第五章 通販女王、王国を飲み込む
──七日後。
王都の空を、銀色の翼が覆った。
風を切り、日光を反射しながら舞い降りる無数の金属鳥。
私が注文した「配送ドローン群」が、空からゆっくりと降下していく。
荷台には木箱、樽、麻袋。
中身はすべて、私の通販スキルを通じて仕入れた商品だ。
「アカリさん……これ、本当にあなたが動かしたんですか?」
横でリリアが呆然と呟いた。
王立学院の屋上。二人並んで、王都を見下ろす。
無数の影が建物の間を縫い、ギルドや宿屋、商会の上空へと降りていく。
王都全域が、まるでひとつの巨大な倉庫のように見えた。
「動かしてないよ。全部自動。私は、ボタン押しただけ」
「……ボタン、押しただけで国家物流ができるの……?」
「怠け者のスキルって、だいたいそういうもんだよ」
風が頬を撫でる。リリアの髪が柔らかく揺れた。
彼女は半ば呆れながらも、どこか嬉しそうに笑っていた。
同じ頃。
王都中央広場では、王城の執政官たちが空を見上げ、顔を青ざめさせていた。
「な、なんだこの群れは!? どこの軍だ!?」
「弩砲を構えろ! 迎撃準備を──!」
「待て! 撃つな!」
ロベルトが駆けつけ、手を上げて叫んだ。
「これは敵ではない! ……“あの人”だ!」
「“あの人”?」
「怠け者の、通販女王だ」
執政官たちは凍りついた。
ドローンたちは攻撃せず、ただ静かに積荷を降ろす。
やがて木箱が開き、中から整然と並んだ物資が現れる。
乾パン、飲料水、医薬品、燃料、清潔用品。
それらにはすべて、同じ刻印が押されていた。
──《配達元:通販女王》
王国の混乱は、一瞬で終息した。
物資の供給が安定し、商会の横流しは激減。
物価は落ち着き、街は笑顔を取り戻した。
誰もが、「通販の女王」が物を届ける限り、生活に困らないと信じ始めていた。
王城の財務長官が、震える手で報告書を掲げる。
「このままでは、経済の中心が……陛下の管理下を離れます!」
「……構わん」
玉座の上で、老王が重く言葉を落とした。
「国を守るのが我らの責務だ。だが、国を動かすのは“民の信頼”だ。
その信頼を得た者が現れたなら、我らは受け入れるしかあるまい」
そして王は、静かに命じた。
「“通販女王”に正式な爵位を与えよ。名を尋ねよ」
その頃、私は森の小屋で昼寝していた。
スマホを枕に、ポテチを片手に。
コマル(ぬいぐるみ)からの音声通知が鳴る。
「アカリさん、王城からの召喚状が届いてますにゃ。正式に“女王”と呼ばれたいそうですにゃ」
「……めんどくさ」
「爵位ですよ爵位! 普通なら憧れるところですにゃ!」
「寝るのに邪魔にならなければ、まあいいけど」
「寝ながら統治する気ですかにゃ!?」
「うん。それが理想」
怠け者スキルが囁く。
──“動かずに世界を動かせ”。
その日の夜、私はロベルトとリリアを通信で集めた。
画面越しに映る二人の顔は、緊張と期待でいっぱいだ。
「アカリ、ついに国王陛下が動いた。これは歴史的な……」
「はいはい、わかった。で、どうすれば寝たまま済む?」
「……ほんとに、あなたは……」
リリアが笑って肩をすくめる。
「でも、あなたがいたから、この国は変わったのよ。
清潔な水と食料が、貴族だけじゃなく庶民にも届くようになった。
“便利”が、みんなの権利になったの」
私はポテチの袋を閉じ、ふっと微笑む。
「……働かないで幸せになれるなら、それが一番いいんだよ」
数日後。
王城に設けられた“通販局”では、
リリアが新しい魔法通信装置の前で報告をしていた。
「通信安定。アカリさん、聞こえますか?」
『はいはーい。寝ながら出席してまーす』
「女王陛下、いえ、“通販女王”。王国議会が正式にあなたの名を記録しました」
『あっそ。じゃあ、寝るね』
「えぇっ、今!? もう!? 会議中なのに!」
『任せた。リリアは働くの得意でしょ。私は怠けるの得意だから、バランス取れてるじゃん』
通信の向こうから、リリアとロベルトの苦笑が聞こえる。
森の夜は静かだった。
虫の声と風の音。
遠くの街の明かりが、ちらちらと見える。
私はスマホを眺めながら、小さく呟いた。
「怠けても、生きていける世界。
……それって、案外、正しい進化かもね」
画面には、新しい通知がひとつ。
【新着注文】
宛先:異世界連邦評議会
内容:通信網構築依頼(納期:三十日)
備考:次元間接続を希望
「……あ、やば。次の仕事、銀河規模か」
私は溜め息をつき、枕に頭を沈めた。
「ま、いっか。明日考えよ」
怠け者の女王の一日は、今日もまったりと過ぎていく。
《通販女王編・完》