第四章 怠け者と天才、王都を動かす
リリア・クローネは、王立学院の天才魔導士候補にして、若干十五歳。
研究熱心で、睡眠よりも論文を優先するタイプ。
一方の私は、引きこもりで、睡眠を削るなんてもってのほかの怠け者。
──そんな正反対の二人が、出会ってしまった。
それも、通販の段ボールの中で。
「えっと……あの……もしかして、あなたが“通販の魔女”ですか?」
リリアの瞳は好奇心でキラキラしていた。
私はポテチを咥えたまま、ダルそうに答える。
「魔女っていうか、ただの引きこもり。……荷物、勝手に開けないでね」
「あっ、ごめんなさいっ! でも、どうしてこんな所に……?」
「配送ミス。……ってことにしておこっか」
そう言いながら、私はスマホをポケットに戻した。
本当は意図的に“配送先”を設定して、彼女に会いに来た。
怠け者らしい回りくどいやり方だけど、努力せずにチャンスを拾うには最適だ。
「ねえ、あなた。ちょっと、私の研究に協力してくれない?」
「えっ、やだ」
「まだ理由も言ってないのに!?」
即答する私に、リリアは肩をすくめる。
だが、負けず嫌いの天才は簡単に諦めない。
彼女は鞄から書類を取り出し、ばさっと開いた。
「見て。これは私の実験記録。この“洗い水”には、通常の魔力も元素もない。
でも、使用した者の髪の“再生力”が急激に上がる。
つまり──“未知のエネルギー”が作用している!」
「……それ、ただのアミノ酸と界面活性剤じゃないかな」
「アミノ……何?」
「説明めんどくさい。あと、界面活性剤って言っても魔法じゃない。科学」
「かがく……? 聞いたことない学派ね。どこの学院の?」
「地球学院。偏差値は低いけど、Wi-Fiは強いよ」
「Wi……ファイ?」
リリアが完全に理解不能な顔で固まる。
私は内心、ちょっとだけ優越感に浸った。
この感じ、悪くない。
その日の午後、私は学院の寮の裏庭のベンチで、リリアと“交渉”することになった。
彼女はメモを取る準備満々、私はお菓子と紅茶を持参。
温度差がすごい。
「あなたの技術を、王立学院の研究課程に正式採用したいの。
その代わり、あなたの匿名性は守る。報酬も学院から出す」
「ふーん。で、働かないで済む?」
「な、なにそれ!?」
「私が現場に出なくてもいいなら考える」
「普通、研究者は自分の発見を発表するものよ?」
「じゃあ普通じゃないほうで」
怠け者スキル発動。私は本気で働く気がない。
けれど、リリアの熱量は本物だ。
私の“怠け心”が、ほんの少しだけ動かされる。
「……じゃあ、一つだけ条件を出す」
「なに?」
「研究の成果を、“王族にも商会にも売らないこと”。
独占禁止。私の“怠ける権利”を守って」
リリアは一瞬、目を丸くしたあと──ふっと笑った。
「あなた、ただの怠け者じゃないわね。
……でも、いいわ。その条件で手を組みましょう」
「契約成立。じゃあ私、今日も帰って寝るね」
「ちょ、ちょっと!? もう! 本当にマイペースなんだから!」
数日後。
リリアは学院内に“洗い水研究室”を新設し、私との共同研究を開始した。
と言っても、私は森の小屋からリモート参加。
コマル(ぬいぐるみ)経由で指示を出し、リリアが現場を回す。
「アカリさん、これが今日の実験結果です」
『はいはい。pH値と泡立ちテストをまとめておいて。あと、サンプルは湿度10%で保存してね』
「……あなた、何者なの? ほんとに魔女じゃないの?」
「魔女じゃなくて、元社畜。働かずに成果を出す訓練は受けた」
「意味わかんないけど、なんか説得力あるわね……」
研究が進むにつれ、リリアは“魔力と物理化学の融合理論”を発表し始めた。
名義は「王立学院・クローネ研究室」。
でも、裏の開発責任者は匿名の“通販主任”。
結果、学院内では新しい洗剤、ハンドソープ、香油が次々と開発された。
どれも発想の元は、私の通販リスト。
王都の商会たちは震え上がった。
商売敵が、学問と一緒に量産化されていく──しかも、正体不明の発案者付き。
「学院発の新ブランド《クローネ・コスメティカ》が王都市場に進出、か……」
私はニュースを眺めながら、ポテチを頬張った。
ギルド経由でロベルトからの報告書も届く。
《王都経済、急激に活性化。学院ブランドが貴族街を席巻。
一部商会が撤退。ヴァルマー商会は破産寸前。》
「ふふ、怠け者勝利。リリア、やるじゃん」
だがその報告書の末尾には、もう一文あった。
《ただし──王城が動き始めた。
“匿名の発明者”を国家顧問に召し上げる計画がある。》
「……あー、最悪」
働かないために始めたビジネスが、
ついに国家にバレそうになっていた。
「アカリさん、王城から招待状が届いてます!」
「破り捨てていい?」
「ダメです! 正式な召喚状です!」
「出たくない。寝たい。働きたくない」
「でも、このままだと王国が技術を奪いますよ!」
「……めんどくさいから、王国ごと買収できないかな」
「それもっと無理です!!」
リリアのツッコミが響く。
だが私は真剣だった。
怠け者の私は、働かないためなら“世界を動かす”覚悟がある。
私はスマホを開き、久々に大きな注文をした。
それは──「国家規模のサプライチェーン構築キット」。
物流拠点、倉庫、配送ドローン、燃料用ソーラーセル。
現代日本の通販大手が開発した、非常時用のインフラ構築パック。
画面には、こう表示されていた。
「納期:7日。お届け先:王都全域」
「……ふふ。王城が私を召す? なら、王城ごと“顧客”にしよう」
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第五章 通販女王、王国を飲み込む




