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その2 行けるところまで

軽く腹を満たして、休息をとった。ここからはウィルには初めての経験だが、俺たち二人がついている。ウィル次第だが、行けるところまで進んでみよう。


洞窟イノシシ(カヴァンウプチェリ)の突進には気をつけろよ。」ゼーレが、ウィルに警告した。

「あの牙で腹を突かれれば、あの世行きだ。」

「まあ、即死でなければ、俺が治療魔法で何とかしてやるよ。」軽口を叩いた俺は、ウィルからギロリと睨まれた。あれっ、こいつの睨みには迫力が出てきたな。親父に似てきた。


「真っ直ぐに突っ込んでくる。直前で身をかわして、首の急所を狙え。」

「直前まで引き付けろよ。中途半端に避けると、相手も対応するからな。」

なおもゼーレが説明していると、本当に前方遠くにイノシシが姿を現したではないか。


「おいでなすったか。まずは私が見本を示そう。」

「少し後ろに下がって、よく見ておけ。」ゼーレはウィルにそう言って、遠くのイノシシに向けて剣をヒュンと振った。剣からは闇の波動が飛んで、イノシシの鼻面を叩く。これは挑戦の合図だ。ちなみに、魔法剣に闇属性を乗せれば、剣が軽くなって剣速が増す。ゼーレの魔法剣は闇属性を得意としていた。


イノシシが突進を開始した。こちらの挑戦を受けたのだ。

俺はウィルを(うなが)して、ゼーレの斜め後ろに下がった。真後ろにいたのでは、ゼーレが身を躱したらこちらがイノシシの餌食になりかねない。


なるほど、ゼーレはイノシシの突進をものともせずに動かない。

あわや牙が届くか、の瞬間にゼーレは素早く左に体を開いて半歩下がると、「(えい)」とイノシシの首筋を横から切り裂いた。

首筋から血がしぶいた。


ゼーレは更に半歩下がって、剣を構えて相手の出方を見ている。

「あのような大動物の場合、延髄や心臓を破壊しない限り、致命傷を与えても獲物は動く。すぐに反撃してくる場合もあるから、気を抜いてはいけない。」俺はウィルの耳元でささやいた。

ウィルは血を流して立つイノシシを見ながら、ごくりとつばを飲み込んだ。

残心ざんしんってやつだよな。ゼーレ先生に教わったよ。」


ゼーレは剣を振った直後には、既に術式を組んでいたのだろう、火球をイノシシの頭部に向けて放った。魔獣は原則として炎を恐れるから、これは反撃を封じ、目くらましの意味もある。

イノシシがひるむうちに、ゼーレは後ろから回り込んで、反対側からも首筋を剣で切り下げた。

イノシシが、がくりと膝を折る。勝負あったな。


動かなくなったのを確認して、俺たちは急いでイノシシの後ろ脚を縛った。

俺は風属性の浮遊魔法で手早くイノシシを空中に浮かべると、手頃な立ち木の枝に両の脚をひっかけてぶら下げた。頸動脈からは、勢いよく血が噴き出してくる。

ゼーレの手際の巧みさで、イノシシの心臓はまだ動いているから、切り裂いた頸動脈からこうして放血ができるのだ。


こいつの肉は旨い。そして、上手に放血ができれば、肉に雑味が乗ることはない。

やがて血抜きを終えたイノシシを、俺は五次元ポケットに収納した。ここに入れておけば時間経過はないので、新鮮さを保つ事ができる。


「いつ見ても、ジロー兄貴のそのストレージは、羨ましすぎるぜ。」ウィルは、また親父譲りの目で、俺をジロリと睨んだ。

「賢者の俺を認めて、女神さまから賜った褒賞(ギフト)だからな。」と言う事にしておいた。本当の事情を知っているゼーレが、ウィルをからかう。「お前も賢者を目指すことだな。」


「ちぇ、俺にそれを言うなよぉ、先生。」そうなのだ、ウィルの魔力は集落の中で飛び抜けて高いわけではない。ここも母親譲りだったらしい。

集落イチの魔力と評される、親父に似れば良かったのにね。まあ母に似て美少年で良かったさ、天は二物を与えずだ。

「兄貴よぉ、今度女神さまに会うことがあれば、頼んでくれよ。」

「ああ、その機会があればな。」


そんな話をしながら進んでいると、遠くに二頭目の洞窟イノシシ(カヴァンウプチェリ)がまた姿を現した。

「今度は、俺にやらせてくれ。」ウィルがそう言って、ゼーレの許可も取らずに剣を励起させると火の玉をイノシシに向かって投げつけた。イノシシが、こちらを認知した。

これは、もう止めようがない。


「慎重にな。」ゼーレはそう言って後ろに下がりつつ、俺に向かって目配せしてきた。判っている、危なくなったら俺が支援魔法を飛ばしてやるさ。

イノシシが突進してくる。ウィルはやる気満々で立ち塞がっている。


と、ウィルが身を翻らせた。「まだ早い!」ゼーレが叫んだ。

そうなのだ、直前まで引き付けろと言われても、迫る魔獣には気圧される。ましてやウィルは、この獣は初体験。ヤンチャなだけの未熟な若造だ。


身をかわしたつもりのウィルめがけて、イノシシも機敏に進路を変えた。

すると、イノシシの前足の下の地面が、突然大きく隆起した。俺の土魔法だ。奴は、斜め上に押し上げられて、ゴロリと後ろにひっくり返った。


尻もちをついたウィルだったが、そこは素早く立ち上がると、イノシシに走り寄ってまず首筋に剣を振り下ろす。

すぐに後ろに飛び退すさって、火球を作って投げたのは上出来だ。

そして、今度は視界を奪われたイノシシの後ろから回り込み、反対側の首筋にも切りつけて勝負を決めた。


「ジロー兄貴の土魔法だな、助かったぜ。」ウィルは、顔を上気させて不敵に笑ってみせた。

「すぐに立て直したのは見事だったぞ。」どうやらゼーレは、叱るより褒めて伸ばす主義の師匠らしいな。


「格好悪いままじゃマズイと思って、頑張ったぜ。」

「よーし、早く血抜きをするぞ。」こうして、二頭目のイノシシがめでたく俺のストレージに納まった。これは、しばらく魔族の里で旨いイノシシ肉を皆で楽しめそうだな


 ◇ ◇ ◇


そろそろ肉食魔獣の群れなす狼(フライヤボーキフ)Lv.14や、木陰コヨーテ(コヨテブキーニ)Lv.15が登場し始めた。こいつらはボットの索敵で不意打ちを避けられさえすれば、俺たち三人の剣の敵ではなかった。俺の強力な全体魔法で押し通ることも出来たが、そうしてはウィルの為にならない。

俺たちは三十層を突破した。


大型の肉食魔獣が現れるようになってきた。暴君熊(タイラントベア)Lv.22にはウィルの剣技は届かない。俺の拘束魔法、前衛二人への障壁支援をフル投入して、三人の魔法剣でどうにか倒せた。


その熊をも絞め殺すと言う大地の蛇(ポチュメルミア)Lv.24の素早さには、思わずボットから駆動用の重力子ビームを集束して撃たざるを得なかったほどだ。こいつの血抜きには、大変な思いをしたことを忘れない。


とうとう三十五階層まで降りてきた。地面にはこれまでの草を踏み分けたような獣道(けものみち)ではなく、石畳が一面に敷かれていて、スッキリしているのだが何やら禍々(まがまが)しさが増した気がする。


俺の住む集落には、ここまで深く潜った話をする者はいない。

この先で二足歩行の魔物と戦い、運よくドロップアイテムを持ち帰った猛者もさがいたと伝わっているが、昔の話だ。ただ村には、その時のものとされる伝説級のお宝が、いくつか受け継がれているのも事実だった。(続く)

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