売れないまま死んだ画家ですが、死後私の絵が高評価されまくっててワロタwwwww
バートンという画家がいた。
彼は絵がさっぱり認められず、失意のうちに50歳でこの世を去った。
死んだ今は、天国にて気ままに絵を描いて暮らしている。
「さ、描けたよ! ゲンさん!」
“ゲンさん”と呼ばれたハゲ頭の男に、描いた絵を手渡す。
「これが俺~? 全然似てねえよぉ! 俺ぁもっとハンサムだ!」
「そうかなぁ?」
大笑いする二人。
安らかな空間で、自分や仲間のために絵を描く日々。生前認められなかったのは残念ではあるが、バートンは楽しい生活を送っていた。
ところが、そんなある日、バートンが絵を描いていると、仲間の一人に声をかけられた。
「おーい、バートンさん!」
「なんだい?」
「神様があんたを呼んでる!」
「神様が!?」
いくら天国の住人といえども神にはめったに会えるものではないし、まして向こうから呼ばれるなんてことはまずない。
いったい何事かと、バートンは急いで神のいる神殿を目指した。
***
天使たちに案内され、バートンは神のいる部屋に到着する。
「失礼いたします」
神がいた。
老人のような姿で白い衣をまとい、体からは神々しい光を発している。
目を細めるバートン。
「わざわざ来てもらってすまぬな、バートン」
「いえ。しかし、どんな御用でしょう?」
神は顎を撫でながら話し始める。
「おぬしは生前、画家であったな」
この問いにバートンはうつむく。
「ええ、まあ。画家といっても、いわゆる“売れない画家”でしたが」
神は首を振る。
「とんでもない。おそらく人類史上、おぬし以上に売れた画家はおるまい」
バートンはきょとんとする。
「何をおっしゃってるのです? 私は日々の食事にも困って、結局病気で苦しんで死ぬ有様だったんですよ?」
「うむ、実はな……バートンよ。おぬしの絵は確かに評価されなかった。ところが、死後少し経ってから、おぬしの絵は急速に評価されるようになったのだ」
「なんですって!?」
バートンは目を丸くする。
天国では、同じエリアには同じ時期に死んだ人間が集められるため、遠い未来に自分がどういう評価になっているか知る術はないのである。
「おぬしの絵の題材、技術、構図、斬新さ、諸々が再評価され、みるみるおぬしの絵の価値は上がっていき……死後100年以上経った今やおぬしは巨匠扱いされておるのだ」
「巨匠!? 私が!?」
誰にも見向きもされず、貧しい画家として死んだバートンにはとても信じられない。
「おぬしは数十作品残したが、いずれも破格の値がつき……どころか、値段をつけることすら恐れ多い状態になっておる。下書きのような絵ですら、とんでもない額で取引されている」
「はぁ……」
口を半開きにするしかないバートン。
「特におぬしの描いた『大笑いする乙女』は最高傑作とも言われておる」
『大笑いする乙女』はタイトル通り、大きな口を開いて笑う少女の絵である。
「あれがですか……」
「意外そうだな」
「ええ、まあ。こんな女の子がいたら可愛いだろうな~という妄想を元に描いた絵だったので」
バートンは照れ臭そうにする。
「死後、自分の絵が評価されたと知って、どんな気持ちだ?」
神に尋ねられ――
「嬉しいことは嬉しいですが……複雑な気持ちですね。どうせなら生きている間に評価して欲しかった、という気持ちももちろんありますし……」
「うむ、そうだろうな」
バートンの正直な答えに、神もうなずいている。
それにしても話が見えない。バートンの絵が死後評価されたとして、それが一体なんだというのだろうか。バートンのような境遇の者は他にもいるだろうし、これを知らせるためだけに彼を呼び出したとも思えない。
当然バートンはその疑問を口にする。
「しかし神様、いくらなんでもこれを知らせるためだけに私を呼び出したというわけではないでしょう?」
「その通りだ。実はおぬしの絵をめぐって、現世で問題が起こっておってな」
「問題?」
「二つの大国がおぬしの絵をめぐっていざこざを起こしてな。かつてない戦争が起きそうなのだ」
「戦争!?」
バートンは思わず叫んでしまう。
「なんでそんなことに……?」
「おぬしの最高傑作『大笑いする乙女』をどちらの国が所有するかで、話がこじれてな。今や両国は戦争する寸前なのだ。この大国二つがぶつかり合えば、その余波でおそらく世界的な大戦になってしまう。そうなれば、人類そのものも危ないかもしれん。神としてそれは防がねばならぬ」
「……!」
自分の絵が大戦争の引き金になりつつあると知り、バートンの顔色が青くなる。
しかし、彼はさらに青ざめることになる。
「そこでだ。おぬしにこの戦争を止めて欲しいのだ」
「……はぁ!?」
「というわけで、おぬしに肉体を与えて現世に派遣するから――」
「ちょちょちょ、ちょっと待って下さい!!!」
バートンは慌てて神に反論する。
「なんで私がそんなことをしなきゃならないんですか!?」
「元はといえばおぬしが原因だし……」
「いやいやいや! 私は何も悪くないでしょ! 『絵が売れなかったなぁ』ってぼやいて汚いベッドで一人寂しく死んだおっさんですよ!? ていうか、あなたが止めればいいでしょ! 神様なんだし!」
「ワシも頑張ったんだが……ちょっとダメでな。ならいっそ、絵を描いた本人に任せるのがいいかな、と思って」
「“いいかな”じゃないですよ! 冗談じゃない!」
「そこをなんとか! “あーっと”驚く方法で、戦争を止めてきてくれ! アーティストなだけに!」
「全然うまくねえ!」
バートンはあくまで拒絶する。
「とにかく時間がないのだ。今すぐ現世に飛ばすから、幸運を祈る!」
「あっ、ちょっ……!」
神が両手を振り上げると、バートンの全身が光に包まれた。
結局、バートンは強引に現世に飛ばされてしまった。
***
「ここは……」
バートンは周囲を見回す。
どうやらどこかの平原のようだ。
右を見る。大軍がいた。
左を見る。大軍がいた。
どちらの軍も明らかに殺気立っている。
バートンは瞬時に、自分が二つの大軍に挟まれていることを悟った。
両軍から怒声が飛び交う。
「『大笑いする乙女』は我が国の物だ!」
「いや、我が国だ!」
「渡せないなら戦争するのみ!」
まさに戦争寸前だったということがうかがえる。
さらに、ここが両国の国境であることもどうにか分かった。
バートンは、今まさに激突せんとする両軍の狭間に放り込まれてしまったのだ。
なに考えてるんだあの神、とバートンは顔をしかめる。
そして、誰かが言った。
「あそこにいる奴は誰だ!?」
自分のことだと気づいたバートンは慌てて答える。
「私ですか!? バートンです! 画家です!」
戦争の原因となっている画家を名乗ったのだ。
両国から罵声を浴びせられる。
「ふざけんな!」
「お前がバートンだと!?」
「バートンはとっくに亡くなってるよ!」
バートンは懸命に説明を試みる。
「しかし、私はバートンなんです! マジなんです! 信じて下さい!」
こんな言葉で信じてもらえるわけがなく、さらに罵倒される。
もはや収まりそうにない。
大軍によってリンチにされ、自分が前衛的なアートにされる未来しか見えず、バートンは泣きそうになる。
すると、一方の司令官が言った。
「まあ待て。あの男が突然、この戦場に現れたのは事実。只者でないことは間違いない。バートンとやら、貴公が本物のバートンだと証明するものはあるか?」
さっきまで天国にいたバートンにそんなものあるわけがない。というか、生きていた時ですら身分証すら持てない身分だった。
あるわけねえだろ、と吐き出したくなる衝動をどうにか抑え、一つの提案をする。
「絵を……描かせてくれ」
「絵を?」
「ああ、私が本物のバートンか、絵を描いて証明してみせる!」
言いながらバートンは思った。絵を描いたところで本人の証明など不可能である。画風がそっくりな他人と言われればそれまで。しかし、ここは戦場、絵を描くための道具などあるはずがない。
筆や絵の具やキャンバスがないなら準備してくれと頼み、時間を稼ぐつもりだった。
ところが、もう一方の軍の軍団長が――
「道具を貸そう」
「あるの!?」
どうやら新兵の一人に画家志望の者がいて、安物であるが、絵を描く道具を持ち込んでいたようだ。
時間稼ぎが失敗し、内心舌打ちするバートン。
まだ10代であろう新兵から画材を受け取る。
バートンは彼が持っていた道具の数々を見て、一目で見抜いた。
「……よく使いこまれている。君も絵が好きなようだね」
「分かりますか?」
「ああ、道具を見れば分かる。よければ、君の作品を見せてもらえないか?」
「は、はいっ!」
新兵の絵を見る。
人物画や風景画をじっくりと眺め、バートンは「私よりうまくないか?」と動揺しつつ、
「ふむ……なかなかだね。君は見込みがある」
「ありがとうございます!」
と褒めるのだった。
「よし、やるか」
精神集中をし、全軍が見守る中、絵を描き始める。
こうなった以上、いつも通り絵を描くだけだ。天国のみんな、見ててくれよ!
バートンは真剣な眼差しでキャンバスに筆を走らせる。
両国の軍勢が見守る。
バートンが科学的、あるいは社会的に自分がバートンだと証明する方法は何一つとしてない。
だが、不思議と全員に伝わった。
こいつは、この男は――本物のバートンだと。
理屈はどうでもいい。本物だと。
「本物だ……!」
「バートンだ!」
「間違いない!」
バートンは絵を描く所作だけで、周囲を認めさせてしまった。
生前は認められなかったとはいえ、さすがは巨匠である。
だが、バートンはそんな声には喜ばない。集中している。一心不乱に絵を描き続ける。
今の彼は銃で撃たれても、絵を描くのをやめないかもしれない。
やがて――
「できた……!」
一枚の絵が完成した。
二人の巨人が仲良く酒を飲んでいる。
「素晴らしい絵です……。この絵の……タイトルは?」
感動を覚えつつ、新兵が尋ねる。
「タイトルは……『酒を酌み交わす二人の巨人』だ」
巨匠の新作に両軍が沸き立つ。
「バートンの新作だ!」
「我が国にくれ!」
「いいや、うちだ!」
絵の取り合いが発生しようとする。
その時、バートンは怒鳴った。
「黙れッ!!!」
戦場がしんとしてしまう。
バートンは怒りのままに言葉を紡ぐ。
「この絵は二人の巨人、すなわち大国同士である君らが酒を酌み交わす様子を描いた。手を取り合うのは無理にしても、酒ぐらいは飲めるだろうってことでな」
皆が黙って聞いている。
「みんな、恥ずかしくないのか! 一枚の絵をめぐって大国同士、戦争なんかして!」
バートンは近くにいる新兵を指差す。
「こんなにも絵を愛する青年を戦争に駆り出して!」
バートンは両手を広げる。
「恥ずかしくないのかァ!!!」
両軍の兵士たちは黙ってしまう。
「この絵は是非、平和の証としてこの国境に飾ってもらいたい。もし、どちらかの国の物にしようとする動きがあったら、私が天国から罰を下すぞ!」
もちろんバートンにそんな力はないのだが、両国の人間はバートンにはそれができると信じ切っている。
両国は和解することとなった。
それを見届けた後、バートンは惜しまれつつ天に帰っていった。
***
天国に戻ったバートンを神が迎える。
二つの大国はバートンの尽力をきっかけに、順調に和解の道を歩んでいるとのこと。それどころか、この事件をきっかけに強い絆で結ばれつつあるようだ。
これに喜んだ神は、バートンに伝える。
「よくやってくれた! おぬしの功績を称え、褒美をやろう! 何でも申すがよい!」
「それでは……」
バートンが望んだ褒美は、「絵画の道具」だった。
天国の仲間たちの分まで用意して欲しいと。
その後、バートンたちが暮らすエリアでは、絵を描くのが大流行した。
「ゲンさん、何描いてるんだ?」
「雲だよ!」
「これが雲ォ!? ゲンさんは相変わらず冗談が上手い!」
「なんだとぉ!? じゃ、お前のを見せてみろ!」
バートンは自分の絵を見せる。現世に降りる前より、さらに柔らかいタッチで雲が描かれていた。
死後とはいえ自分の絵が認められたことと、戦争を食い止めたことで、一皮むけたのかもしれない。
「バートン、お前……ずいぶん絵が上手くなったな!」
「ハハ、まあねえ~! なにしろ私は“巨匠”だから!」
バートンは天国で、今日も楽しく絵を描いて暮らしている。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。