悪女、記憶喪失になる 1
ー頭が痛い・・・
ズキズキと痛む頭に意識を取られ、ぼんやりしながら少しずつ覚醒していく。
そっと目を開けてみると天井には煌びやかなシャンデリアがキラキラと輝いて、眩しくて目を細める。
何気なく手足を動かし、上半身を起こし辺りを見渡してみると、綺麗でセンスのある家具が置いてあり、清潔感のある部屋の中に居た。
ーここはどこ?
見渡した反対方向から驚きと泣きそうな悲鳴のような驚きの声が聞こえてきた。
「お嬢様!お目覚めですか?」
声のする方へゆっくりと顔をやると、ブロンドの髪を後ろにお団子にした若いメイド姿の女の子が水色の大きな瞳を潤ませながらこちらを見ていた。
目がくりっとし、可愛らしい顔立ちをしたそのメイドは花瓶に花を生けてくれていたのか、花瓶を持ったままだ。
「・・・あ、あ」
もう少し腰を起こし、声を出そうとしたが掠れて声にもならない。
手を喉にやり、もう一度声を出そうとするが上手くいかない。
メイドが花瓶を置いて駆け寄って勢いよく抱きついてきた。
「もう、1週間もお眠りになられていて、心配したんですよ!お目覚めになられて良かった!」
泣いているのかグスグスと鼻を啜りながら抱きしめている手に力が入りグッとチカラが入った事に気がつく。
思いもよらぬ行動に驚きながらもこの暖かさに懐かしみを覚え、気がつけばトントンと子どもをあやすようにメイドの背中を優しく撫でていた。
ただ、このメイドの顔が記憶にない。
名前も思い出せそうにない。
ーこの子は誰?
こんなに親しげなら知らなはずがないと思い、記憶を辿り思い出そうとすると頭がズキズキと痛み出す。
頭を抱え、うずくまる。
「大丈夫ですか?お嬢様!今、お医者様を呼んできます!」
私のそばで心配したメイドは血相を変えて急いでドアから出て行った。
お医者様によると私は記憶喪失らしい。
自分の名前、生い立ち、家族のこと、全て忘れてしまったらしい。
ー何もかもが空白。頭の中が霧で覆われているよう。
自分の名前まで忘れてしまうなんて、何があったのだろうか?
ぼんやりと考え事をしていると、メイドがコップの水を渡しながら声をかけてくれた。
「ルーナティアお嬢様、お休みになられなくて大丈夫ですか?」
心配そうな顔で覗き込んでくる。
もらった水を一口飲むと喉が潤っていくのがよくわかった。
「心配してくれて、ありがとう。あなたは私と長い付き合いだったのかしら?
何も覚えていなくて本当にごめんなさい。」
親身に寄り添ってくれるメイドの名前さえ思い出せなくて悔しさで俯いてしまう。
「もし、あなたさえ良ければあなたのことと私のことを教えてくれないかしら?」
「ルーナティアお嬢様!もちろんです!」
ぱあっと花が咲いたような笑顔で話し始めた。
「私はクレア・ブノワ、ルーナティアお嬢様が12歳の頃からお仕えしています。
ルーナティアお嬢様とは秘密ごとを話せるぐらい仲が良かったと自負しています!」
クレアは胸を張ってえっへんとでも言うかのように得意げな顔だ。
「私はクレアと呼んでいたのかしら?」
「そうです!私はルーナお嬢様とお呼びしていました!
お嬢様は本当に優しい方で、メイドの私にも気さくに話しかけてくださいました。
容姿端麗で心まで綺麗なお方なんて、この世にいるんだななんて思ってしまうほどです!
毎日お姿を整えさせていただいていますが、綺麗な珍しいピンク色のお髪に、サファイアブルーの瞳、なんてお綺麗な方なんだろうと毎日見惚れてしまいます!」
と興奮気味にクレアは私のことを熱弁してくれた。
「クレアは私のことを慕ってくれていたのね。嬉しいわ。」
穏やかに微笑むとクレアは突然悲しい顔になった。
「お嬢様は、お嬢様は本当に本当にお優しい方なのです。なのに、なのに・・・」
としゃくりをあげながら話し始めた。