表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

モノクロなグレー

作者: 熊宏人

佐々木透:いじめられている男子生徒。

加藤俊哉:いじめ筆頭者1。ワックスでテカる頭。自分のことをクラスのカーストトップだと思っている。山口祐奈のことはさほど気にしていない。小堺早希の方を意識している。

村山信之:いじめ筆頭者2。マッシュルームカット。「おもしろいから」という理由だけで加藤俊哉に同調している。

沢村武雄:本人はいじめが好きではないが、一緒に行動することで自分がいじめられないように自分を守ろうとしている。

山口祐奈:一緒にいる女子。加藤のことが好き。根は真面目なものの、素直ではない。波風立たせたくないと思いつつも、気づいたら波風が立っている。

小堺早希:山口祐奈とは入学当初から仲が良い。現在の佐々木へのいじめについては、山口同様直接関与していないが、常に加藤達と一緒にいるため共犯者と認識される。

竹田亜美:正義心を持っているのだが、それがあまりにも強過ぎて過激。いじめ反対派のリーダー格。

鈴木悟:傍観者らしい人間。しかし、私とは異なり、傍観者からいじめ反対の派閥に強引に組み込まれる。傍観者になり損なった。

前川裕子:クラスの担当教員。30過ぎ。キャリアとしては10年いかないくらいの中堅。結婚したばかり。まだ子供はいない。仕事への熱意はそこそこあり、子供たちのことは好きなものの、自分のプライベートを優先したい気持ちもある。公私ともに充実させたい、充実しているように認識したい(多少問題があっても切り取ってなかったことにするような性格。SNSで映える写真をあげるために、映えない部分をトリミングするイメージ)。

神山隆:個人的に加藤のことが嫌いな男子生徒。今回のいじめをきっかけに、いよいよ表立って加藤を叩こうとする。竹田に同調し、その顔の広さ、行動力からいじめ反対派閥の人間を大量に集める。いじめ反対派閥ではあるものの、いじめに対して反対で行動しているというよりは、加藤を叩く良い機会を得たから動いているように見える。

2015年10月6日火曜日


 私はこれがいじめだと思った。だから記録を取ろうと思う。

 放課後のことである。鍵のかかった視聴覚室の隣の空き教室に彼らは集まっていた。

 その中のリーダー格と思われる加藤俊哉は例の如く塗りたくったワックスで頭を光らせていた。

「俺最近ネットでボクシングの動画を見て練習してんだよね~。どうよ?」

 そう言いながら加藤は、両手をクロスさせるようにして両肩を抑える佐々木透の肩をボクサー気取りで殴っていた。佐々木は加藤の足元を見ながら無言で耐えていた。

「俊哉のパンチ切れてんね!」

 村山信之が合いの手を入れる。村山は笑いながら加藤が殴るところを見ていた。

「だろ? おい、沢村。お前もやってみろよ」

 呼ばれて驚く沢村武雄。一瞬挙動不審にも見えたが、すぐさまそれっぽいボクシングの構えをした。

「おう」

 あまり力強く打っていないように見えた。ボクシングには疎いのでいまいちわからないが。

「なんだ、そのパンチは? 沢村もちゃんと動画見て勉強しろよ」

 加藤はそう言うと、得意げに佐々木の腹に拳を入れた。佐々木は黙ってうずくまった。

「ねえ、まだ? もう私達飽きたんだけど。だよね、祐奈」

 腕を組み片足に重心をかけて立っている小堺早希は、かったるそうに山口祐奈に同意を求めた。

「え? ええ……」

 山口は煮え切らない返事だった。小堺とは異なり、飽きたわけでも続けたいわけでもなく、小堺早希と加藤俊哉、どちらの機嫌も乱したくないようだった。

「そうだな。良い時間だし帰るか」

 加藤、村山、山口、小堺はうずくまる佐々木を気にも留めず、鞄を持って空き教室を後にした。沢村は鞄を持った後、立ち止まって佐々木をじっと見ていたが、四人に遅れまいと、そして事件現場から逃げ去る犯人のように、その場を走って立ち去った。



2015年10月15日木曜日


 その日、私は職員室に呼び出された。食後の眠気でボーッとしているところを、廊下ですれ違った担任である前川裕子に引き止められたのだ。

「突然ごめんね、ちょっとそこに座ってくれる?」

 前川はどこからか持ってきたコロコロ付きの教員用の椅子に座るよう指示した。灰色のその椅子は、通常生徒が使用する木の椅子とは異なり、クッション性がありお尻が痛くなかった。前川自身の椅子には花柄の座布団が敷かれていた。長いことを使用されているのか、若干黒ずんでおり潰れていた。

「最近いじめがあるって聞いたんだけど、何か知っていることある?」

 周りに他の教員にはいないものの、前川は少し前かがみになり、眉を潜めて小さな声で話した。

 6日にあったことを話そうと思ったが、すぐには口が開かなかった。私は前川の表情から、前川がどちら側の人間であるかを判断することができなかった。前川は確か30過ぎで最近結婚したばかりだ。まだ子供はいない。生徒たちのことは好きで、仕事への熱意はそこそこあると見える。前川にとって自分のクラスでいじめが存在することがどれほどのインパクトになりうるのか、私には計算ができなかった。

「ごめんなさい、急にそんなこと言われてもピンと来ないわよね」

 前川の眉は和らいだ。そこで私は先程の表情は不安から来ているものだとわかった。前川は今、私がいじめの存在をちらつかせるような出来事を直ちに回答しなかったという事実に安堵したのだ。本当にいじめがあるのであれば、すぐに言うはずだと。もしいじめが存在しないのであれば、存在しない出来事を頭の中で探すのに時間を費やすことになるから。しかし、彼女が私に与えたシンキングタイムはあまりにも短かった。これはいじめが存在しないと決めつけたい意思の表れではないだろうか。私に発言させなければ、そもそもいじめが存在しないかのように。

「いえ」

 その返事は、「いえ、ピンと来るものがあります」あるいは「いえ、お気になさらないでください」のどちらでも受け取ることができるが、前川が選んだ理解は前者であった。

 それからは瑣末な私の成績の話をして終わった。特に良くも悪くもない成績のせいか、大して話は盛り上がらなかった。



2015年10月16日金曜日


 翌日のこと、公園では加藤達がブランコの周辺を占領していた。その中には佐々木もいた。

 最初こそ加藤が佐々木の肩を殴っていたが、加藤はコーチ役をやりたかったようで、ほとんどずっと沢村が殴っていた。

「沢村、もっと腰入れろよ! ちゃんと動画見てんのか? この前リンク送ったろ」

 その様子を見て笑う村山。山口と小堺は興味がないのか、スマホをずっといじっている。

 佐々木は何も言わずに、殴られながらうずくまっている。

 その光景を遠くから見ている3人がいた。彼らは何やらスマートフォンを加藤達に向けているようだ。

 腕を組みながら険しい表情で見ているのは竹田亜美。その横にはスマートフォンで動画撮影を行っていると思われる鈴木悟だ。

 黙って鈴木の持つスマートフォンの画面を覗くのは神川隆。彼は確か加藤のことが嫌いだったはず。

 満足したのか加藤達が佐々木を置いて立ち去ると、鈴木は動画撮影をやめ動画の確認を始めた。

「ちゃんと撮れた?」

 相変わらず険しい表情の竹田は、不安そうにスマートフォンを見る鈴木に詰め寄る。

「う、うん」

「顔は?」

「撮れている……と思う」

「ちょっと貸して」

 武田は鈴木からスマートフォンを取り上げると、動画を再生して注意深く確認した。

「うん、大丈夫そうね。しっかり顔も映っているし、これなら言い逃れできない」

 竹田は唇をキュッと上げて誇らしげに笑った。

「神山も確認する?」

「いや、俺は大丈夫。さっき撮影しているところを確認したから」

「そう。よし、これをまずは前川先生のところに持っていきましょう。前回は証拠がないからと流されたけど、今回はそうはいかないわ」

「本当に前川先生に見せるの?」

 鈴木は動画を撮影したにもかかわらず、まだ不安そうに竹田に尋ねる。

「当たり前でしょ。何のために撮影したと思ってるの」

「そうだよね……」

 竹田は満足そうに、神山は無表情のまま、鈴木は周りをチラチラ見ながら、学校へと向かっていった。



2015年10月16日金曜日(同日)


「前川先生、竹田です。少々お時間いただきたいのですが」

 職員室をノックする音が聞こえたと同時に、竹田の声が職員室に響いた。

 この前のいじめの件かもしれない、とどこからともなく急ぎ足で前川裕子が現れた。

「先日お伝えした件でご確認いただきたいものがございます」

「ちょっと……、その話はこの前終わったでしょ? クラスの子にも聞いたけど、あなた達が言うような話はなかったし……」

 職員室のドアに寄って、周りに聞こえないように小声で前川は答えた。

「私達は証拠を持ってきました」

 竹田の「達」という言葉に反応して不安がる鈴木。神山は表情を変えない。

 前川は振り返って職員室の中をチラッと見た後、

「わかったから……。ここだとあれだから、少し移動しましょう」

 4人は職員室を後にし、階段を登って誰もいない空き教室に入った。前川はドアを最後まで閉め、窓際の方まで歩きすべて閉められていることを確認した。

「それで、その証拠というのは……?」

「こちらになります」

 竹田は自信満々に鈴木に手を差し出す。鈴木は怯えながらも急いでスマートフォンを竹田に渡した。

 スマートフォンの音量を上げ動画を再生する。真剣に見る前川の表情はどんどん厳しくなっていく。

「いかがでしょうか? これでもプロレスごっこだと言いますか?」

 竹田のその質問に、すぐには答えない前川。

「先生!」

 竹田が声を張る。

「竹田さん、わかったわ。あとは、私達大人に任せてくれる?」

「わかりました。前川先生、よろしくお願いします」

 竹田はそう言うと、教室のドアを開けて出て行った。

 神山は落ち着いて前川に一礼をし竹田の後を追った。続けて、鈴木も急いで前川に軽くお辞儀をし、走って2人を追いかけて行った。

 ひとり残された前川は、夕日が差し込む窓から呆然と外を眺めていた。



2015年10月21日(水)


 その日、16日のいじめ動画が拡散された。動画は本校を超えて、そして私達の世代を超えて、日本中に広まっていった。

「酷すぎる」

「許せない」

「学校は動いていないのか」

「またいじめか」

「特定した」

 蜂の巣に外敵が入り込んだかのように、一斉に声が上がる。

 竹田達はさらにその勢いに拍車をかける。プラカードを持ち、学内でデモ行進を始めたのだ。

「いじめ反対!」

 神山が集めたいじめ反対派の人達は、いじめ反対を掲げ、ビラを配りながら校内を行進した。

「ちょっとあなた達! 校内で勝手な行為は許されません!」

 先頭を歩く竹田はメガホンで先生に答える。

「私達は16日の時点で証拠をお見せしたはずです! それでも動かなかった! あなた方も同罪です!」

 竹田達のこの行動により、全国でニュースとなった。結果的に、学校は謝罪および釈明会見を開くことになる。こちらについては既にテレビ等で皆様が確認した次第であるため省略する。

 21日以降、いじめを行っていた加藤俊哉、村山信之、沢村武雄、山口祐奈、小堺早希は学校に来なくなった。いじめを受けていた佐々木透も学校に現れなかったが、一方で佐々木の母が竹田亜美に会っているところを確認している。

 また、念のため記載しておくが、21日の行進に鈴木悟は参加しておらず、それ以降学校に来ることはなくなった。

 今回の件を発端に、各地でいじめ反対運動が広がる。同じように晒される生徒、謝罪に追い込まれる学校、辞任を迫られる教員。

 その波はしばらく収まりそうにない。

 彼または彼女のために、発言者の名を伏せる。

「気持ちはわかるが、少々やりすぎではないか?」

「何か仕組まれているような気がする」

「確かに竹田さん達は少し過激かもしれないけど……。でも間違ったことは言っていないよ。それに……。それに私は一度佐々木君から逃げた。元々私がいじめられていたのに、佐々木君がいじめられるようになったことで、私はいじめられなくなった。その時、私はほっとしてしまったんだ。それが正直な私なんだと思った。でも当時の罪悪感がずっと残っている。これは佐々木君のためでもあるけど、それ以上に私のためなの」

「もう何も言えないんですよ。言ってはならないんです。時流と異なることを言えば、私がギロチンにかけられるからです」

 私のこの手記が露見された時、私はギロチンにかけられるのだろうか。あるいは、また新たな人間がギロチンにかけられるのか。それとも、これまでギロチンとは縁遠い人間がギロチンにかけられるのだろうか。

 ギロチンがなくならない限り、誰かが食べられる。なぜなら、ギロチンは常に腹を空かしているからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ