その1 残された乗り物
やがて、上空の黒い穴から、搭載艇が降りてきた。
これだけの距離があるのだ。最初は見えなかった船が、そのうちに小さく銀色に輝くのが見え始めて、それでもここまで降りてくるのに一分あまりを要した。
かなりの急降下で降りて来て、地面直前で速度を減じ、そしてピタリと音もなく着陸する。
重力波推進の、無慣性航行の船に特有の挙動だった。
俺は見慣れているが、一戸建ての家ほどの楕円体が凄まじい速度で落ちて来て、目の前で静かに止まる様子を見て、ホムは目を丸くして驚いていた。
ダンジョンの最下層、魔人の里に呼び寄せた搭載艇には、ウォーゼル夫婦も乗ってきた。魔人の里を見てみたいとの、リクエストにお応えした訳だ。
船のボット射出ハッチからは、ウォーゼルとビボウの夫婦が這い出してきて、皆で中央神殿の前に集まる。
二匹の飛竜を見たホムは、また大げさに驚いて、次には大粒の涙を流し始めた。「魔人の古くからの友たる竜族が、今では人族と共にいるのですな。魔人だけが、滅んでしまったとは。」
「ああ、タローのお陰で、いまや魔素が浴びられるようになったのだ。お陰で、こうして私達は生きていけている。」とぐろを巻いて、ウォーゼルが答える。
そのタローも小型ボットを一機射出して、俺の横にふよふよと浮かんでいる。ご丁寧にボットの正面に顔を映し出して、会話に参加していた。
「ホムよ、これからどうする。」タローが、肩を落とすホムンクルスに声をかけた。
「私は待つことには慣れております。また数百年が過ぎようとも、良い知らせを聞けることを信じて、ここで待っておりましょう。」
「俺はここの魔素量が心配だ。タロー、その小型ボットを一つ、ここに置いておこうと思うが、どうだ。」
「そうだな、僅かばかりの魔素を出し続けていれば、ここの装置群も稼働を続けられる。魔人の子等も、現状での生命維持は可能だ。そして、そのボット経由で、私がこの里を見守る事ができるだろう。」
「だったら、ホム爺がここに残る必要はないじゃねえか。何百年もじっと待っているだけならさ、俺たちの里に来いよ。お前さあ、いろいろできる奴だよな。」乱暴なお誘いだが、ウィルなりの配慮が感じられる。こいつはヤンチャ坊主だが、根はやさしい奴だ。
「ウィルの親父殿は里長だ。人材不足を嘆いておられたから、それも良いかもしれんな。」ウィルの提案に、ゼーレが頷いた。
「ウィル坊ちゃん、貴方は優しいお方だ。ならば私は、先ほどの女神様の言いつけ通り、坊ちゃんのため魔族のために働かせてもらいましょうかな。」ホムは、涙ぐんだままだ。本当に表情も感情も豊かな合成魔人だ。
◇ ◇ ◇
ビボウが、中央の高い塔を見上げていた。距離を測っているようだ。
搭載艇が降りてきた上空にぽっかり空いた黒い穴までは、いったいどのくらいの距離があったのだろう。
「魔人は、飛翔魔法でこの高さを飛んだのかしら? 私達飛竜でも、これは無理でしょうね。」そう、俺も不思議に思っていたぞ。
「いいえ、魔人と言えども、ここまでの距離を魔力で飛び上がりはしません。私としたことが、まだお見せしておりませんでしたな。こちらです。」そう言って、ホムは中央神殿の脇に置かれた、角が丸い大きな箱型の建物に、俺たちを案内した。
壁には、淡く緑色に光る部分がある。「おお、先程の魔素を得で、扉が開くようですな。」そう言ってホムは、その光る部分に手の平を当てた。建物の正面の壁が、クルクルとめくり上がるように開いて、内部が露わになる。
「これが魔人たちの乗り物、魔動機です。」
なるほど直径6メートルほど、浅い皿を上下から重ね合わせたような、漆黒の美しい形をした乗り物が、数機並んでいた。装飾もなくシンプルだが、品の良い形状をしている。何だか、魔人の美意識が現れているようだ。
「豊富な魔素がまだ世界に満ちていた頃の、魔人の乗り物なのです。そして、この塔は、魔動機の発着装置となっております。」
「この塔で、魔動機とやらがあの高さまで上がれるわけか。」
「魔動機は、自ら動力源を持っておりますが、それだけではあの高さまで上がれません。塔の内部には、魔動機の上下移動を担う仕組みが内蔵されているのです。」
そういうことか。
「この船に二十名ずつの魔人が乗り込み、全部で十隻がこの塔から旅立ったのが、まるで昨日の事のようでございます。」ホムは、そう言ってまたさめざめと涙を流した。
(続く)




