クリスマス――冬の帝王。灯りを点けるだけで、誰かの胸に懐かしさを呼び起こす男。
「お疲れさま、ハロウィン。ここからは僕の時間だ」落ち着いた微笑で彼は言った。
「ちょ、まだ後夜祭だって――ぐわっ!!」
言い終わる前に、プレゼント袋の底が見事に命中した。
ハロウィンは空中で一回転しながら飛んでいく。
観客の歓声と、バレンタインの笑い声が重なった。
「キャッ、派手な退場!」
ランタンが宙を舞い、
光の粒となって夜空に散る。
雪が舞い降り、オレンジから白へ。
世界の色が塗り替えられていく。
ハロウィンの声が遠ざかりながら響いた。
「覚えとけよ王様ぁぁぁぁーーーっ!」
鈴の音だけが、余韻のように残った。
「交代の瞬間って、いつ見ても綺麗ね。
あなたたち、ほんとに正反対なのに似てる。」
「似てる?」クリスマスが首を傾げながらストレートに嫌な顔をする。
「どっちも、人の心を騒がせる天才よ。」
「それは誉め言葉として受け取っておこう。」
「好きに受け取って。」
彼女は軽く手を振り、雪のように人混みに消えていく。
クリスマスが空を見上げ、静かに言った。
「……今夜、季節の境が揺れている。」
さきほどまで後ろに隠れていた、小さな影が答える。
「わかっています。今はただ――あなたの光で、人々を安心させてください。」
「光は闇を照らすが、同時に影を作る。
……気をつけよう。」
「また時期が来れば、私たちはやってきます。」
その声を残し、小さな影は風に溶けるように消えた。
同時に、遠くの路地で黒い霧がほんの少しだけ動く。
――季節は交代した。
だが、世界の空気はわずかに“静かすぎる”気がした。
クリスマスが片手を掲げる。
鈴の音に合わせて、街のイルミネーションが一斉に開花した。
樹々に星が灯り、窓辺に小さな奇跡が並んでいく。
その光景を、舞台袖からハロウィンが見上げていた。
息を整え、空を仰ぐ。
――火は渡した。
だが、祭は続く。
それがこの世界のルールであり、
彼が誰よりも愛している“めぐり”だった。




