その3 亜空間通信
その夜、俺は夢を見た。いや、過去が夢に出てきたのだ。
このサホロの里に俺が辿り着いたとき、この里は流行り病で苦しんでいた。おそらく、当時のスセリが住む里を襲ったものと、同じ病気だったろう。
経口感染する急性の腸炎で、潜伏期間が短く、あっという間に感染を広げた。強力な毒素を生成して、著しい脱水症状を呈するので、致死率が非常に高かったのだ。
里に入った俺の目の前に、両親をこの病気で亡くし、自分も罹患して苦しむ十歳のサナエがいた。たまらず俺は、この少女を搭載艇の医療ポッドに入れてやった。
もちろん、全ての患者にこうした措置はできない。俺は、回復魔法が使える医者だと名乗り出ると、当時ここの治療士をしていた老齢の男を助けて、必死で里の民を助けた。
患者とその周辺には手洗いを徹底させ、死体や汚物は埋設や焼却をして二次感染を防止した。等張液を大量に作って、下痢による脱水に苦しむ患者に飲ませた。糞便はそのまま川に流さぬよう注意喚起した。
一週間して健康体になったサナエは、健気にも里のために働きたいと言ってきた。俺はこの少女に、病気の原因から治療方法、感染予防のための注意事項を細かく教え込んで、手伝わせることにした。
俺が働く治療院の近所には、親兄弟と死に別れて泣く八歳のヨシユキがいた。サナエは、このヨシユキを叱咤して、手を引いて一緒に俺の手伝いをさせたのだ。
二ヶ月が過ぎて、ようやく流行り病が下火になった頃、この里の治療士だった男が倒れた。感染ではない、過労が原因だった。この男は、治療院を俺に託してあっけなく逝ってしまった。
あれから十年が過ぎたのだ。
朝、目が覚めた俺の頭の中には、あの老治療士の笑顔が浮かんでいた。
◇ ◇ ◇
いつもの一日が始まった。
朝稽古で生徒と共に汗を流したカレンが露天風呂から戻る頃、食堂ではサナエとクレアが朝食を並べ始める。
皆で「いただきます」をして、いつもの通りカレンが旺盛な食欲を見せる。食事を終えたら「ご馳走様でした」の後で、俺たちは治療院の準備に取り掛かり、カレンは剣技を教えるために、再び学校に戻っていく。腹の子に障らぬように、気をつけろよ。
サナエとクレアには、子供達の世話も待っている。
患者を受け入れる前には、俺は関係者とボット経由で朝の定時連絡を始めた。
獣人族分院のヨシユキは、魔族の治療院との連携を報告してくれたが、クレアの指示があったことを白状した。そして、妻を迎えるそうな。めでたいことだ。
ウィルからは、三日後にここを訪問したいと、ようやく言ってきた。そして、こいつも笑いながらクレアの指示を認めた。
スセリが、皆と会えるのを楽しみにしているらしい。
「入村の手続きを怠るな、突然頭上に現れるなよ。」と言いたいところだったが、俺はなんとか言葉を飲み込んだ。
ホム爺に会うのは久し振りだ。また、あの魔人号の改造自慢を、ペラペラと聞かされるのかな。
ゲルタン兄は、今日からカエデ姉やバーゼルと共に港町オタルナイを目指すのだという。お土産のマグロの刺身や海産物を、楽しみにしていよう。
定時連絡を終えて、さあ治療院を開けようかとした、その時。
「ジロー、亜空間通信が入った。」タローが頭の中で伝えてきた。
「読み上げるぞ『三連星の重力圏に到達、仲間を起こして降下する。』オルからの通信だ。」
「分かった、返信してくれ。文面はこうだ。」
『その三連星に人類の発生なし。上位種族から教えられた。僕の星に戻れ。ここは人類や他の生き物で一杯の、幸せな星だ。』俺は、かねてからこの時のために用意していた返信文を、タローに伝えた。
「よし、返信したぞ。しかし、少し文面が長いな。」
「オルに怒られるかな?」でもこれは生き物係としての俺の、率直な印象だ。
「おっ、返事が来たぞ『生きていてくれて嬉しい、すぐ向かう。』だ。」
ようやく、待ちに待った通信が届いた。これが俺にとっても、母船と同様に折り返し点になるのだろうか。
「タロー、俺がキュベレから『百年かかる』と言われてから、何年だ?」
「四十八年だな。」
「あの時、女神が魔族と仲良くしろと言ったのは、確か六十三年後だったよな。」
「そうだ、百年の0.9乗だからな。」
「では、あと十五年で魔族と連携すればいいわけだ。」
「そう言うことになる。」
「やれそうだな。」
「ああ、お前の嫁達の力が大きい。」
「タローよ、これからも宜しく頼む。」
「了解した。」
俺は、治療院の扉を大きく開け広げた。外からの風が心地よい。
さあ、生き物係の今日の仕事の始まりだ。(完)
最後まで、お読みくださり、ありがとうございました。
お話を書くなんて初めての経験でしたが、今からすれば、もっともっと面白く出来たのにと思ったりします。私の経験値が、少し上がりました。
まあ、何ごともやってみるのが吉、ということで。
皆様の長寿と繁栄を! 拝