その4 尻尾を愛でる
次の日の朝、いつもの通りローリーが治療院に通ってくると、ヨシユキがまだ布団の中にいた。何だか、部屋の中が酒臭い。そう言えば、昨晩遅く帰宅してきた兄も、ずいぶん酔っていたのをローリーは思い出した。
治療院の窓を開け放って、酒の匂いを飛ばした。いつもの通り床の掃除をして、入り口近くに置いてあるボットに「お早う」と挨拶すると、ボットからタローの声で「お早う」が返ってきた。
「昨日の夜、ここでヨッシー先生と、うちの兄貴がお酒を飲んでいたのね。」
「ああ、そうだな。」
「何の話をしていたの? 教えてよ。」
「聞きたいのか? 記録はそのまま残っているが。それより、隣の部屋の、君が注目していた菌株の成績が良さそうだが。」
「やっぱりね。サナエ先生に報告しなきゃ。ちょっと見てくるわね。」ローリーは、隣の試験部屋に、かけ込んで行った。その部屋には、何種類もの種菌で発酵させている甕が、ズラリと並んでいるのだ。
サホロの治療院に置いてあるボットの前、サナエにタローが小声で呟いていた。
「聞かせろと言われたら、どうしようかと思ったぞ。」どうやら、ここから向こうには内緒で覗いていたらしい。
「危なかったわね。」サナエが同意した。昨夜、ローリーを送って行った帰り道。ヨシユキのところに肉を持って酒を飲みに行くのだというラルドーと一緒に、治療院に戻る道すがら、サナエはいろいろと画策していたらしかった。
◇ ◇ ◇
試験部屋から戻ったローリーは、尻尾を振り振り、楽しそうに開院準備を始めた。
また一日、ヨッシー先生のお手伝いができる。空いた時間には、蚊避けの壺をたくさん用意して、また里の皆に喜んでもらおう。発酵成績の良い菌株の事は、サナエ先生に自慢できそうだ。
もっともっとサナエ先生に薬学を教わって、ヨッシー先生のお仕事を支えたい。
健康を取り戻して、毎日の仕事の手応えがとても嬉しい、先月に十八歳になったばかりの乙女の体からは精気が溢れ輝いていた。
そこへ現れたのは、ようやく寝床から起きてきたヨシユキだ。
ぼんやりした頭のままで、ヨシユキは目の前で艶やかに揺れて輝く金色の尻尾に、思わず見とれてしまった。
「あら、先生。お早うございます。」と挨拶したローリーは、自分の尻尾を凝視するヨシユキの目線に気がついた。
「先生! 乙女の尻尾を見つめるなんて、失礼よ。」プクリと頬を膨らませた顔が、ものすごく可愛く見えた。
ああ、まだ酔ってるのかな、俺? そう思いながらも、ヨシユキは目の前の娘に伝えたい言葉がこみ上げてきて、抑える事ができなくなった。
「ローリー、俺の嫁になってくれ!」
「えっ、なに言ってるの、先生。まだ酔ってる?」
「ああ、まだ酔っているかも知れんが、俺は、お前が好きな事に気がついた。」
「兄貴に何か言われたの?」
「言われたが、その前からお前が好きだった。」
「ふーん、よく告白できました。とても嬉しいわ。そのお話、お受けします。」
待ちに待った言葉だというのに、いざとなったら落ち着いている自分の態度に、ローリーは自分で驚いていた。
ヨシユキが近寄り、手を伸ばしてきたので、ローリーはひらりと身をかわす。
「私たち獣人族の女は、身持ちが固いんです。未婚の娘は、結婚するまで男性には体を触れさせませんからね。」と、くぎを刺した。
「あ、ああ、もちろんだ。」ユシユキは、慌てて手を降ろす。
「でね、先生。尻尾は別なの。」
「へっ?」
「獣人族の男性は、求婚するときに、女性の尻尾を優しく撫でるの。そして女性が尻尾を許したら、それは承諾の印なの。」
「へえっ?」
「そして婚約期間に入ったら、毎朝一回だけ、そして結婚式のその日まで、男性は女性の尻尾を愛でなければならないんだわ。」
そう言うと、ローリーは恥じらいながら背を向けた。
艶めいて、太やかで、空気を抱いてふんわりと柔らかく、暖かくて存在感のある素晴らしい尻尾が、ヨシユキの両手に預けられた。
「はい。敏感なところだから、優しくしてね。」
ヨシユキは、おずおずと尻尾を左手に受けて、右手でそ~っと撫ぜた。
好きになった可愛い娘の、その大好きなモフモフが、今 暖かく俺の手の中にある。こんな幸福があっていいのだろうか。
「ああ、俺。今まで生きていて、よかったよ~!」そう言って、ヨシユキはおいおいと泣きだした。
背中を見せているローリーも、涙を堪えきれないでいた。
ヨシユキ二十歳、ローリー十八歳、爛漫の春だった。
「良かった、ヨッシー。」ボットからこの光景を盗み見ていたサエナの両目にも、涙が光っていた。
異世界と言えば、モフモフですよね。
あと二章で、お終いになります。




